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第28話 晴空に濡れた瞳を




 眩しさに目を開けたら、香ばしいココアの匂いがした。半分眠ったままの意識が、状況理解をしようと働く。

 見慣れない天井。

 違和感のある柔らかい枕。

 どこか違う寝心地。

 そして……


「おはよう、遥ちゃん」


 目が覚めて、一番に見る顔も、いつもと違っていた。

 意識はまだ虚ろげで、状況がよく理解できない。目の前の人はカップをふたつもって、小さなテーブルに並べた。トーストとサラダもある。


「朝ごはん食べる?」


 不意に声をかけられ、ハッとした。


「…会長…」


 呟くとともに、思考がクリアになってゆく。

 朝だからか、会長はメガネをかけていなくて。そっちも素敵だなぁとか、でもやっぱり眼鏡フェチ代表としてはメガネ有りのほうがいいなぁとか、下らないことを考えた。

 思えばそれは、考えたくないことがあったからかもしれない。いや、しれないではなくて、実際そうなんだと思う。


「…あの、会長」

「ほら、冷めないうちに」


 私の言葉を遮り、彼は手招きをした。甘い香りにとろけながら、私はベットから身体を起こした。

 椅子に座り、勧められたココアを口に含む。甘さと温かさが、身体に染み渡った。

 ふと視界に入った窓の外。見れば、昨日の雨が嘘のようにコバルトブルーが広がっていて。突き抜けるような青。綺麗すぎて、なぜか涙がこぼれそうになった。


「ね? 晴れたでしょ?」


 私の視線の先に気付いた会長が、笑みをたたえて言う。耳に入って脳に響いた。思い出す、昨日の言葉。


(朝には晴れているだろうね)


 確かに、そんなことを言っていた。絶望にうちひしがれている私に、そう言ったんだ。

 空から視線を剥がし、上目に彼を見る。パチリと目が合うと、会長は優しく微笑した。メガネをかけていないせいか、いつもより視線が絡む。


「どうして」


 無意識に口から滑り落ちた疑問符。


「どうして、何も聞かないんですか?」


 あんなに取り乱していた私を見て、何も思わなかったはずないのに。

 この人は、何も言わない。

 その話題に、触れようとしない。

 会長は立ち上がり、窓の鍵を外した。ゆっくりと開けられる窓。心地よい風が、頬を撫でる。

 ガラスという遮りがなくなると、青はもっと美しく。彼はそんな空を仰ぎながら言った。


「……嵐がすぎ去れば、必ず空は見える。澄みきった空気、さわやかな風。見えなかったものも、見えてくる」


 ドキリとする。 

 的を射る、その言葉に。


「……会長、それって」

「天気の話だよ」


 くすりと笑われた。この人ほど、笑顔が似合う人物はいないだろう。

 優しい人。会長の言葉はまるで魔法のようだ。私を傷つけないために。私なんかを、傷つけないために。

 ――…ネガティブだな、自分。

 ため息をつき甘い香りを醸すトーストに手をのばした時、ふと見えた壁掛け時計。私は目を疑った。


「9時半!?」


 勢いよく立ち上がり、椅子を膝裏で蹴ってしまった。

 ――が、学校は!? 完全遅刻じゃないか!

 アンニュイな気分なんてひとっ飛び。一人あわてる私を見て、会長はくすくすと笑った。


「遥ちゃん、今日は休日だよ」

「……あ」


 そういえばそうだった。漫画のドジな主人公じゃあるまいし、なんて恥ずかしい。

 私は顔に熱が集まるのを感じながら、おずおずと座り直した。


「遥ちゃんって、本当かわいいね」

「…恐縮です…」


 かわいいと言われた嬉しさより、恥ずかしさのほうが上回ってしまう。


「だから」

「?」

「飽きるまで、ここに居ていいよ」


 ――ああ、本当に。

 どうしてあなたはそんなに、優しいの。

 生徒会長だから?

 私の秘密を知ってるから?

 見返りを求めないその優しさは、綺麗すぎる。頑な私の心を、いとも簡単に癒すから。全てを預けたくなる。

 だけど


「大丈夫です。…食べ終わったら、戻ります」


 甘えちゃいけない。

 迷惑をかけちゃいけない。

 私は、強くなきゃダメなの。




(そんな事もできないの?)


(鬱陶しいのよ)


(……もう、サヨナラ)


(愛せなかった)



 塞いだ記憶。

 どうか嫌いにならないで。






反比例する愛情。それでも私は立ってたよ

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