最初の嘘。最後の誓い
「あたしたち、もう友達よね?」
「ええ、もちろんよ。これからも、ずっと」
あたしと彼女が出会ったのは、大学のサークルの新入生歓迎会でのことだった。住んでいる街こそ違うものの、同じ県の出身ということで、自然と地元の話で盛り上がることになったのだ。
どちらかと言うと、他人と話すのは得意ではないはずのあたしが、不思議と彼女とは普通に話すことができた。同性同士というのもあるんだろうけど、彼女との話はとても心地よく、まるで乾いた土に水が染み込んでいくみたいに、彼女の存在はあたしの中にすっと入ってきた。
新入生歓迎会の帰り道の途中、電車がくるのを待つ駅のホームで、彼女はとても楽しそうに言った。
「あたしたち、もう友達よね?」
彼女の言葉に、あたしも最大限の笑顔で答えた。
「ええ、もちろんよ。これからも、ずっと」
あたしたちは互いに約束を確認し合うように、頷き合って笑った。
――それが、始まりの言葉だった。
もしもこの世界に運命なんてものがあるのなら、あたしと彼女が出会ったのは、きっと運命に違いない。そうあたしは思ったし、信じたこともない神様に感謝したりもした。それほどあたしにとって彼女の存在は大きくて、それは日を追うごとにあたしの中で膨らんでいった。
そんなあたしと彼女が友達以上の関係になったのは、出会ってから一年が過ぎた頃だった。
あたしたちは何度も互いを重ね合わせ、道ならぬ道に酔いしれた。
それから、また二年が過ぎたある日――
「今日ね、告白されたの……」
彼女は突然、ポツリとつぶやいた。
彼女の隣で気持ちよくまどろんでいたあたしは、彼女の言葉に目を見開いた。
「…………」
内面の動揺をなんとかぎりぎりで抑えこんで、ゆっくりと体を起こす。
彼女の部屋のベッドの上。もうすぐ夜明けを迎えようとする時間。もう二年も続いてきた、あたしたちのいつもの光景。
「相手は後輩の男の子。名前は……言わなくても、きっとわかるでしょ?」
彼女はできるだけ感情を抑えた声で、あたしと視線を合わさずに言葉を続けた。
あたしの脳裏に、一人の顔が浮かぶ。あたしたちのサークルに二年遅れで入ってきた、後輩の一人。
「とてもいい子なの……こんなあたしには、もったいないぐらい。とても、いい子なの……」
彼女はそこまで言って、口を閉ざした。きっと、これ以上なにを言えばいいのかわからないのだろう。その表情は、とても苦しげだ。
「そう……」
あたしはただそれだけを、つぶやくように返した。それは言葉にしてしまうととても短いものだけれど、とても一言では言い表せられないほど、いろんな感情が込められていた。
正直に言うと、いつかはこんな日がくることはわかっていた。それは彼女があたしを受け入れてくれた日から、ずっと覚悟していたことだった。
彼女は優しすぎるのだ。こんなあたしの、歪んだ愛情を受け入れてしまうぐらいに。同情を、愛情と勘違いしてしまうほどに。
ただ単に、その優しさがあたし以外の人にも向けられるようになった。それだけのことなのだ。
あたしは窓に目をやった。カーテンの隙間から少しだけ窓の外が見えるが、まだ外は暗くてほとんどなにもわからない。
彼女へと視線を戻す。彼女はまだ苦しげな表情を浮かべていた。
この二年。あたしは幸せだった。あたしの心は彼女で満たされて、まるで夢の中にいるようだった。
でも、彼女は?
彼女は捨てられて雨に濡れる子犬を見捨てられないように、あたしのことも見捨てられなかっただけ。本当はこんな関係、彼女は望んでいなかった。あたしはそれを知りながら、それでも彼女の優しさに甘えていた。あたしは自分の幸せのために、彼女の幸せを犠牲にしたんだ。
「だから……ごめんね」
彼女はとうとう沈黙の時間に耐え切れずに、泣き出してしまった。
その涙があたしの心を深くえぐった。
謝らないで? あなたはなにも悪くない。あなたは間違ってない。あなたはただ、優し過ぎただけなんだから。
そう言ってあげたいのに。そう言わなくちゃいけないのに。あたしはなにも言うことができなかった。代わりに涙が溢れてきた。
彼女はそんなあたしに、謝り続ける。
「ごめん……ごめんね……」
きっとこの涙は、彼女を傷つけてる。あたしはそう思いながらも、涙を止めることができなかった。
結局、カーテン越しの風景が見えるようになるまで、あたしたちはただ泣き続けることしかできなかった。
あたしが彼女の部屋を出る頃には、もう太陽がだいぶ高くなっていた。
あたしたちは駅までの道を無言で歩く。頭の中には、今までの思い出が渦巻いていた。
気がつけば駅についていて、そのままなにも考えずに改札を通り過ぎ、ホームへと向かう。
――でもそこで、あたしは立ち止まった。拳を強く握りしめ、あたしの中にあるかどうかもわからない勇気を精一杯集めて、振り返った。
「あたしたち、もう友達よね?」
震える声で……それでもなんとか、笑顔だけは無理矢理作った。泣いては駄目。もうこれ以上、彼女を苦しめる訳にはいかないから。もうあたしは、十分にもらったから……。
そんなあたしを見て、彼女も笑った。
あたしの最後のなけなしの勇気を、彼女も理解してくれたのだろう。あたしが彼女のことを責めてなどいないと、伝わってくれたのだろう。
「ええ、もちろんよ。これからも、ずっと」
互いが言う言葉は逆になってしまったけれど、それは始まりの言葉とまったく同じ内容だった。
最初に交わした約束。守られず嘘に成り果てた言葉。
あたしは今度こそこの約束は破らないと固く心に誓い、新しい道を歩き出した。
激しく儚い記憶のカケラ
まぁ実際は言うほどこの曲関係ないけど。