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第34話 涙のわけと




「……悪かったな」


 視線を斜め下に投げてそう言った東条に、遥は俺も、と言いかけて止めた。自分の行動が悪かったと言うのは、なにか違う気がしたからである。

 だからただ笑って首を振る。すると、東条もかすかに目尻をさげた。

 風にさらされる金糸の髪が、ひどく美しく儚いと感じる。つい見とれると、彼はその視線に気付いたのだろう。小さく、何だと言った。


「いや、髪が綺麗だなって」

「……何度も染めたから、かなり痛んでるけどな」


 彼はそう言うけれど、遥にはとても綺麗に見えたのだ。先程までそれに触れていたかと思うと、心臓が震えるくらい。

 ――それにしても、本当に不思議。今、こうして東条と向かい合ってるなんて。


 思わず自分の頬をつねり、夢でないか確かめる。痛みは確かにあって、これが現実ではないと叫んでいる。強くつねりすぎたのか、遥は涙目になって、いだだだ!と悲痛な声を代償に。

 明らかに不審な行動をする遥に、東条は呆れの眼差しを向ける。それに気付いた遥は、慌てて顔をあげた。


「あ、の!」

「……なんだ」

「いや、あの、さ」

「だからなんだ」

「えっと…」


 上手く言葉が出てこない。伝えたいことがあるのにそれを言えないにもどかしさに、酷く苛苛した。

 上からのため息に前髪が揺れる。泣きそうになった。でも


「………え?」

「無理に、言わなくていい」


 頭におかれた、冷えた手。冷たいのに、何故か心地よい。髪に差し入れるようにして動く手が、違う意味で遥に涙を流させた。


「泣くな、女とバレるぞ」

「分か、ってる。………………………え?」


 遥は抜けた声を出し、ただでさえ大きな瞳を丸くする。

 今、彼はなんと言った?

 言葉の意味を理解すると同時に、動機が激しくなっていく。まさか、自分の聞き間違いだろう、そう願わずにはいられない。遥は、涙が引っ込む代わりに冷や汗が背中を伝うのを感じた。

 恐る恐る顔をあげ、東条の瞳を見る。遥は声帯を必死に震わせた。


「……なんで、いつから」


 否定しなきゃ、そう思ったのに自分の口から出たのは明らかに肯定の言葉だった。


「お前が襲われた時ちょっと疑って、図書室で確信した」


 その時のことを思い出し、遥は身体を固くした。それを見て東条はバツの悪そうな表情をし、遥の頭を軽く叩く。

 ――でも、確かに思い当たるふしがある。

 脳内の片隅では冷静にそんなことを考えていたが、実際はパニックだった。

 ばれた。いや、違う。ばれていた。これで、3人目だ。

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 唇を噛み締め、手を痛いくらい強く握る。そうでもしないと、困惑で泣いてしまいそうだと思ったのだ。


「……そんな顔するな。なにも捕って食おうなんて思ってないし、言いふらす真似なんかしない」


 東条は遥を安心させるように幾分か優しい声で言い、彼女の頭を自分の胸に押し当てる。遥は未だに混乱していたが、人の温もりに涙を滲ませた。東条の制服が濡れることを悪く思いながらも、涙は止まるどころか溢れ出してしまう。


「だいたい、お前女言葉になってる時があるだろ。ただでさえ見た目なよなよしてるんだから、疑われてもおかしくないぞ」


 遥の背中をあやすように撫でながら、東条はかすかに笑みを含ませて言った。先ほどまでと立場が逆だ、と思いながら。

 遥はだって、と蚊の鳴くような声で呟き鼻をすする。

 そんな彼女に、東条は色々と聞きたかった。なぜ、女の身でありながらこうしてここにいるのか。もし何かあったなら、自分の話を聞いてくれたように、彼女の話を聞いてあげたい。だがそれは、きっと自分の欲。だから、簡単には聞けない。

 そんな彼の心情を悟ったかのように、遥は


「あとで、理由とか話すから……」


 そう、言った。

 ――不思議だ。女に触れると佳奈を思い出すから辛かったのに。今は逆に、安心している。



 もう少しだけ、あともう少しだけ、このままで。



 そう願ったのは、どちらだろう。







時が止まればいいのに、なんて

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