第14話 203号室でキミとボク
最後に話したのはいつだったかなとか、あれから誰かに手出しされてないかなとか、やっぱり常磐先輩のこと慕ってるんだとか。
いつだって頭を占めているのは、キミ。
「──バカだな、俺」
ため息と共に、こぼれた言葉。返事なんて期待してなかったのに、なにが、という声が前から聞こえてきた。
「……疾風」
顔をあげたら、目があった。
存在を忘れていたと言ったらかなり失礼なんだろうけど、彼に気付かない程考えこんでいたのも事実。
そんな自分に呆れて、再びため息がこぼれる。
「なにシケた面してんだよ。まだ仲直りしてねぇの?」
そう言ってくる疾風。俺は自分の隣の席を見る。どこに行ったのか、ハルは座っていなかった。
ふと前を見ると、疾風もつられるようにハルの席を見つめてる。時々、俺の方向に向けた椅子をガタガタと鳴らしながら。
「気まずくて教室出てっちゃったのかね」
椅子の背もたれに腕をだらりとたらして、上目に見上げてくる。
疾風って、結構核心ついてくるんだよね。
「……謝らねぇの?」
「話しかけたら逃げられそうで」
怖い、と喉まで出かけたところで止めた。いくらなんでも女々しすぎる。
「ま、頑張れよ。俺はお前が男の遥を好きでも構わないから。寧ろ応援するぜ♪」
ニカッと笑い、親指をたてる疾風。なんでそんな無駄に爽やかなんだ。
「疾風さ、なんか誤解してない?」
――俺、ハルを好きなんて言った覚えないんだけど。
「隠すなって。照れることじゃないだろ。軽くひくけど」
「いや、だから……」
「今夜にでも謝れ。そしてそれとなく雰囲気でググッと!結構ひくけど」
「ちょっと、疾風」
「ファイトだ来斗っ!かなりひくけど」
……もういいや。
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……気まずい。大して広くない寮室に、ルームメイトと二人きり。
距離は当然、会話も全くない。小さな窓を見つめると、ガラス越しに満月が見えた。
「…電気消すよ」
ハルにそう言われて、俺は傍に置いた携帯を見る。画面に映る数字は、深まる夜を示していた。
ハルは俺の返事を聞かず、チラリと一瞥して明かりを消す。
途端に暗くなる室内。ハルが寝台につくのが雰囲気で分かった。スプリングの軋む音が、静寂に響く。
「ハル……」
自分でも聞こえない程の声で、俺に背を向け眠る彼を呼ぶ。
反応、なし。
「ハル」
今度はもう少し強めに。
ハルの身体が小さく揺れた気がした。まだ起きてるみたい。
「こっち見なくていいから、相槌もいらないから、……黙って聞いて」
暗闇に、だんだんと慣れてくる目。小さな窓から入る月光が、儚く揺れる。
「……あのさ、何から謝ればいいのか、よく分からないんだけど」
「……」
しどろもどろに、上手く言葉がでない。緊張のせいか、手汗までかいてきた。
――うわ、何これ。俺こんなキャラだっけ。
渇いた喉を潤すように、ゴクリと生唾を飲み込む。
「やっぱり、このままじゃ嫌なんだ。すごい気まずいし、なんていうか……」
こういう時にかぎって、口下手で。
ああもう、いつもはサラサラ上手い言葉が出てくるのに。
「──俺が、辛いんだ」
噛み締めるように、ゆっくりと言った。
ぴくりと反応したハルが、布団を矧いで上体を起こす。やや桃色に染まったその顔で、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「……ハル」
満月の光に照らされたハルはやけに綺麗で、不覚にも同性ということを忘れてみとれてしまう。
暗い室内に、ぼんやりと浮き出る絹の肌。
光沢のある漆黒の髪。
大きな瞳はまばたきすらも忘れたように見開いていて。
「ハル」
そう呼んで、ベッドにいるハルに近付く。彼はハッとしたように、睫毛を震わせた。
「こんな謝罪じゃ、ダメかな?」
自分でも驚くくらい、情けない声だった。ハルはふるふると首を振る。
「仲直り──する?」
「ん……」
うつ向きながら、蚊の鳴くような声で。
そんな彼がいじらしくて、可愛いなんて思った俺は結構危ないのかもしれない。
友情の次に何があるかなんて、知ろうとは思わなかった