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第19話 許されない踏み込み



 遥は迷っていた。目の前の疾風の寮室を睨んでは、ため息をついて背を向ける。かと思えば、扉の前でうろうろし、ノックしようと手をあてて。そして再びふりだしに戻る。どっからどう見たって、挙動不審だ。


「……よし!」


 しばらくそれを繰り返したのち、決意したようにドアノブに手をかけた。そして開こうとした瞬間


「はや──ぶっ!」


 いきなりドアが開く。節理に従い、遥の顔面に扉が叩きつけられた。


「あれ? 何やってんのお前」


 扉を開けた張本人疾風が、赤い鼻を擦っている遥を見て、不思議そうに問う。


「……水泳やってるように見えるか?」


 恨めしそうに睨み、そう答えた。




  # # # #


 その後部屋に入れてもらい、もてなしをされた遥(飲み物を出す程度だが)。

 ルームメイトの事を聞くと、出かけてる、と簡素な答えが返ってきた。


「んで、どうしたんだ?」


 正面に座り、コップの中の紅茶をすすりながら、疾風は遥に聞いた。彼の瞳は、なにか用があったんだろ? と尋ねている。

 遥はバツの悪そうな顔をし、煮えきらない生返事をした。それに疾風は『ん?』と、先を促す。


「実は……」


 結局悩んだ挙げ句、遥は口を開いた。つむがれる言葉は、昨夜のこと。そう、遥はそれを聞きに疾風のもとを訪れたのだ。


「喧嘩──ねぇ…」


 話を聞き終えた疾風は、小さく呟く。


「なんかすごい険悪なムードでさ。日向はなにも言ってくれないし」


 不貞腐れたかのように、口を尖らせる遥。

 ――まぁ、そりゃそうだろうな。来斗が話すわけないし。

 心の中で相槌をうつ。


「疾風ならなんか知ってるだろ? 中等部から一緒なんだし」


 ずい、と身を乗り出して、疾風に迫る。


「あまり他人の深いところを探るもんじゃないぜ?」

「探るって……ただ気になるから」

「だったら尚更。興味本意程度の気持ちなら止めとけ」


 疾風はそっけなく言い放ち、コップを傾け中身を飲み干した。苦い、と文句をもらして、眉根を寄せる遥を一瞥する。


「疾風……冷たい」


 幾分か低い声でこぼし、不機嫌な表情をする。そんな遥を見て疾風は面倒そうにため息を吐き、それがまた遥を苛立たせた。


「そんなこと言われたってさぁ。俺がお前に話したって知ったら、日向と東条、二人に俺怒られるし」

「怒られればいいじゃん」


 ケロリと返す遥に、疾風はお前なぁ…と、またため息をつく。


「簡単に言うけど、結構きついんだぞ? だって来斗、キレると殴るんだもん」

「……日向が?」


 パチリ、と音がするくらい、まばたきをする遥。


「衝動的になー。普段穏やかだから、反動がすごい」

「……」


 ――確かに、昨晩は別人のようだったけど。

 やっぱり想像できない、と声には出さず呟く。


「それに比べ、タケもやだ」

「タケ…ああ、東条ね」


 名前で呼んでたっけ? と疑問に思ったが、遥は体して気にとめない。


「あいつは口きかなくなる」

「……なんかどっちも子供」


 小学生じゃあるまいし、と付け足す。


「だから、余計なことに首突っ込むな」


 わかったな、と念をおすように、びしっと指さす疾風。遥はうっ、と言葉を詰まらせるが、表情は納得していない。第一、あんな場面見せられて気にするなというのは無理がある。

 明らかになにか知ってる疾風。なのに教えてくれない。遥は堪らなく苛々した。情緒不安定なのかもしれない。


「俺、そんなに物分かり良くない」


 疾風が眉をひそめる。だけど、遥は続けた。


「ちゃんと納得させてよ」

「…………」


 暫しの間黙っていた疾風だったが、観念したように肩をすくめた。遥はパッと瞳を輝かせる。


「俺が話したって言うなよ?」

「言わない! 口が裂けても言わない!」


 こくこくと頷く遥に、疾風は一息ついて口を開いた。


「中等部の頃、来斗と俺とタケはいつもつるんでた。当時寮生だったのは俺だけだったんだけど、あまり関係なかったな。しょっちゅう部屋に呼んでたし。まぁ、そのくらい仲良かったんだ」


 だけど、と言葉を遮る。遥はなに? と目で訴えた。


「急に、壊れた。タケも、豹変したし」


 疾風は瞼を伏せながら、一言一言噛み締めるように話す。


「……なんで」


 大きな黒曜石の瞳で真っ直ぐに見つめる。疾風は気まずさに視線をはずし、赤茶の髪をかきあげた。


「実は、中三の時──」


 そう言った疾風の声は、ガシャン! と響いた騒音に掻き消される。

 ――え……?

 二人は驚いて振り向く。


「そういうことは、俺達に直接聞いたらどうだ?」


 そこに立っていたのは、一度見たら忘れない程インパクトのある容姿の持ち主だった。

 疾風が『ゲッ』と濁った声をこぼす。


「聞いたところで、あいつははぐらかすだろうけどな」


 あいつ──。

 それが自分のルームメイトを指している事と遥はわかった。


「タケ、お前ノックぐらいしろよなー」


 脱力して腕を床につく疾風。そんな疾風の言葉には耳を貸さず、東条は横にいる彼女に話しかける。


「遥」

「……なに?」


 嫌そうに顔を歪ませる遥に、東条は人相悪く微笑む。


「あの後来斗に聞いただろ?当然教えてくれなかったはずだ」

「だったらなに?」


 苛々し、遥は不機嫌に語尾をきつくさせた。


「おい、お前等俺を無視するな」


 しかし、二人の視界に疾風は入らない。


「教えるはずがない。お前は無関係だからな。それにあいつはいつまでも過去を引きずってる」

「…意味が判らない」

「あのさ、ここ俺の部屋なんだけど。シカトとかマジきついから」


 東条は壁に背をあずけ、翠の瞳を細める。嘲笑うかのように鼻を鳴らし、こう言った。


「知りたいなら、俺に聞け。なんでも教えてやる」


 その言葉に遥はきゅっ、と口を引き結ぶ。溜った唾を喉に流しこんだ。


「あと疾風」

「!! なに!?」


 やっと話をふられ、瞳を輝かせ食い付く疾風。


「お前も、余計なことするな」


 たった一言告げて、彼は踵を返した。疾風のキラキラと輝かいていた目から、ふっと光が消える。


「……引きずってるのは、お前のほうじゃないか」


 言われた者は既に消えていた。遥はなんとも言えない表情をし、疾風は切なく瞳を細める。なにしに来たんだ、とため息をつきながら。

 遥は疾風のその言葉に呟く。


「東条、寮生になったって」

「ふーん……ってえっ!?」


 疾風はバッ、と勢いよく遥を見る。だけど、遥は彼が閉めたドアを見つめ、こうもらすのであった。


「寮長の話ってこれ……?」


 疾風は首をかしげた。





所詮は他人。踏み込んでいい範囲なんて、本当にわずか

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