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第31話 いたちごっこ

日向視点です。




 瞼を伏せる。手の力を抜く。

 目を開ける。足を伸ばす。



 深呼吸をひとつ。



 天井を見つめているのに、頭には彼の泣きそうな表情で埋まる。帰ってこない、彼。

 会いたいなんて女々しいことは、思ってない。だけど、心にぽっかりと穴が開いてすきま風が無情に吹きぬける。

 ――寒い。

 俺は足元にどけていた毛布を引っ張り、それにくるまった。本来入ってくるはずの日差しはカーテンに遮られ、部屋は仄かに薄暗い。

 ――いま、何時だろ?

 まだ早朝かもしれないし、もう昼になってるかもしれない。まぁどうせ休日なのだから、別に無理に起きる必要はないのだけど。

 そう言い訳し、俺はもう一度目をつぶった。




(……ごめん)


(日向の馬鹿っ!)


(ねぇ痛いよ)




 考えたくないのに、勝手に彼の言葉が頭に流れこんでくる。前言撤回、今の俺はかなり女々しい。

 嫌だな、もう。俺はどうしたいんだろう。

 ハルが来なければ、きっとアイツとも口を聞かずに卒業したかもしれない。恨んで、遠ざけて、忌み嫌って。だけどそれでも佳奈は戻ってこないんだ。


「……分かってるよ」


 誰かに言うわけでもなく、ひとり天井にむかい呟く。

 そう、分かってるんだ。今の現状が駄目だってことくらい。こんなこじれた関係、最悪だって。でも、感情が理性の言うことを聞いてくれない。

 アイツを見ると、怒りがこみあげる。愛する妹を亡くした怒り。東条のせいなんかじゃないのに。

 ――だけど

 髪を金に染め、緑のカラーコンタクトを入れ、女遊びが激しい。煙草も吸うし、酒も飲む。ケンカだって。昔の名残なんか皆無なアイツ。

 憎い。憎い。憎い。憎い。


「でも、嫌いになれない……!」


 もう一度昔みたいになりたいと思う自分がいる。だけど戻れるはずないんだ。



 壊したのは、誰?



 東条は、タケは俺に自分のせいで佳奈が死んだと言った。俺が殺したとも。

 謝らなかった。言い訳もしなかった。だから余計に腹が立った。でも思えば俺は、謝られたところで、納得はしなかっただろう。

 東条はきっと、それが分かってたんだ。謝ったらきっと、俺の怒りのやり場がなくなるって。だから、あんなわざと恨まれるようなこと。

 ああなんだ、理不尽なのは俺じゃないか。


「ネガティブ思考はいけませんよ〜?」




 ………は?




「お寝坊ですよ、来斗くん♪」


 間延びした声が耳に届いて振り向けば、そこには黒髪の彼が正座していた。あまりに有り得ない光景に、俺はかなりの勢いで飛び起きた。

 開いた口がふさがらないという言葉は、こんなときのために使うものだろう。


「もうとっくに起きる時間は過ぎてます。いつまでも布団と抱き合っていてはいけません」


 俺の混乱なんか気にも止めず、彼はそう言って俺の掴んでいた毛布を剥ぎ取った。それにようやく意識が覚醒する。


「な、なんで此処にいるんですか星影先輩!」


 口から出てきた声は、ひどく上擦っていた。彼は尤もな言葉に、にこにこと笑みを絶やさない。

 この人は苦手だ。なにを考えているかよく分からない。穏やかだし知的だし、悪いところなんてないのだけど。ただ、その薄笑い以外の表情を見たことがないから。

 嫌いなんじゃなくて、苦手。


「来斗くん、細かいことを気にしていてはビッグになれませんよ」

「いや、全然細かいことじゃないんですけど。っていうか俺、鍵しめたよね!?」

「ああ、閉まってましたね」

「あなた本当に何者!?」

「愛の伝導師です」


 キラキラとした瞳で答えられてしまった。正直、かなりリアクションに困る。


「そんなことより来斗くん! 寝てる場合じゃありませんよ!」

「いま貴方に起こされました」

「早く屋上に行くのです」

「はい?」


 突拍子な発言に、まぬけな声が漏れてしまった。

 この人は今、なんと言った? え、屋上? 屋上って……あの?

 有り得ない。どうしてわざわざ休日に、屋上へ行く必要があるんだ。しかもこんな午前から。

 断ろうと口を開いたが、それより先に彼は俺の背中を押した。


「ほら、さっさと行動です。顔洗って寝癖直して着替えて」

「ちょ、星影先輩!」

「聞こえませーん」


 ひどい、滅茶苦茶だ。前々から思っていたけど、今日はいつもよりそれが激しい。せめて、理由くらい教えてほしいのに。

 無理矢理洗面所に押しやられ、俺はため息をついた。抵抗するのも、面倒で憂鬱だ。仕方なく言う通りにする。

 ――ハル、いま何してるのかな……。

 朝になっても戻ってこないルームメイトが、頭に浮かんだ。泣きそうな、表情。それを消すように、俺は冷たい水を顔に浴びせた。


 適当な服に着替えた俺を見て、星影先輩は遅いですよーとにこやかに文句を言う。ツッコミをいれようか迷ったが、どうせボケで返されるのだから無駄だ。

 俺は目の前の彼を凝視する。能面のような薄笑いに、思考の読めない瞳。

 ――この人は、何がしたいんだろう……。

 そんな思いが顔に出てしまったのか、星影先輩は


「愛のキューピットです♪」


 と、またもや意味不明なことを言ってみせた。怒っていいだろうか。


「では、いってらっしゃい来斗くん」


 とりあえず、『では』の意味が分からなかった。






  #


 錠のかかっていない扉。我が校ながら、セキュリティに少し不安を持ってしまった。

 ――なにしてんだろ俺……。

 はちゃめちゃな言葉に素直に従っている己に自嘲が零れる。何度目かのため息を吐き出し、俺はドアノブに手をかけた。力を込めると、その重い扉はゆっくりと開いていく。

 久しぶりの屋上は、以前と変わっていなくて。思えばここから見える景色は、いつも泣きそうになるくらいの青空だ。手を浸したくなるような、広い広い空。


「……なにもないじゃないか」


 やっぱりからかわれただけか、と漏らしたとき。





「触るな!」





 嫌になるくらい、聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。その方向に目を向けたとき俺は、逃げ出したくなった。でも、足はまったく動いてくれなかった。





この感情に名前をつけるとしたら僕はきっと

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