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第3話 穏やか会長と鬼の寮長



「よろしくね遥ちゃん」


 琉衣は優しい微笑をうかべ、手を差し出した。


「常磐先輩、ちゃんは無いだろ」

「だって可愛いじゃないか」

「だからって、なぁハル。……ハル?」


 遥は目を見張り、口を半端に開けたまま琉衣をみつめる。


「おーい、ハルー?」

「…す……」

「す?」


 様子のおかしい遥に、日向が覗きこんだその時、遥は叫んだ。


「好きです付き合って下さい!!」


 琉衣の手を力強く握り、大告白をする遥。当然、日向はえぇ!?と、驚きの声を発する。


「あはは、遥ちゃん面白いね」

「あぁすいません! つい我を忘れて……」


 遥は真っ赤に頬を染め、握った手を、勢いよくバッと離した。

 ――ひゃあ〜、だって私、眼鏡フェチだから…! しかも銀縁メガネなんてかなりツボ!!


「…ハル、まさかそっち系?」


 怪訝な目線を送ってくる日向に、遥は違う!と叫ぶ。今は遥は男という設定なのだ。男の遥が同じ男に告白するなんて……、友達第1号に、変な誤解されては困る。


「でも僕、遥ちゃんなら別にいいけどね」


 えっ


「常磐先輩! あなたはノーマルでしょ!?」

「冗談だって」


 くすくす、と笑う琉衣は、穏やかな人格に見えて、意外と茶目っけもあるようだ。だけど、それも含めてこの人のどこか憎めない人柄なんだろう。

 遥は、きっとそうだ、と心の中で呟いた。


「あ、そうだ遥ちゃん」

「遥……ちゃん?」


 不相応な単語に、今更頬をひきつらせる遥。


「あ〜、やっぱ嫌?」


 申し訳なさそうに微笑む琉衣に、キュッ、と胸を締め付けられる。


「会長になら、いいです……」

「じゃあ俺もそう呼──」

「絶対止めろ日向」

「……差別だ」


 遥の態度の違いに、日向はうなだれる。それに気付いているのかいないのか、遥は琉衣と楽しそうに話していた。親しげに話すその姿は、はたから見れば初対面同士ではないように。


「そういえば遥ちゃん、寮長には挨拶した?」

「えと、まだです」

「一応しておいた方がいいよ。来斗、遥ちゃんを寮長室まで案内して」


 いつのまに立ち直ったのか、日向は、んー?と曖昧な返事をかえす。


「あの、場所を教えてくれれば、俺一人でも行けます」

「いや、念のためだよ。迷子になったら大変だしね」


 ――確かに、大変だった。

 寮に入ってきた時の事を思いだし、遥は考えこむ。


「僕が案内してもいいんだけど、色々ややこしくなるからね」


 え?


「…そうですね。じゃあちょっと行ってきます。ルームメイトだし、これくらいしなきゃ」


 遥は二人の会話に多少の違和感を覚えつつ、日向に行くよ、と言われて、琉衣に軽くお辞儀をしてから、日向の後についていく。


「可愛い子が入ったな……」


 二人の後ろ姿を見て、琉衣は呟いた。





  #


 日向は長身で足が長いせいか、歩幅が大きく、遥は早足にならないとついていけない。遥も女の子にしては背の高いほうに分類されるのだろうが、やっぱり高校生になると男女の差は大きい。

 それでも隣に並ぼうと、遥は歩く速度を上げた。


「ねぇ日向」

「ライでいいのに。何?」


 さりげなく呼び名をアピールして、日向は歩きながら振り向く。その時、遥が小走りにしてるのに気付いたのか、日向は自分より幾分か小さい遥に歩幅を合わせた。

 遥はそんな優しさに頬を緩めつつ、言おうとしていた疑問を口にする。


「会長が言ってた、ややこしくなるってどういう意味?」


 日向は、え?と声をこぼしたが、先程の常磐先輩との会話だと直ぐに理解する。

 ね、どういう意味?と見上げながら、もう一度聞いてくる遥を一瞥し、日向は気まずそうに

「その内わかるよ」と一言呟いた。

 当然遥は首を捻り、納得のいかない表情をする。そんな彼女をおかまいなしに、日向は進む。

 ――会長、寮長となにかあるのかな?

