第一章
京都の町中、人々が行きかう賑やかな通りに、朱色の屋根の美しい建物があった。
建物の周りにはいくつもののぼり―、そして、その中で最も長く、天までとのびる一つの紅のぼりには白い字でこう書かれていた。
―京都 夢見世物小屋―
その見世物小屋の中のある一室に向かって、僅かに床をきしませてやってくる人影があった。
微かな布ずれがあり、障子の外から甘い蜜のような声が私の耳に届いた。
「お千ちゃん、起きている?」
私は布団の中で上半身を起こした。そして障子の方に視線を移すと、障子に見知った人影が映っていた。
「大丈夫、起きているわ。どうぞ」
声の主、岸本雅は、障子をすっと開けて整った顔をのぞかせた。
「おはよう」
やわらかなほほえみと共に彼女は朝の挨拶を私に送る。
「うん。おはよう。起こしに来てくれたんだね」
「明日は感謝披露演の日だからね。座長が呼んでいるの。だから、お千ちゃんも早く着替えてね」
雅ちゃんは私に用件を伝えた。
明日はここ、見世物小屋で、年に一度ある感謝披露演の日。
私がお世話になっているこの見世物小屋の評判はとてもいい。だから見物に来る人は、町人から武士、大人から子ども、老人、その他様々だ。
感謝披露演は見世物小屋にいつも芸を見に来てくれる方たちに感謝をこめて演技をする日である。
年に一度だけあり、大抵は睦月のころにやることが多い。
この日は仕事ではないのでお金は取らない。
座長はいつも感謝披露演の前日、芸子たちを集め、最終練習を一緒にする。今日がその日だった。
私はこの見世物小屋の芸子で、軽業師の穂積千。雅ちゃんは私と同じ軽業師でよく私と共同演技をする。
明日の感謝披露演のために、芸子たちは衣装に着替え、本番通りに練習する。
軽業師は動きやすい、軽やかな衣装が用意してある。西洋の装いに似たものだった。
「私は座長のところに言って細かい打ち合わせをしているから、お千ちゃんは着替えてから来てね」
雅ちゃんは私にそういうと、部屋を去って行った。
一人部屋に残された私は、座長が用意をしてくれた衣装に着替え、練習場へ向かった。
「おはよう」
「緊張するね」
「失敗しないようにしっかり今日練習しなきゃ」
いろいろな会話がある練習場で、私は共同演技の相手である雅ちゃんを捜した。
三十余名が集まった練習場であたりを見回していると、後ろから手が肩に乗った。
「お千ちゃん」
振り向く私に、予想通りの顔が私を迎える。
すると、もうひとつの顔が目に入った。
「いよいよ明日ですねえ。体の調子はどうですか?」
「心配しないでください。本調子ですよ、座長」
雅ちゃんと共にいた人物―座長―はいつもの穏やかな笑みとともに問うてきた。
年齢不詳、氏名不明の私たちの育ての親。見世物小屋の芸子は皆、座長に拾われて育てられた。だから、私たちは本当の親の顔は知らない。物心がついたときはもう路上で暮らしていた者たちばかりが集まっている。親から捨てられたり、親が早いうちに亡くなったりした子どもたちを、座長は拾い、見世物小屋の芸子として芸を教え込んで育てた。
つまり、見世物小屋の芸子の多くはみなしごということだ。異国の言葉で言うならば、すとりぃとちるでゅれん、とでも言うのだろうか。
座長は、居場所も食べ物もなかった私たちに、居場所を与え、明日を生きる希望をくれた。
私にとってそれは軽業であり、親友の雅ちゃんや他の芸子たちである。
「そうですか。それは良かった。明日は頑張ってくださいね」
「「はい!」」
座長の励ましに、私たちは同時に返事をした。
明日に迫った感謝披露演への緊張や不安はあるが、何度となくこなしてきた私たちには、それは小さな障害でしかなかった。
今までにない最高の演技を人々に届けるために―
この戦乱の世で、京の都の人びとが平和で、笑顔が絶えないところであり続けるために―
そして何より明日を生きるために―
私たちは演技をする。