第6話 不良にご注意!
二人の男に腕を片方ずつ掴まれ、少し大きい制服はおおいに乱れてる。ネクタイは奪われ、Yシャツは第二ボタンまで外されていた。
「くく、いい眺めだな」
「おいお前等、ちゃんと押さえておけよ」
気味の悪い笑みを浮かべ、ジロジロと舐めるような視線を向けてくる男たち。膝は震えていて、今にも腰が抜けそうだ。今立っていられるのは、両脇にいる腕を掴んでいる男の所為だろう。掴まれているというより、支えられてる状況だ。
――どうして、こんな事になったんだろ……
#
────数十分前
「日向、次移動教室だよ、一緒に行こう」
教科書片手に、遥は日向に話しかけた。すると日向は振り向き、バツの悪そうな表情をする。
「ごめん、俺さっき職員室に呼ばれて…先に行っててくれる?」
手を合わせ、頭を下げる日向。遥は少し残念な顔をしたが、直ぐにそっか、と言い、日向に背を向けた。未だに、申し訳なさそうに見つめてくる日向に、遥は振り返らず
「授業遅れるなよ」
と一言伝え、右手を振った。
日向に断られた遥は、疾風を探す。日向との幼馴染みということで、わりと仲良くなったのだ。きょろきょろと教室を見渡すけれど、疾風の姿は見つからない。
「むぅ………」
他のクラスメイトを誘おうとも考えたが、そうすると女顔をからかわれたり(実際女だけど)、質問責めされたりと大変なのだ。いろいろ悩んだけど、時計を見るともうすぐ授業が始まる。
「…仕方ない。一人で行くか」
そう呟いて、遥は教室を出た。そう、ただ一人で。日向も疾風も、クラスメイトも連れずに。
授業寸前のせいか、廊下は静まっていた。さすがは名門、といったところだろうか。皆ノリはいいけれど根は真面目だ。遥は自分が今までいた高校を思い出し、苦笑をこぼす。
――チャイム鳴っても、みんな平気で廊下うろついてたもんね
そう思うと同時に、空虚な気持ちが心を支配した。思わず涙腺が緩む。
男言葉もだいぶ慣れだ。クラスにも馴染んできた。寮だって思ったより不便じゃない。だけど……
「寂しいなぁ」
思いきり歌ったカラオケとか、可愛い格好して出かけたり、一緒に泣いたり笑ったりした友達。懐かしい、なんて、そんな昔の事じゃないのに。会いたい気持ちは、やっぱり消えなくて……。
「やだ、しんみりしちゃった」
制服の袖で目元を拭い、鼻をすすった。覚悟はできていたのに、今更女の子に戻りたいなんてずるい。
――ファイトだ遥
自分を励まし、遥はパンッと両手で頬を叩いた。じんわりとした柔らかな痛みが伝わってくる。
「うわ、やだ。チャイム鳴っちゃった!」
響く鐘の音に、遥は焦った。いつまでも悠長に歩いているわけにはいかない。急いだ遥が走り出したとき……
「わぁ!!」
何者かに突然手を引かれた。かと思うと、遥は両腕を押さえられてしまった。遥を囲む、五人の男。その誰もが、あの文武両道を貫く朱龍学園に不似合いな格好をしている。
「初めまして遥ちゃん。俺等と遊んでくれない?」
とても変わった、オレンジの髪した男が笑顔でそう言った。
#
そして今に至る。周りを見渡したところ、理科準備室だと理解した。
体の自由を奪われ、一通りもがいてみたけど全く通じない。寧ろもっと強い力で押さえられてしまった。困惑と恐怖が混ざり合う。
「や、やだっ……」
これから何されるかなんて考えたくもないけど、おめでたい事じゃないのは確かだ。まさか、転入生歓迎会のドッキリって訳じゃないだろう。
遥は目の前にいる男と目を合わせたくなくて、床に捨てられた自分のネクタイを見つめる。冷や汗が額をつたい、その感触が気持ち悪かった。なかなか冷静になることができなくて、ただうろたえるばかり。
――落ち着け、落ち着け
呪文みたいに、何度も心の中で唱える。だけど、知らない男たちに囲まれているのが怖くて、握られた腕が痛くて、睫毛がふるえた。
「完全に脅えてるよ、可愛いーの。男にしとくのもったいないな」
遥の右腕を掴んだ男が、耳元でそう言ってきた。背筋に悪寒が走る。
「な、んで……」
「なんで?うーん、そうだね。簡単に言うと俺たち溜ってるの。寮生だから、易々と女に会えないからね。あ、でもタケは寮生じゃないよ」
遥の問いに答えたオレンジの男は、ね、タケ?と、後ろの男に視線を向けた。そのタケと呼ばれた男は窓際に寄りかかり、つまらなそうな瞳でこっちを見ている。
ドクン
心臓が跳ねた。窓の外から射す日光にあてられた、きっと染めたのだろう金髪が綺麗に光って、日本人じゃ有り得ない緑の瞳が神秘的。一度目が合ったら外せなくて、遥は食い入るようにその男を瞳に映していた。
「なによそ見してるんだ、こっち向けよ」
「……ッ」
顎を掴まれ、遥は大きくあおのいた。無理矢理合わされる目線。遥に触れている男は口角をあげ、人を小バカにするよう笑う。それが癪に障って、遥は睨みつけてやった。
「…いい目するじゃん」
無駄にアクセサリーをつけた男は、そう小さく呟いて遥を押し倒した。途端、背中に伝わる衝撃。痛みに声を出す間もなく、四人の男たちは遥の服に手をかけた。
――あ、女ってばれる!!
さらしを巻いて、もともとたいしてない胸を更に潰してるけど、さすがに脱がせば気付くだろう。男の体とは違い、柔らかな肉付き、男にしては高い声、抵抗にもならない力の弱さ。
「やっ、助けて日向!」
服を剥ぎ取られそうになったその時、がらり、とドアの音が響いた。私と男たちは同時に音のした方を見る。そこに立っていたのは
「……お兄さん?」
ぽかん、と口を開き呟いたのは、この間遥が女の子と間違えた、後輩のクロウド・レイ・純。純は目の前の修羅場に、空色の瞳をただただ見開くばかりだった。
――最悪、よりによってこのこが…ジョーカーひいた気分!
女の自分より可愛いであろう純を見て、遥は嫌な汗を流した。
「オイ、鍵閉めなかったのかよ」
遥の服に手をかけている男が、邪魔をされて不機嫌そうに言う。隣の男は忘れてた、と苦笑しながらそうこぼした。
「ま、別にこんな可愛い後輩に見つかったなら、それはそれでラッキーじゃね?」
両耳につけたピアスを揺らし、純を見つめる。すると純はスッと目を細めて、ひどく落ち着いた声で
「その人を、放して下さい」
遥をかばうように立ち、勇敢にも、男たちを睨みながら言った。それを受けたオレンジの髪した者は、ヒューと口笛を鳴らし、挑発の言葉を放つ。
「気の強い奴は嫌いじゃない」
倒れている状態の遥から離れ、純の頬に手をそえながら。純はキッと睨み、その手を強く払った。乾いた鈍い音が、室内に広がる。
「ッ……テメェ!」
赤くなった手を撫でて、純の胸ぐらに掴みかかった。
――危ない!!
思わず目を瞑ってしまった遥。そんな遥に次に聞こえてきたのは、先程の叫びとは比べものにもならない大きな衝撃音だった。
消えない恐怖、拭ってくれるのは誰?