 考えこむ遥は、脇目もふらず歩きつづけたせいで、突然の壁に鼻をぶつけた。痛い!と赤くなった鼻を撫でながら、遥は壁、もとい日向の背中を睨む。


「日向! いきなり止まるなよ」


 よそ見していた遥も悪いのだが、余程痛かったのか、一方的に文句をぶつける。


「えっと、ごめん。でも、もう着いたんだけど……」


 頬を膨らませる遥に苦笑しながら、日向は目の前の扉を指差した。その扉には、『寮長室』、と、なんとも安易な表札が掲げられている。


「あ、そうだハル。寮長相手にあまり怒らせるような事言わないでよ?」

「は?」


 意味深な言葉を言う日向に、きょとんとする遥だが、日向は気にせずドアをノックした。


「日向です。新しい寮生連れてきました」

「……入れ」


 低く短い了解の声が、ドアの向こうから聞こえてきた。日向は、はい、と呟いてドアをゆっくりと押す。

 部屋に入ると、中は意外にも簡素なものだった。やけにでかいソファ以外、普通の寮生とたいして変わらないと思われる。

 そのソファの中央に、ドカッと、いかにも偉そうに座る男。黒い無造作ヘアに、きつめの瞳。どこか威圧感があって、気後れする。


「…お前か」


 やや瞳孔開き気味に言われて、みつめるというより、睨むといった感じだ。

 ――この人が寮長…?

 トントンと肘でつつかれ、横目でうかがうと日向に、挨拶しなよ、と耳打ちされた。

 ――あ、そっか。

 此処に来た目的を思い出し、ゴホン、とひとつ咳払いして、遥は目の前の男と目を合わせた。


「今日からお世話になります、2年の石井遥です。えっと、よろしくお願いします」


 ただ軽く挨拶するだけなのに、やけに速くなる鼓動。この男の纏う雰囲気が、遥を緊張させているのか。


「石井……か」


 男はそう呟いて、肘を膝にのせ手の甲に顎を乗せる。

 ――べ、別に怒らせるような事言ってないよね。

 そんなことを思う遥の通り、この寮長は眉を寄せ、目を細めていて、不機嫌に見える。だけど身に覚えのない遥は、きっと生まれつきああいう顔なんだ、と勝手に納得した。


「…俺はこの寮の寮長で3年。名前は常磐 怜衣れいだ」


 低い声色で、自己紹介する寮長。それを聞いて、遥は『え?』と、声をこぼした。


「常磐って……あれ?」


 先程、勢いで告白してしまったメガネ会長の名前を思い出し、首を傾ける。

 常磐という苗字は、そこまでありきたりじゃない。会長も寮長も同姓というのは、たいした偶然ではないか。


「ああ、寮長は会長の───」

「おい!」


 戸惑う遥を見かねて、何か言おうとした日向を、怜衣が遮った。


「余計な事を言うな」

「……ハーイ」


 鋭い眼力で睨みつけられ、日向はため息をついて、肩をすくめる。

 ――なんだろう、どういう事?

