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第10話 家庭教師はルームメイト



 転入して初めての定期テストが返ってきた。遥は、前の学校では常に学年30位以内に入っていた為、それなりにプライドもある。だけど、そのプライドが高ければ高い程、崩されたときのショックが大きいのだ。

 この朱龍学園は私立の名門。もちろん皆、難しい試験を受けて入学してきた。そう、遥が考えるより甘くない。


「72位……」


 言葉にすると、更にダメージをうけた。ずしり、と重いものが心にのしかかる。遥はがくっ、と音が聞こえそうな程大袈裟に机に突っ伏してしまった。


「そんな落ち込まなくても…」


 隣の席の日向が、苦笑しながら呟く。それに遥はゆっくりと顔をあげ、日向を見た。


「じゃあ、そういう日向は何位なわけ?」

「………17位」


 遥の質問に日向は、バツの悪い表情し、視線をななめ上に向けてぼそっ、ともらす。それこそ、近くじゃなきゃ聞きとれないくらいの声量で。


「17ァ!?」


 思わず大声でオウム返ししてしまう遥。日向は申し訳なさそうに眉をさげる。


「……ごめ「謝るな!余計むかつくから!!」

「………ハイ」


 すごい剣幕で叫ばれ、つい素直に頷いてしまった。心なしか、遥の周りの雰囲気は先ほどより『負』のオーラに満ちている。自分のせいかと思うと、日向は困ったように頬を掻いた。


「なんだよ、そこまで暗くなるような順位か?元気だせっ!」


 後ろからそんな声が聞こえると同時に、突っ伏していた遥の背中に衝撃が走る。遥は小さくうめき、恨めしそうに自分の背を叩いた者を睨んだ。


「何するのさ、疾風」


 低く太い声を発する遥に、恐い恐いと肩をすぼめる疾風。遥は更に機嫌を悪くし、


「疾風は何位なの?」


と尋ねる。それに疾風は


「俺なんか100位にも入ってねぇもーん」


 なにが楽しいのか、腕を頭にまわし、ニカッ、とチャームポイントとも言える尖った八重歯を見せて笑う。遥は、たいして慰めにならない、と思った。むしろ、自分の順位は日向より疾風との距離のほうが近いのでは、と再び落ち込む。


「あまり気に病むなって…」

「そうだそうだ。俺みたいに前向きに生きろ」

「……疾風はもう少し、気にしたほうがいいと思うけど。とりあえず、授業くらい真面目に聞いたら?」


 沈んでいる遥を尻目に、日向は呆れたようにため息をつきながら、疾風に言う。


「だってどうせ分からない授業、聞いたって聞かなくたって同じじゃん。だったら聞かないほうが得じゃね?」


 そう言い、ゲームにケータイ、漫画…と指を折って数える疾風。しまいには、居眠り最高!とまで叫んだ。どこか間違った理屈をこねる疾風に、日向はやれやれと首をふる。


「ねぇハル、疾風みたいのがいると悩んでるのが馬鹿っぽくならない?───ハル?」


 日向の言葉が届いてないのか、なにかを思いついたようにそうだ、と呟く遥。日向が何が、と聞きかけたとき


「勉強教えて!!」


と、すがるような瞳で日向の胸ぐらに掴みかかった。







   #


 所変わって、日向・遥の部屋。お互い小さめの机を挟んで、教科書を広げる。


「じゃあ、数学からお願いします」


 遥はかしこまった口調で、ぺこりと頭を下げた。


「OK。あ、ハル。今だけでも先生って呼ん───」

「嫌です」

「…ウン。だよね」


 遮られたうえ、否定までされて軽くうなだれる。

―― なんかハル、俺には人一倍冷たいような…

 そう思いかけたけど、深く考えると余計悲しくなりそうなので、気のせいだと誤魔化した。


「早く教えてよ」


 日向の気持ちを悟らず、急かす遥。日向はまたため息を吐いて、はいはいと返事した。



 勉強を始めて、約一時間経った頃、遥はシャーペンをもつ手を止めて息をついた。それに気付いた日向は立ち上がり


「そろそろ休もっか。なんか飲む?」


と、座っている遥に尋ねながら、答えを聞く前にコップをふたつ取りに行った。


「…はぁ、疲れた」


 遥はそうこぼし、背凭れにしていたベッドにドサッとうつ伏せに倒れた。僅かに軋む音が響く。

―― 日向、教え方上手いな。すごい分かりやすい。教師とかむいてそう

 枕に沈めた頭で、遥はそんな事を考えた。そうこうしてるうちに、カチャ、と小さな音がする。顔をあげて、その音がコップをテーブルに乗せたものだと気付いた。


「ハル大丈夫?」

「全然」


 淡々と答える遥に苦笑しつつ、日向は遥が寝そべるベッドに腰かける。少しドキッとして心臓が跳ねた遥だけど、直ぐに頭をふるふると振り、変な感情をかき消した。

―― 違う違う。今のは驚いただけ。別にときめいたわけじゃ…

 なにも言われてないのに、心の中で言い訳する。なんだか自分が馬鹿みたいに思えた。


「……ねぇハル」

「はいっ!?」


 いきなり話しかけられ、つい声が裏返ってしまう遥。だけど日向は気にせず続ける。


「俺も勉強教えたんだから、ハルだって教えてよ」


 何が、と尋ねようとしたら遮られた。


「東条となんかあったんでしょ?」

「………え?」


 やけに真剣な声で言う日向に、遥は上体を起こす。四つん這いになって日向の隣まで行き、顔を覗いた。うつ向いた日向の表情は、紺の長めの前髪がかかって見えない。赤いメッシュがサラリと揺れる。


