第23話 求める代償
疾風の部屋、201号室。そこで日向と遥は向き合って正座していた。真ん中には、疾風があぐらをかいている。気まずい雰囲気、疾風が口を開く。
「汝、その健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、これを愛しこれを敬い、その命ある限り真心をつくす事を誓いますか」
「いや、ちょっと待って疾風」
すかさず日向が口を挟んだ。邪魔されたのが気に入らないのか、疾風は眉を寄せ目で何、と先を促す。
「いや、なんでいきなりの誓いの言葉?」
「誓います!」
「いやいや、なに誓っちゃってんのハル」
あくまで冷静に突っ込む。だけど二人はそんな日向を睨みつけ、ムッとした表情をした。
「俺が、ケンカしたお前等のために仲直り式あげてやってんたぞ。なんでなんか聞くな、お前に残されたのは『誓う』か『誓わない』の二択だ!」
ビシッ、という効果音がつきそうな程に疾風は日向を指差す。突っ込みどころ満載のその言葉に、遥もそーだそーだと加勢などした。
――え、なに、今回突っ込み俺ひとり?
ゲッ、といったような顔をする。
「誓うの!? 誓わないの!?」
ずいっと顔を近付けてくる遥に、後ろに手をついてやや後退る日向。なんで迫られているのか、状況が理解できなかった。
――え、だってさ。普通今までの話からしてシリアスじゃない? なのになんで男同士で誓いの言葉?
遥を女だと知らない日向は、頭に大量のはてなマークを浮かべる。
「あのねハル、君いったいどうしたわけ」
日向が尋ねると、遥はだって……と口籠る。黙って次の言葉を待っていると、遥はこう言い放った。
「だって疾風に会長の秘蔵プレミア生写真セットで貰っちゃったんだもん!」
「……………は?」
「ふふ、羨ましいだろ。欲しい? あっげないよー! これは俺だけのもの」
いつも持ち歩いているのか、懐から出した会長の写真に頬擦りする遥。かなり怪しい。犯罪すれすれの姿だ。
「…どういう事だよ、疾風」
「遥、素直じゃないだろ? こうして仲直り式あげても、また険悪ムードなりそうだからさ、前もって頼んどいた。写真やるから、来斗と仲直りしろって。そしたら、瞳キッラキラに輝かせて、二返事された」
疾風は悪戯げに、ニカッと笑う。
――いや、嬉しくないんだけど。普通、それを俺に言う?
複雑な心境を抱き、日向は遥を一瞥した。写真に向かって、何やらぶつぶつ呟いている。かっこいいやら、素敵、などの言葉が聞こえた。
「まぁ、そんなに堅くなるなって。この機会に、険悪ムードさよならって事にしようぜ?」
ポンッ、と日向の肩を叩き疾風は言う。日向は幸せいっぱいに頬を緩める遥を見て、まぁいいかと呟いた。その口調は、半ば呆れが入り混じっている。
なんだかんだでケンカし、なんだかんだで仲直りした遥たちであった。
「じゃあ、無事仲直り大作戦☆も成功したことだし」
「なにそのネーミングセンス」
「お互い誓いあったし」
「俺誓った覚えないんだけど」
疾風の言葉に、丁寧に突っ込みをいれていく日向。もちろん疾風は無視してるが。
遥は正気に戻り、今はおとなしくお茶を煤っている。遠慮がちに二人のやりとりを上目で見ながら。
「ちょっと切ない僕等の青春ストーリー〜中学生編〜ネタばらし!」
キャハ、と笑いながら疾風は叫んだ。そのある意味難解な言葉に、日向はハッとする。
――…そういうこと。
日向は無意識に肩に力が入った。
「もう、いいだろ? 遥をこれ以上のけ者にするなよ」
疾風が目を細めて言えば、日向は正面に座る遥を見つめる。不安げに揺れる遥の瞳。とても先程とは同一人物とは思えない。
しばらく黙っていた日向だったが、不意にため息をはき肩をすくめた。
「……いいよ、話して。俺、遥のこと信用してるから」
日向は腕を伸ばし、遥の頭をクシャッ、と撫でる。遥はそれに数秒遅れて、微笑んだ。
「うーん、じゃあどこから話すか」
何せずっと幼い頃からの事だ。いきなり話そうとしても、最初の言葉が出てこない。首をひねらせ、うなる疾風。そんな幼馴染みの姿に日向は苦笑し、
「いいよ疾風。俺自分で言う」
「でも……」
「これはほとんどが俺の問題だから」
渋る疾風に日向がはっきり言い切れば、疾風は分かった、と頷いた。
日向はそれを見て、満足気に柔らかく笑む。
怖いなんて言い訳。痛々しい過去を振り返ることは辛いけど、それでも目をそらしちゃいけないことがある。少なくとも、日向はこれ以上ルームメイトに隠し事はしたくなかった。
「……でハル、重点的になにが知りたい?」
唐突に話をふられ、遥は身体をびくりと揺らす。手に持ったグラスを見つめて、なかなか顔をあげようとしない。
唇を結んだまま、液体をもてあそぶ。遥は頭の中を整理していた。いざ聞かれると、自分が何を知りたかったのか出てこない。
遥は脳をフル回転させた。気になってた事はたくさんあるはず。だけど、一番知りたかったのはやっぱり
「日向と、疾風と、東条の関係……」
そう漏らした瞬間、遥の頭に屋上での出来事が流れこんだ。パッと遥の頬が桃色に色付く。
「え?」
そんな様子の遥に、疾風は首を傾げた。どうしてここで赤面するのだろう、と。
「ハル……、あいつと何かあった?」
日向が尋ねる。あいつとは、東条のことを指しているのだと、疾風も遥も分かった。
「え、いや別にっ!」
何かあったと言うには、確かにあった。が、そんなこと言えるはずなく、遥はあわててかぶりを振る。
――ファーストキス奪われました、なんて言えるかっ!