 遥は気になったけど、怜衣が凄んでいる為、聞ける雰囲気ではなかった。


「俺の前でアイツの名前を出すな、胸くそ悪い。石井、寮については日向に聞け。……分かったらお前等出てけ。いま俺は気分悪い」


 そう言って、怜衣は遥達を追い払うように、ヒラヒラと手をふる。日向は行こう、と遥を外に促す。




 寮長室から出ると、日向は壁に寄りかかり、『あー怖かった』と呟いた。遥は同感、と心の中で頷く。


「あ、そういえば、寮長は会長となんか関係あるわけ?」


 さっき聞けなかった疑問を、日向に尋ねる。日向は、腕を組みながら


「うーん、教えていいのかな? 俺が話したって言うと、また寮長に怒られるし……」


 と、なんだかぶつぶつ言っている。遥はそんな日向を焦れったそうに見つめる。


「ハルは、聞きたい?」

「まぁ、ちょっとは」


 寮長だけの事ならまだしも、自分のフェチ故に一目惚れしたメガネ会長の事ならば気になってしまう。


「悪いけど、言えない」


 ――まぁ、無理には聞かないけどね。出会ったばかりの者が、口出すものじゃないし。


「あ、でもハルがどうしてもって言うなら…、いつか話すよ」

「──うん」

「…実は……」


 結局、今話すんだ!?


「寮長は常磐先輩の双子の弟なんだ」


 ――え?


「う、嘘…だって似てない」

「もともと二卵性だし、寮長は先輩と比べられるのが嫌で、髪真っ黒に染めたり、ちょっと擦れたりしてるからね」


 目を見張って、遥は未だに嘘、嘘と呟く。そんな遥に、日向は更に説明を続けた。


「寮長は先輩の事、敵対視してるんだ。なんか昔から勉強もスポーツも容姿も比べられてたせいみたい。先輩はあんまり相手にしてないけど」


 ――双子って大変なんだ…。そういえば、寮長はメガネかけてなかったな。強面な容姿だから、メガネはあまり似合わないかも。

 勝手に何でもメガネに繋げる遥。遥の中では、寮長=恐い人と印象付けられた。

 見た目も確かに似てないけれど、性格も正反対らしい。ぽわぽわしてる司祭の様な琉衣に比べ、怜衣はどこかヤクザチックである。


「あれ、常磐先輩?」


 噂をすればなんとやら、日向の視線の先にはこっちに向かってくる琉衣の姿が。遥もそれに気付き、淡く桃色に頬を染める。


「どうしたんすか。寮長に用が?」

「生徒会長としてだけどね」


 チラチラと、頭一個分大きい琉衣を見上げる遥。そんな遥に琉衣は、軽く頭を撫で


「怜衣になにか言われた?」


 と、遥の瞳を覗きこんだ。わりと整った琉衣のアップに遥はたじろぎながら


「ちょっと、機嫌悪くさせたみたいです…」


 目線を泳がせてそう言った。男同士でピンクのオーラを漂わせる二人に、日向は呆れた目で見る。


「そっか。まぁ、僕を見たら機嫌最悪になるから、今良くても悪くても関係ないんだけどね」


 苦笑気味に言い、琉衣は遥から離れた。遥は未だに赤面し、胸を押さえている。

 ――心臓止まるかと思った……!

 落ち着くため、二人に気付かれない程度の小さな深呼吸を2、3度繰り返した。


「正しくは、機嫌損ねさせたの俺なんだけど」


 ――あ、そうじゃん。

 呟く日向に、遥は心の中で相槌をうつ。


「じゃあ入ろうかな」

「殴られないよう気を付けて下さいよ」


 多少物騒な日向の気遣いに、ドアノブを握り、有り得ないから大丈夫、と言う琉衣。心なしかドス黒いオーラが滲みでてる。

 パタン、と音を響きかせ、琉衣は寮長室に姿を消す。日向は閉じられたドアを困ったように見つめた。


「……そろそろかな」


 10秒と経たないうちに、小声で日向は呟く。


「え? そろそろって」


 なにが、と遥が言おうとした瞬間、それはもっと大きな騒音に掻き消された。


「今すぐ出てけっ!!」


 荒々しいその声は、遥達がさっきまで挨拶していた寮長のもの。一体誰に向けてなのか、それはきっと──


「……仲悪いんだね」

「まぁね」


 遥と日向は危険を察知し、早々と自分の部屋に帰った。





僕等は違う。一緒にしないで

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