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第11話 男子校生の悩み



 男子校だけれど、そのうえ男子専用寮に入っているけれど、そういう気はない。

 女の子は確かに、どちらかというと苦手だ。でも、だからといって男なんか好きになるわけない。じゃあ、この気持ちは一体…………


「近寄るな」


 昨日のことを考えて、色々悶々と悩んでいた俺にそう冷たく吐き捨てたのは、今の今まで俺の思考を占めていたいた、石井遥。


「俺の半径2メートル以内に近付くな」


 ぽかん、としている俺を尻目にハルはもう一度さっきより強く言って、俺に背を向ける。


「ちょっとハル…!」


 伸ばした手は宙を空振り、ハルは振り返らない。無視っていちばんショックだな。


「ふられちゃったねー」


 役目を果たせなかった手をジッと見つめる俺に、口笛まじりにかけられる言葉。正直返事することが気に引けたけど、嫌々俺は振り向く。


「余計なお世話だよ、疾風」


 これでもか、ってくらい、不機嫌な表情を張り付けて。だけど当の疾風は全然気にかけず、少し日焼けした赤茶の髪をいじりながら


「襲ったりするから」


と、口端をあげて言う。


「だから、あれは事故だって何度言えば……。なにが悲しくて、男を襲わなきゃいけないんだよ」

「へぇ?じゃあなんで遥はあんなに来斗のこと避けてるの?」


 ぐさりと、疾風の嫌味な言葉が鋭く胸に突き刺さる。笑顔でなんて残酷なこと言うんだろう。

 ――こいつ、絶対楽しんでる

 気に入らなくて睨んでやったけど、きっと効果はゼロだ。人の不幸を笑うなんて、性格の悪い。知らず知らずにため息がこぼれる。


「そううなだれるなって!遥だってその内機嫌なおるさ」


 疾風はニカッ、と悪戯に笑って、軽く頃垂れる俺の背中をバシバシ叩いた。

 ――他人事だと思って……

 口を大きく開けて、天真爛漫に笑う疾風は、高校生らしくない無邪気さで、悩みなんか持ってないんじゃないかとすら思う。

 あったとしても、せいぜいあれが食べたいだの、なにを見逃しただの、そんな感じではないか。


「ある意味羨ましい…」

「ん?」


 俺の小さな呟きに、疾風は首をかしげる。そんな彼を一瞥しつつも何も言わず、俺は踵を返した。後ろで疾風の俺を呼ぶ声が聞こえたけど、とりあえず無視しておく。

 ――いつまでも避けられちゃ堪らない。

 遥を探しに、俺は寮の広い廊下を走った。







  #


 人の少ない廊下を私は歩く。自然と早足になってしまうのは何故だろう。さっさと自分の部屋に戻りたい。

 ……自分の部屋?

 歩く速度がだんだんと落ちていく。

 自分の部屋って…、日向の部屋でもあるじゃん。

 会いたくない──

 昨日あんな事があったせいか、顔を合わせづらかった。さっき日向に話しかけられたときだって、表情が崩れそうで焦った。そのせいで、ずいぶん冷たくしてしまったのだけど。

 …さすがに、酷かったかな?

 今頃になって、罪悪感。


「それとなく、後でフォローしとこう」


 声にしてはみたけれど、きっと私はできない。なんで、なんて理由は簡単。

 昨日以来、彼の姿を見る度に、声を聞く度に、目があう度に、熱に浮かされるような感覚に陥る。日向の整った顔は、心臓に悪い。

 なのに、彼は何事もなかったかのように接してくるのだから、理不尽な怒りを覚えた。


「でもあれじゃ、八つ当たりだ…。自己嫌悪」


 ため息をついて、立ち止まる。あと5歩進めばもう203号室。自分の部屋。自分と日向の部屋。

 きっと日向はまだ戻ってはないだろうけど、なんとなく居心地悪い。それに、あの部屋に居ると、思い出しそうで……。

 かぁっ、と熱が顔に密集する。


「なん、だこれ。これじゃまるで俺……」


 思わずそう言いかけたとき、自分の立つ廊下の先に、人影が見えた。その人物は、私達の部屋を扉をノックしている。

 ――あ、こっち見た

 ゆっくりと、彼は首だけで振り返った。

 柔らかい栗色の髪、白く透き通った肌、目尻の下がった瞳は優しげで。その目には銀色の縁のメガネがかけられている。私に気付くと、ふわりと笑った。

 頭の奥で、スイッチが外れる音がした。


「遥ちゃ───「こんにちは会長!!」


 会長の言葉を遮って、私は抱きつく勢いで憧れの彼にかけよった。会長はそれを笑顔で受ける。今までの悩みはどこへやら、私の顔には無意識に満面の笑みがきざまれていた。


「元気だね。なにかいい事あった?」

「はい、会長に会えました♪」

「はは、照れるね」


 サラリと揺れる茶髪を撫でながら、にっこりと微笑む。私はその表情に、頬を緩めた。


「あ、そういえば会長、私になにか用あったんじゃ……?」


 彼がノックをしていたことを思い出し、そうこぼす。すると会長はあっ、ともらして


「うん、日向にだったんだけど、たいした用事じゃないからいいよ」

「日向……」


 ドクン、と高鳴るのは、心。つい、うつ向いてしまった。


「遥ちゃん?」


 目をそらした私を変に感じたのか、会長が首をかしげる。なんだか急に、居たたまれない気持ちになった。


「なにか悩みがあったら、言ってね」

「え?あ……」


 穏やかな声が降ってくるともに、会長が私の頭を撫でた。そっと、何度も私の後頭部を温かい手の平を往復させる。

 ――なんでだろう、すごく安心する。満たされて、温かくて、幸せ。こういう気持ちを好きって呼ぶんだ、きっと。


「…ありがとう、ございます」


 小さく感謝の気持ちを込めて、蚊の鳴くような声だけども。

 理由は深く聞かない。そんな会長の思いやりが、心に染みる。

 甘えかたがよくわからない私は、顔をあげて優しく微笑む会長に、笑みをみせた。









   #


「ふーん」


 自分より幾分か離れた二人を見て、皮肉気味に呟く。俺にはあんな態度だったのに、先輩ならいいんだ。

 触れても、突き飛ばさないで、頬を薄紅色に染めて、不器用に、だけど心底嬉しそうに笑う君。


「──気に入らない」



 イライラ

 モヤモヤ

 グルグル

 いろんな感情が交錯する。





自覚のないツボミ、ここに一つ

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