え、いや、キスじゃない! あんなのキスじゃないぞ!
心の中で必死に否定する。遥はどうしても認めたくなかった。相手は何せ寝惚けていて、覚えてないのだから。数の内には、入らない。
「ずるいよ、ハル」
「え……」
日向が遥の腕を掴む。遥が、ずるいって何が、と聞こうとしたら、それより早く彼が口を開いた。
「俺のこと知りたいって言うくせに、自分のことは何ひとつ教えてくれない。ずるいよ、求めるだけ求めて、自分は隠し続けるの?」
――あ……。
怒りと哀しみの入り混じった表情をする日向に、遥はごくりと唾を飲み込んだ。
「他人の辛い過去をいじって、だけど自分は嫌だ? 虫がいい!」
掴まれた腕が痛い。ぎりぎりと悲鳴をあげる。遥は痛みに眉をしかめながら、星影の言葉を思い出していた。
(キーポイントはギブアンドテイクですよ)
意見の交換、妥協、持ちつ持たれつ。
無償に降り注ぐ愛なんて、あるのだろうか。人は無意識に利益を求める。損得など関係ないのに、どうしても欲しくなって。その結果、誰かを傷つける。
それはとても切ないものだと、可哀想だと遥は思った。
「痛い、日向……」
女の遥が腕力で敵うはずなく、日向の手にはどんどん力が込められる。遥の額には脂汗が滲みでた。
「来斗、ストップ! 力いれすぎだアホっ!」
そう言って、疾風は日向の腕を制した。びくりと揺れる肩。
「…あ………」
日向は遥から手を放し、目を大きく開いている遥を見た。
どうして。
「日向……?」
日向を不安げに見上げる遥。
どうして。どうして。どうして。どうして俺は……。
「───っ!」
日向は部屋を飛び出した。手荒く押されたドアが、けたたましく閉まる。
残された遥と疾風は、ただ呆然と固まった。
「地雷、踏んじゃったかなぁ……?」
シュン、とうな垂れる遥の頭を、疾風が優しくぽんぽんと叩く。遥は顔をあげ、疾風を見つめた。
「そんな落ち込むなって。来斗は少し、脆いだけだ」
「脆い……?」
首を傾げれば、疾風は控え目に笑う。
「俺から話すよ。日向と東条のこと」
馬鹿馬鹿しい。何にそんな、腹立てているのだろう。
辛すぎる過去の痛み? 信用されていない寂しさ? ……嫉妬?
「はは、有り得ない」
自嘲気味に呟く。
第一、遥は男じゃないか。嫉妬だなんて変だ。多分、自分が思ってる以上に俺は、遥のことが好きなんだと思う。
だからこの感情は、気に入った玩具を奪われたような、そんな子供じみたものと一緒だ。……それもある意味、嫉妬なのかもしれないけど。
大切にしたい。優しくしたい。甘やかしてあげたい。そう思えば思うほど、逆のことをしてる自分がいる。
もう嫌なんだ。愛しい人の泣き顔見るのは。いつも笑っていてほしい。傷つく姿なんか見たくない。
「……かな……」
せめて最後、君の笑顔を見たかった。いつもみたいに笑って、行ってらっしゃいって、言いたかった。
自分の気持ちは、自分が一番知ってるはずだった