表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/37

第9話 食事の妨げ



 遥が琉衣に女とばれて、早5日。約束通り琉衣は誰にも話さなかったため、遥は平穏な日々を過ごしていた。

――ふふ、会長と二人だけの秘密♪

 そんな事を思い、思わずにやけてしまう顔を隠しもせず、頬を緩める遥。


「なーに、にやけてるんだよ」


 ぷに、と遥の頬を人指し指でさし、疾風は不審な瞳を向ける。その行為にハッとした遥。周りを見渡すと、そこはたくさんの生徒が賑わう食堂。両隣に座るクラスメイトに、自分の私用するテーブルに並べられたランチ。そう、今は食事中…。


「お前、意識が軽くトリップしてたぞ」

「どうしたのハル。なんか考えごと?」


 箸の止まった遥を見て、日向と疾風は首をかしげる。そんな二人にギクッとしつつも、なんでもない、と言っておいた。少し怪訝な表情をするが、ふーん、とながしてくれる。深入りしてこない優しさに、遥はまた頬を緩めてしまった。


「…だから、そのにやけ面やめろって」


 疾風は学食のカレーを口に運びながら、呆れた表情で言った。


「仕方ないじゃん。勝手ににやけ──」


 そんな疾風に、パックのリンゴジュースを掴んで遥が答えかけたとき、

――トン

 遥たちが使うテーブルに軽い音を出して置かれた手。三人はその手をしばらく見つめ、だんだんと視線を上にずらしていく。見えた、金髪。


「……東、条」


 そう呟いたのは遥。目の前の男は、置いた手はそのままに瞳を丸くする遥を見て不敵に笑う。

 よみがえる、数日前の記憶。


「──ッ!」


 無意識に身体が反応した遥は、その緑の瞳を睨んでバッと身構えた。その際に勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる。響く騒音に、食堂にいた生徒たちは一斉に遥に目を向けた。


「ハル…?」


 様子のおかしい遥に、日向は立っている遥を心配気味に見上げる。だけど遥はかまっていられなかった。この不気味な雰囲気を釀す男に夢中になっていたから。


「今日はあいつはいないのか?」

「…あいつ?純のこと?」


 日向と疾風を一瞥する東条に、遥は警戒しながら純の名前を出した。

 上目使いで睨んでくる遥に、東条は瞳を細め、口角をつりあがらせる。


「そう警戒するな、俺はそんな気ない」


 遥の顎をくいっと掴み、視線を合わせる。やや乱暴な手つきに遥は眉をよせた。

 『そんな気』──。襲われかけたあの日を言っていると、遥は思った。


「よくそんな事、言え……ッ」


 気丈に言う遥。東条は全部聞き終える前に、顎を掴む手に力を入れる。その荒っぽさに、苦しげな声が出た。

――やだ、苦しい

 そう思うけれど、伝えられない。遥はもどかしさに苛々した。

 そんな彼女の気持ちも露知らず、東条は息がかかるくらい顔を近付けて、相変わらず何を考えているのか読めない瞳で遥を見つめる。

――見てる。翡翠色の二つの瞳が、こんなにも近くで。なんでだろ、そらせない。こんな奴、嫌いなのに…


「───や、だ」


 空いた手で突き飛ばせばいいのに、それができない。身体中をセメントで固められたように、遥は動けなかった。


「放せよ、東条」


 どれくらい、目を合わせてただろう。怒りを含んだその低い声に、遥の意識は戻された。


「……あ」


 なんともマヌケな声がもれる。


「表情が乱れてるぞ、日向」

「…聞こえなかったのか?放せよ」


 遥を引き寄せ、東条を睨む。こんなに威圧感がある日向を見たのは、遥にとって初めてだった。疾風は完全傍観者モード。


「まったく、ずいぶん大事にされてるんだな、お前」


 手を放し、いまいち焦点のあっていない遥に言い捨てる。言葉とは裏腹な笑みをうかべて。


「伝えたいことがあったが、言える状況じゃないな。今度会うときは二人で」

「なにを、言って」

「これ、もらって行くぞ」


 戸惑う遥をおかまいなしに、東条は遥のリンゴジュースを持って踵を返す。それを見て、あんな不良みたいな人にリンゴジュースは似合わないな、なんてくだらないことを思った。

 再びざわめき始める食堂。一通り事の成り行きを見ていた者も、みんな散っていった。


「大丈夫か、お二人さん」


 固まっている日向と遥にむかい、イタズラに笑う疾風。未だにカレーを食べている。心なしか、減ってないどころか増えた気さえするのだが、それはないだろう。遥たちが争っている間におかわりしてたなんて、有り得ない。きっと目の錯覚だ。


「東条久しぶりに見たなぁ〜。しかも遥と親しげだったし」


――親しいわけじゃないけどね


心の中で相槌をうつ。


「東条、停学中だったんじゃ…」


 スプーンをくわえる疾風にむかい、呟く日向。手はまだ遥の肩に触れてある。


「もうとけたらしいよ」

「停学してたのかあいつ?」


 首を傾け、背の高い日向を見上げて尋ねる。


「うん、色々やってね」


――色々って…。気になるけど、怖くて聞けない。

 風貌からして不健全だし、日向たちの会話からも東条がいい人だとは感じとれない遥。今度、なんて言われたけれど、もう顔もあわせたくなかった。遥は疲れた顔で、頭をかく。


「…ハル、東条となんかあったわけ?初対面じゃないでしょ?」


 伏し目がちに、遥に尋ねる日向。冗談じゃないその表情に、視線が泳いでしまう。

――言ったほうがいいのかな。でも、あんまり心配かけたくないし…

 顎に手をあて、考えるポーズ。困っている遥に、疾風が助け船を出した。


「そう責めるなよ来斗。人には言いたくない事あるさ」


 幼い見た目に似合わず、大人な意見をする。それを聞いて遥はホッとしたが、日向は口を尖らせ、納得のいかない表情をした。


「……わかったよ」


 しぶしぶそう呟いて遥から離れる日向は、自分が使っていた椅子に座った。遥は少し名残惜しそうに肩を撫でる。


「もっと信頼すればいいのに」

「え?」

「なんでもないよ」


 小声でこぼした言葉。遥には聞こえなかった。





まだ誰も気付かない

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