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第7話 人は見た目じゃないって本当



 ──静まる教室。おそるおそる瞳を開けた遥が見たものは、信じられない光景だった。


「…………え?」


 遥に背を向け、立ちすくむ純。その足元には、先程純に掴みかかった男が、顔をしかめて転がっている。遥は予想外の展開に声も出せず、金魚のように口をパクパクした。

――いったい、なにが…?

 状況が理解できない遥。誰かこれを説明してくれないだろうか、だって、まさか、純が自分よりずっと大きい男を投げたなんて……。


「…!!お前調子にのってんじゃねぇ!」


 ハッとした別の一人の男が、勢いよく純に攻めよる。それを純は表情ひとつ変えず、寧ろ予想してたと言わんばかりに軽々と避けた。そしてバランスを崩したその男の腕を掴み、その華奢な身体からは想像もできない、壮大な背負い投げ。その一瞬一瞬の動きはまるで舞の如く滑らかで美しく、目をはなせない。


「一応僕も、男なんで」


 男を二人倒し、凛とした表情で言う純の背中は、普段の可愛さからは想像もできないくらい、頼もしかった。


「ッ!ふざけるな!」

「なめやがって…」


 呆気なくやられた男二人を見て、青筋を浮き出させ怒りをあらわにする。残った二人は、まとめて遥に殴りかかった。


「……じゅ、ひゃっ」


 純の名前を呼ぶ声が遮られる。何故なら、叫ぶ遥の口を塞いだからだ。遥は驚きながらも、自分の口を塞ぐ者をゆっくりと見る。見えたのは、今まで遥が襲われても仲間がやられても退屈そうな目線で微動だにしなかった、緑の瞳をした男だった。

 そのタケと呼ばれていた男は、何を考えているのか読めない表情で遥を見つめる。見たこともない瞳、まるでエメラルドのようなそれに、くらくらする遥。無意識に吸い込まれてしまう。


「お前……」


 低く掠れた声で、口に当てていた手を放し、遥の腕を掴んで呟いた。全てを見透かすかの翡翠色。なにかを言われた訳でもないのに、遥は冷や汗を流す。


「───お前」


 もう一度ハスキーボイスをこぼし、腕に力をこめる。掴まれた腕が悲鳴をあげ、遥は顔をしかめた。


「放してくれますか?先輩」


 いつのまに終えたのか、四人全員を倒した純が、男と遥の間にはいり、威圧的に凄む。純の細く白い腕がタケの腕を強く制す。

 緑の瞳を細くし、不機嫌そうに眉をよせ、だけど遥から腕を放した。解放された遥は直ぐ様純の後ろへ隠れて、脅えた目で飄々とする目の前の男を睨む。


「……クッ、そう恐い目するな。俺はそいつらと違って女にしか興味ないからな。襲う気も闘う気も全くない。ここに居合わせたのは、単なる暇潰しだ」


 口だけで笑い、太陽を背にその男は純とは少し違う金髪をなびかせながら言う。


「暇潰し……?」


 タケの言葉に、怒りからか恐怖からか、声を震わす遥。そんな遥をおかまいなしに、男は続ける。


「まぁ予定は狂ったが楽しめた。鍵を閉め忘れるというマヌケな奴がいたおかげでな」

「……仲間だろ?」

「つるんではいるが、仲間になった覚えはねぇな」


 キラキラと輝く髪をかきあげ、喉の奥でクク、と笑う。純は自分の袖をぎゅっと握った後ろ遥を見えないように隠し、ハーフ特有の碧眼で睨みつけた。それをものともせず、片方の口角をあげて遥と純に一歩一歩近付く。


「俺は東条 たける。何ならタケとでも呼べ」

「呼ぶ機会がありませんので」

「ある、必ずな」


 意味深な言葉をはく東条に、純は怪訝な視線を送る。その視線をそらし、東条は二人の横を通りすぎて、準備室から去っていった。遥の耳元で

「───またな、お嬢さん─」

と囁いて。

――え!?

