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第12話 事件は保健室で



 クラスメイトの掛け声が響く。男たちが校庭というリングで、ひとつの白黒ボールに翻弄されている姿は滑稽だった。

 周りは体格のいい男ばかりで、遥はボールとは逆の方向に立ち避難している。


「あんな集団の中に入ったら、大怪我するよ。よく疾風は大丈夫だなぁ、俺とあまり体格変わらないのに」


 やっぱり見学にしておけば良かったな、なんてこぼして、遥はサッカーゴールに寄りかかった。ゴールキーパーはボールが来なくて暇なのか、口を大きく開けて欠伸。遥はそれをいまいち焦点の合っていない目で見る。


 遥と日向が勉強したあの日から、五日。二人の間には気まずい雰囲気が流れていた。

 日向は日向で一人悶々としていて、遥は近寄るな、と言った手前、今更自分から話しかけられなくなる。同じ部屋だというのに、会話のひとつもない。

 お互い、もどかしさは募るいっぽうだった。


「でも、素直に謝れないし。だからといって、あの空気に堪えるのきついんだよね……」


 清々しい広大な青空を見つめ、ポツリと呟く。晴れた空には白い半月がぽっかりと浮かんでいた。

 風に舞う髪を耳にかけながら、そっと前のほうを見る。楽しそうに笑う、ルームメイト。

 ――案外、俺のことなんか気にしてないのかも。


「……バーカ」


 遥は、自分とは距離のある日向にむかって言ってみせた。だけどもちろん聞こえるはずなどなくて、彼は相変わらず額に汗を滲ませ、ボール遊びに夢中になっている。

 ――だいたい、体育を男子と一緒にやるっていうのが無茶なんだ。しかもサッカーなんて、力量が違うじゃん。……体育好きなのに。

 女の身体を、遥は呪った。いや、そんな事態にさせた義理の親を。


 少し冷たくて、だけど優しいそよ風に瞳を伏せて、少し仰のいた。遠くで聞こえていた声が、だんだんと近付く。しかし、あまりの気持ち良さに遥は目を瞑ったままで。


「ハル、危ない!!」


 その声が耳に伝わったのと、頭に強い衝撃がはしったのは、どちらが先だっただろう。

 ――うわ、痛い……

 激しい目眩を感じて、膝が折れる。多くのざわめきの声が、霞む思考にうっすらと届いた。


「ハル、ハルっ」


 自分を必死に呼ぶ声。

 ――ああ、この呼び方は…

 日向の声と最後に認識して、遥は意識を手放した。







   #


 声が、聞こえる。


 (おいで、遥)


 どこか懐かしい、その声は


 (ほら、大丈夫?)


 ――誰、なの?


 遠い記憶の、霞んだ思い出


 (早く立って、先行くよ?)


