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第18話 交錯する想い



「日向」


 浴場から出て、自室に戻ろうとしたところで、呼びとめられた。聞き覚えのあるその声に、胸が音をたてて軋む。

 誰が開けたのか、廊下の窓から冷たい夜風が吹きこんだ。濡れたままの髪が冷えていく感触に、身震いする。


「……東条」


 ゆっくり振り返り、口から出た声色は自分が思った以上に低い。金髪に緑の瞳をした不敵に笑う男。俺との距離は、約2メートル。

 ──苛々した。


「そう睨むなよ」


 東条は挑発するような口調で言い、一歩近付く。俺は動かず、顔を歪めた。


「俺に、何の用だよ」

「警戒心の強い奴だな。……来斗」


 ――だめだ、苛々する。

 ぎゅっと拳を握った。大して長くない爪なのに、手の平に食い込んで痛い。

 喉が渇く。濡れた髪が顔に張り付いて気持ち悪い。雫が輪郭に沿って伝う。

 火照った身体が、風によって冷えていった。


「近付くな」


 凄んでみせても、東条は笑みを浮かべて距離を縮ませる。なにかが崩れる音が聞こえた。

 消えない過去。

 沸き上がる感情。

 忘れられない記憶。

 許されぬ罪。


「まだ根に持ってるのか」

「──ッ!」


 沸点を越えた。


 先程まで言っていた言葉とは裏腹に、彼の胸ぐらを乱暴に掴み引き寄せた。一気になくなる距離。


「東条……!」

「お前、いつから俺の事名字で呼んでいる?」

「黙れっ」

「熱くなるなよ」


 ――煩い、煩い、煩い。

 その口を塞ぎたい衝動にかられる。

 ぎり、と唇を噛んだ。これ以上余計なことを言いたくない。感情が制御できないなんて、不快すぎる。

 突き放して、さっさと背を向ければいい。何事もなかったように、こいつの存在なんか無視すればいい。

 なのに、手の力は増すばかりだ。


「もう一年前のことだろ? そんなにあいつが大切か。だからそいつを傷つけた俺が憎い? ずいぶんと優しいお「日向?」


 俺が殴ろうと手を振り上げたのと、名前を呼ばれたのは同時だった。男にしては少し高い声。俺と東条は声のした方に振り向いた。


「…ハル……」


 ハルはきょとんとした顔で、俺たちをまじまじと見つめる。その視線は、なにしてるんだ?と、問いかけていた。

 堪らなく居心地が悪くなって、俺は東条を掴んでいる手を放した。ものすごく気まずい。


「なんで日向と東条が……。喧嘩?」

「なんでもないよ」


 諭すように言って、俺はハルの腕をひいた。戸惑った雰囲気が伝わってきたけど、後ろめたくて、ハルの顔が見れない。


「俺寮生になった」


 不意にかけられた言葉。その意味を理解した途端、俺は勢いよく振り返った。ハルも同じ様に驚いている。


「よろしくな、遥」


 東条が薄笑いをすると、ハルはムッと口を尖らせた。


「よろしくされたくない。あまり俺にかまうと、星影先輩に言いつけるから!」


 ハルは叫ぶ勢いで吐き捨て、今度は彼が俺の腕を引っ張る。最後に見えた東条は、かなり嫌そうな顔をしていた。


「やっぱりあいつ、先輩のこと苦手なんだ……。可哀想に、星影先輩片想いじゃん」


 ぶつぶつと呟くハルの言葉の意味が、よく判らなかった。










  #


「ねぇ日向」


 部屋に戻ったら早速とでもいうかのように、ハルが話しかけてきた。なにが聞きたいかなんて、愚問だ。

 時計を見れば、11時近い。生乾きの髪は、かぶりをふると水しぶきが飛ぶ。


「なんで無視するのさ」


 不愉快な声色。だけど、だめだ。今の俺じゃ、上手く誤魔化せる気がしない。口を滑りそうで怖い。


「日向」


 焦ったみたいに俺の名前を呼ぶ。俺はため息をひとつ吐いて、ハルの顔をみた。眉間に縦皺を刻み、上目に睨む。つい苦笑がこぼれた。


「ちょっと口喧嘩してただけ。大丈夫、ハルの心配するような事はなにも無いから」


 笑って言い、ハルの頭をぽんぽんと優しく撫でる。ハルはまだ不満気な表情だったけど、それ以上なにか聞いてくるそぶりはしなかった。

 ――思いやり、かな。


「電気消すね」


 そう言って、ハルから離れる。おやすみ、と言うと、小さくおやすみ、って返ってきた。

 ――ごめんねハル。でも、話したくないんだ……。

 結局眠れたのは、ずっと後になった。





なにも言わないで。この心は誰にも知られなくていいから

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