 バッと後ろを振り返る。だけどそこにはもう東条はいなかった。

――なんなのさ、一体…

 ドアの向こうを見つめ、複雑な表情を浮かべる遥。見かねた純は、彼女の手をひいた。


「え、純?」

「とりあえず、此処から出ましょう」


 さっきとは180度違う優しい声で、やんわりと遥を引っ張る。遥は床に転がった男たちを軽蔑の眼差しで一瞥し、引かれるままに純についていった。







   #


 純が遥を連れてきたのは、誰もいない校舎裏だった。緊張が切れた遥は、ヘタヘタと地面に座りこんでしまう。遠くで聞こえるチャイムの音。

――授業さぼっちゃったよ、日向に待ってるって言ったのに……

 憂鬱な遥の心境とは裏腹に、晴々しい青空。それが更に遥の心を落ち込ませる。


「大丈夫?お兄さん」


 遥を気遣う言葉をかけ、純も遥の隣に座った。心配して覗きこむと、目尻に涙を溜める遥。


「え、ちょっとお兄さん!?」


 瞳をうるわせる遥を前に、純は先程の威厳はどこへやら、手をばたつかせ慌てふためく。


「なんか今頃きちゃって……」


 ごめん、と笑顔で言い遥は手の甲で目元を擦った。純が来なかったら、一体どうなっていただろう。そう考えると途端に胸が締め付けられる。遥は涙がこぼれないよう、何度もまばたきした。



「に、しても、純強いんだね。俺びっくりしたよ!自分よりでかい男わ軽々と投げちゃってさ」


 極力明るい口調で、身振り手振りで言う。純はちょっと心配そうな表情したけれど、直ぐににっこりと笑い


「護身術を習ってるんです。僕はただでさえ見た目が弱々しいので、強くなりたくて…」

「へぇー、偉いね」


 遥が感心して言うと、純は頬を桃色に染め、ありがとうございます、と小さな声で言った。はにかんだ笑顔がやっぱり可愛くて、遥は自然と顔を緩ませる。数分前は修羅場だったなんて忘れるくらい、ほのぼのとした雰囲気が二人を包んでいた。


「あ、そういえば授業…」


 ぽんっ、と手を叩き、思い出したように言う純。それに続けて遥もあっ!と叫んだ。授業終了のチャイムが鳴ったのはついさっき。しばらくすれば、始まりの鐘も鳴るだろう。

――さすがに連続じゃさぼれないか

遥は大きなため息をついた。


「じゃあお兄さん、僕もう行かなきゃだけど……」


 不安そうな空色の瞳で、純は立ち上がり遥を見る。遥は、年下の、しかもこんな可愛い男の子に迷惑かけるなんて、と苦笑しつつ、大丈夫、と伝えた。


「では、また今度」


 女の子顔負けの綺麗なソプラノで、結った金髪を揺らしながら純は小走りで校舎内に行った。──と思ったら、一回止まりくるりと振り返って、


「日向先輩じゃなくてごめんなさい」


 と言い、どこかのおぼっちゃまみたいに、ぺこりと礼儀正しくお辞儀した。


「………え?」


 今度こそ去っていった純を見て、遥は声をこぼした。一瞬、思考停止する。


(助けて、日向)


「……あ」


 襲われたとき思わず叫んだ、その言葉。どうやら純にも聞こえていたらしい。遥は手を顎にあてがい、うーんと唸る。


――…なんで日向なんだろう?一番親しいからかな?


 どうにもスッキリしないけれど、他に答えが見つからない遥は、きっとそうだと自分に言い聞かせた。













   #


「……凄い力だな」


 無人の教室で、赤くなった腕を見ながらそう呟く東条。締め付けられた腕には、純の手形がくっきりと痣になっていた。


「面白い、それにあの石井とかいう奴───」


 東条が深く不気味に微笑んだのは、誰も知らない。一難去ってまた一難……。





靄のかかった心、霧が晴れるのはいつだろう

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