 ――待って、待ってよ


 だんだんと消えゆく君に、必死に手を伸ばす


 ――待って、行かないで。私を置いてかないで


「お兄ちゃん……!!」


 遥はそう叫んで、目を開けた。天井に片手を伸ばして、瞳はうっすらと濡れている。

 ――うわ、自分の声で目が覚めたよ

 そう思ったところで、遥は自分の置かれている状況に気がついた。真っ白なベッドに寝かされ、湿った消毒の臭いが淡く漂っている。クリアになる思考。


「……保健室?」


 利用したことがなかったため、見るのは初めてなのだが、遥はなんとなくの雰囲気で分かった。


「あら、気がついた?」


 久しぶりに聞く、高い女の人の声。遥はハッとして上体を起こす。


「うぁっ…!?」


 目の前の景色が歪んだ。気持ち悪さに片手をつく。


「こら、ダメよ〜。頭に強い刺激うけてるから、ちゃんとおとなしくしなきゃ。覚えてる?ボールぶつけられたのよ」


 酷いことするわね〜、なんて呟いて、その女の人は遥をベッドに寝かせた。白衣を着ているあたり、保健医なのだろう。

 ――そっか、ボールが……

 柔らかい枕に頭を預けながら、先ほどの痛みを思い出し、それがボールのせいなのだと遥は理解した。


「だいぶうなされていたみたいだけど、怖い夢でも見た?」


 長い黒髪をひとつにまとめている髪留めをいじりながら、心配気に遥に尋ねる。


「…ちょっと、昔の夢を」


 瞳を細め、苦笑いを浮かべて遥は答えた。保健医は、へぇ?と首をかしげつつも、詳しくは聞かない。遥の前髪を優しく撫でて


「ま、しばらくはゆっくりしててね。私、白鳥尚子しょうこ。保健医よ、よろしくね」


 パチン、と片目をウィンクしてそう言った。それがやけに様になっていて、遥は女というのにドキリと胸を高鳴らせる。


「あ、ありがとうございます。この学校、女の先生いたんですね」


 遥は掛け布団わ引き、上目にそう言うと、尚子は目をパチクリさせ、かと思うと急に吹き出した。

 ――え、俺なんか変なこと言った?

 クスクスと笑う尚子の意図が理解できなくて、疑問視を浮かべる遥。


「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。あなた、転入生?」

「え、あ、はい」


 歯切れ悪く答えると、尚子は遥の頬を両手で挟み、


「期待に応えられず残念だけど、私は男よ」


 にっこりと綺麗に微笑して、吐息混じりにそう言った。


「え───えぇ!!?」

「あら、可愛いリアクション」


 ――嘘、だってこんな美人が…男!?じゃあなんでオネェ言葉!?

 一人あたふたしてると、尚子は楽しげに笑う。


「朱龍学園での女性は、学園長だけよ。あとは……」


 尚子は妖しい笑みをはりつけながら、つつ、と人指し指を遥の服の上から滑らせた。いつのまにかジャージのチャックは下ろされていて、中に着ているTシャツの上を指でなぞる。


「貴女くらいかしら」


 遥は息をのんだ。


「なに、言って……」


 頬をひきつらせて、遥はそうもらす。


「貴女が気絶している間、苦しそうだったから心音を確かめたのよ。そしたら、意外な事実が発覚しちゃって……。さらしで誤魔化してるけど、さすがに分かったわ」


 変わらない笑顔のまま、尚子は


「貴女、女の子ね?」


そう、言った。

 カーテンが、風に揺れている。かすかに香るキンモクセイに、窓から入ってくる穏やかな陽射し。空はやっぱり晴天で、だけど遥の心は真逆に曇って。

 ばれた

 どうしよう

 なんで

 浮かんでは消えゆく疑問の言葉たち。

 尚子の顔がすぐ近くにあり、身動きひとつできない遥。ただ金魚のように口をパクパクさせるだけ。


「ここは朱龍学園、男子校よ。こういう事はご法度なはず」

「で、でも、学園長の許可はとって」

「あら、そうなの。相変わらずお茶目な人ね」


 サイドのおくれ毛を風になびかせて、尚子は口角をあげた。さっきから笑みを絶やさない尚子を、遥は不安気に見つめる。季節は秋なのに、背中に汗をかいた。それはきっと冷や汗。遥は自分でも気付いてる。


「先生、あの……」


 遥がそう言いかけたところで、尚子は人指し指を遥の唇にあてがい、言葉を遮った。


「私だって、そんな簡単にばらそうなんて思ってないわ。ただ、ある条件つきでね」


 ――条件?

 口を開けれないため、目で尋ねる。


「ふふ、その条件はね…………尚子ちゃんって呼ぶこと!」


 ――は?

 予想外の言葉に、ぽかんとする遥。


「先生なんて、水臭いじゃない。みんなそう呼ぶし、貴女もそう呼んで♪」


 唖然とする遥をよそに、頬を染めながら『ね?』と首をかたむける。いつのまにか距離ができていて、遥はゆっくりと上体を起こした。


「貴女、クラスと名前は?」

「…石井遥、2―Aです」

「遥ちゃんかぁ、女同士仲良くしようね♪」


 遥はツッコミをいれたい気分でいっぱいだったが、秘密を知られている身の上、頷くしかなかった。




嘘ついたら針千本のーます

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