第5話 やっぱり男子校
立ち入り禁止の屋上で、金髪、ピアス、煙草と、なんとも不健全な男たちが話していた。
「知ってるか?2‐Aの転入生。可愛い顔してるらしいぜ?」
「ああ、俺チラッと見たけど、かなりいける」
男子校という場所には似合わない言葉のやりとりをしていた二人は、気味悪い笑みを浮かべる。
「俺、前寮脱け出すの失敗してさ、しばらく女と会ってないんだよね」
集まっている男の一人がそう言うと、周りの男もなにか感付いたように俺も、俺も、と言い出した。
「……ねぇ、タケもどう?」
タケ、と呼ばれた男は、指に挟んだ煙草を口もとに持っていき、少し吸って、誘ってきた男に向かい煙を吐き出す。
「俺は野郎になんか興味ねぇ」
そう軽蔑めいた声で、言い捨てた。大胆なオレンジ色の頭した男は、ケホッと涙目で咳き込みながら、手で煙を払う。
「いいよなぁタケは。寮生じゃないから女と何時だって会えるんだから。あーあ、男子校なんか入らなきゃ良かった。名門なんて、俺のがらじゃないし」
せめて寮生じゃなかったら、と付け加え、オレンジ頭とは違う男は無駄につけてあるアクセサリーをいじりながら言った。
タケと呼ばれてた男は、カラコンの入った緑の瞳で一瞥し、返事はせずに再び煙を吐く。
「でもさぁ、あの転入生、石井っつったっけ?日向のルームメイトらしいぜ?」
「マジかよ。日向って常磐と仲良いじゃん。少し厄介じゃね?」
頭をぼりぼりと掻き、琉衣や日向の名前を出して、面倒くさそうに言う男たち。
「ま、一人の時狙えばいいだろう」
口を上弦に歪ませ、目を光らせた。
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『朱龍学園高等部・専門寮』の長い廊下を遥は走っていた。前だけを見てた為、丁度角を曲がるとき、死角からきた者とぶつかった。
「わっ」
「ひゃあっ!」
衝突した反動で、二人して尻餅をついてしまった。遥は腰をさすりながら、痛た…とこぼす。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
綺麗なソプラノ声が上からふってきた。それに顔をあげると、白くかたちのいい手の平が遥に向かい差し出されている。
「──あ、ありがとう」
感謝の言葉を述べ、手の平を握り立たせてもらった。
改めて目の前の人物を見ると、なんと金髪碧眼。蜂蜜色のした髪を、美しく装飾された髪留めで高く結んでいて、空色の瞳はガラス玉のように透き通っている。
――うわ、可愛い娘。フランス人形みたい。
つい魅いってしまう遥。西洋風の容姿をした、やや童顔のこの娘はじっと遥を見てくる。そして、遠慮がちに口を開き
「お兄さん、もしかして新しい寮生?」
と、尋ねてきた。その声に遥はハッとし、首を縦にぶんぶんとふる。
「ふふ、やっぱり。お兄さん、可愛いから気を付けてね」
――え?
それだけ言って、その娘はパタパタと足音を響かせ、走っていってしまった。
「今の台詞って、疾風と同じ……」
遥がそう呟いたとき、意味深な言葉を言った女の子の後ろ姿は、もう見えなくなっていた。
「あっれ、ハルじゃん」
明るい声に視線を向けると
「……日向」
紺の髪を揺らし、片手をあげてこっちに歩いてくる者の名前を小さくもらす。背の高い日向に、多少顔を仰ぐ遥。日向は遥に目線を合わせ、眉をひょい、とあげ
「さっきの一年のクロウド・レイ・純じゃん。ぶつかったの?」
軽い口調で聞いてきた。
「クロウ……なんだって?」
聞き取れなかった遥が、大きな黒い瞳を更に大きくしながら、疑問系で返す。
「クロウド・レイ・純。フランスと日本の合体らしいよ」
「合体って……ハーフだろ」
「そうとも言う」
そうとしか言わねぇよ、と内心ツッコミを言っておいた。
――なるほど、ハーフなんだ、どうりで…。でも、フランス人の血のほうが濃そう。
先程の女の子の容姿を思い浮かべ、遥は頬を緩ます。ここに転入してから全くといっていいほど、女の子を見ていない。目の保養になった、と遥は思った。
「あの子も可愛い顔してるでしょ? 去年、入学してきたときは遥なみに大騒ぎだったよ。可愛い外国人の男がきた!って」
――そりゃあ、あれだけ可愛い男の子は貴重………って、ええっ!!
「あ、あのこ男!?」
目をパチパチさせ、慌てふためく遥。日向の腕を強く掴んで、すがるように彼を見つめる。
「そりゃそうでしょう、男子校なんだから」
遥の期待をあっさり壊し、ケロリと言う日向。遥はその言葉を聞いて落胆した。
だけど、よく考えれば男子寮に女の子がいるはずないのだ。
「なーにハル、純のこと女だと期待したの?一週間で禁断症状? 男子寮に入るんだから、このくらい覚悟しなきゃだよ。どうしても女の子に会いたいなら、休みまで待つんだね」
うなだれる遥に向かい、陽気にからかうように言う。
それがやけに癪に障った遥は、いつまでもケラケラ笑う日向の鳩尾を、力の限り拳で殴った。
これは、なにかの前ぶれ?