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第36話 天秤にかけたもの



 来斗を目の前にして、しばらく俺は呆けていた。あんなに会いたいと願っていたのに、いざ彼を前にするとこの様だ。まったくもって情けない。


「……ごめん、立てる?」


 いつまでも座り込んでいる俺を、来斗が手をひいてくれる。ああもう、情けなすぎて泣けてくるって。なにか言わなきゃと気持ちは焦るのに、言葉になってくれない。

 自分が思う以上に切羽詰まった表情をしていたらしく、来斗は眉をさげ心配げに俺の顔を覗き込み


「どうしたの? ……泣きそうな目してる」


 そう言った。

 ――泣きそうなのは、お前の方じゃないか。

 声にならない思いが、またひとつこぼれ落ちる。すくわなきゃ。そう思うのに、口を必死に開こうとしても唇は震えるだけだ。まるで、脳と身体の意志が別個のよう。

 そんな俺を、来斗は急かすこともなくただ待ってくれる。なにか言おうとしているのが、分かっているんだ。


「っ来斗」


 なんとか喉を振り絞って出てきた、彼の名前。来斗はうん、と相槌を打ってくれる。


「来斗、来斗」

「うん」

「来斗、来斗、来斗、来斗」

「……うん、なあに」


 ひたすら名前を繰り返す俺に、彼は苦笑した。バカだ、俺。来斗を笑顔にしたくて走ってきたのに、逆に困らせてる。


「らいと、らいとぉ……!」

「疾風、落ち着いて。なにかあった?」


 ――だから、なにかあったのはお前の方だろ!

 あまりに情けなくて、涙腺がゆるむ。だけどここで泣いたら、本当に駄目な気がした。泣いていいのは俺じゃない。泣くべきなのも俺じゃない。俺じゃないんだよ。

 うつむく俺に、来斗は子供をあやすような手つきで俺の背中を撫でる。このままじゃ駄目だと判断した俺は、手のひらに爪が食い込むくらい握り拳をつくり、顔をあげた。それに、来斗は安堵の息を吐き出す。


「とりあえず、ここじゃゆっくり話もできないから俺の部屋行こう?」


 彼のその提案に頷きかけて、俺はすぐにかぶりを振った。だって、そうだろう?

 俺は来斗を見つけるために走ってきた。じゃあ、来斗は……? 俺を見つけるためならどんなにいいか。だけど、それはきっと有り得ない。


「ダメだよ、来斗」

「……疾風?」

「お前は、どこかに向かってる途中だったんだろ? だったらダメだ、俺に構ってちゃ」


 来斗は黙り込む。ほら、否定しないのが、何よりの証拠。今お前に必要なのは俺じゃない。遥か、タケか。どちらかは分からない。もしかしたら両方かもしれない。


 どちらにせよ、俺じゃない。



「……早く行けよ」


 いつまでたっても動かない来斗に痺れを切らした俺は彼を急かす。来斗はなにかを言いたそうに口唇を震わせるが、それを遮るようにもう一度、早く、と言った。

 来斗は俺を気にかけてかしばらく迷っていたが、ごめん、と一言謝り、俺の横を通り過ぎた。


 ――これでいいんだ。


 だって、せっかく来斗が進もうとしているのに、それを阻むような馬鹿な真似は出来ない。

 遥に会いに行ったのか、タケと話をしに行ったのか。俺と、来斗と、タケの三人があの日から分かれて、今は遥と、来斗と、タケの三人が……


「……うわ、最悪だオレ」


 遥に、嫉妬してる。

 遥のこと、大好きなのに。会って間もないとか、そんなの関係ないくらい、好きなのに。欲しい言葉をくれた。胸のつっかえを取ってくれた。それなのに。ああ、嫌な奴だな、俺。


 こんなだから、いつも、蚊帳の外なんだ。



「……泣くくらいなら強がるなよ」


 呆れたような声と一緒に、手のひらが後ろから降ってきた。俺はゆっくりと振り返る。そこには、泣きそうな、だけどそれ以上に優しい表情をした親友の姿。


「っなんで」

「放っておけないから。だって、俺たち親友だろ?」


 来斗を慰めたくて。抱きしめたくて。笑顔にしたくて。それなのに、まったく逆になってしまった。


「バカだろ、お前」

「酷いなぁ」

「つーか、泣いてねえし」

「はいはい」

「……かっこよすぎるんだよ、チクショー」


 ――俺はかっこ悪い来斗が好きなのに。

 来斗は今更でしょ、と笑う。ムカついたから殴っておいた。鳩尾にクリーンヒットしたらしく、うずくまる来斗。ざまあみろ。……あれ、俺って結構ひどい奴?まあいいや。


「と、とりあえず俺の部屋、行こう」


 そう言う来斗の目尻には涙の糸がひいている。余程痛かったのか、それとも――。


「いいのかよ、来斗」

「いいの。俺もちょっと、落ち着きたいし。疾風とも、話したいしね」


 ドキッとした。話したい、だなんて。俺も思っていたことだけど、改めて言われると緊張する。

 来斗は泣きそうな、困ったような、そんな微笑を浮かべたまま、行こうと言った。




踏み出した一歩が、とても大きく思えた。

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