「ひな──」

「俺、心配性だからさ。昨日、東条を見てうろたえた遥が気になって仕方ない。ただでさえ遥、小さいし可愛い系だし」


―― なんか、この学校来てから可愛いを連発されてる気がする。前はそんなに言われてなかったのに…

 そう思うと共に、やっぱり自分は女だと遥は改めて感じた。男ばかりの中にいれば、目立つものである。


「どうしても言えない?」

「!!」


 いつのまにか、日向が遥を覗きこむ体勢になっていた。遥は円くて黒い瞳を、これでもかというくらい見開く。


「別に言えないわけじゃ……」


 襲われかけた──。

 実際なにもなかったのだから、笑って言えばいいのに。心にやましい事があるわけじゃない。なのに、まるでイケナイコトみたいで。遥は口許をぎゅっと引き結んだ。


「なんか言ってよ」


 黙りこむ遥に、低くかすれた声で囁く。見慣れたはずの日向の顔に、なぜか汗がでてきて、遥は身体をこわばらせた。

―― えーい、言っちゃえ!

 ヤケに近い衝動で、遥は口を大きく開いた。


「お、襲われたんだよ!!」

「──襲われ、た?」


 目を白黒させ、遥を凝視する日向。


「…未遂だけどね。っていうか、正しくは東条のまわりにいた四人の男!東条はただジッと見てただけで」


 なにかされたわけじゃない、そう言いたかったのに言えなかった。日向が遥の言葉を、遥より数倍大きな声で覆ったから。


「なんで早く言わなかったんだよ!?」


 ――え?

 一瞬、我が耳を疑った。いつも穏やかな日向が、滅多に怒らない日向が怒鳴った。遥は恐いとかじゃなくて、ただただ驚いた。それ以外、なんとも言えないくらい驚いた。


「なんで、そういう事、もっと早く…!」

「ひな……」

「ちゃんと言えよ、ルームメイトだろ?なんで今まで黙って───!!」


 反論するにも脳が状況を理解できなくて、日向の言葉をひとつひとつ必死に拾った。日向が何に対してそんな怒っているか分からない。だけど、分かりたくて。


「日向っ!!!」


 腹の底から、叫んだ。


「大丈夫だったって言ってるでしょ!?危機一髪で純が助けてくれたわよ。だから何もされてない!」


 つい弾みで女言葉に戻ってたけど、止められなかった。


「確かに黙ってたのは悪かったかもしれないけど、そんなに怒らなくてもいいじゃない!!」


 ダムが壊れて、塞き止められない。日向に負けないくらい大声だった。呆気にとられたのか、日向は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をする。


「────ごめん」


 しばらくの静寂を、日向が謝罪の言葉で破った。先ほどまでの覇気はどこにいったのか、情けない表情でうなだれる。その豹変ぶりに、遥は焦った。


「い、いや…わた、―俺のほうこそ」


 背中を丸める日向を前に、思わず正座してしまう遥。


「その、俺、ちょっと過敏になっちゃって…制御、できなくて」


 目線を泳がせて、歯切れの悪い。

 どうして、と遥は思ったけど、日向が言わないってことは、言いたくないってことだろう。誰だって、触れられたくない事はある。踏み込んじゃ、いけない。


「本当に、なにもされなかった…?」


 右手を遥の頬に沿えて、目の高さを合わせる。その声があまりに弱々しくて、胸がキュッとした。

 絡む視線に汗ばむ手の平。見つめられるのがいたたまれなくって、シーツをぎゅっと掴んだ。高校生二人を乗せたベッドが悲鳴をあげる。


「う、うん」

「そっか、良かった…」


 辛うじて返事する遥に、日向はふわりと柔らかく微笑む。不意打ちに、あがる心拍数。


「でも、これからは何かあったらちゃんと言ってね」


 念をおすようにそう言って、日向は額同士をコツン、と会わせる。近すぎる距離に、遥は日向を突き飛ばそうとして失敗した。


「う、わっ……!」

「ちょっ……!」


 遥は突き飛ばそうとしたが日向が遥の腕を放さなかったせいで体勢が崩れ、二人もろともベッドに倒れる。声と衝撃音が重なって響いた。

―― 痛っ〜!

 痛みに顔を歪めながらも、遥はおそるおそる目を開けた。


「!!?」


 息がつまった。ベッドに背中を敷いて、天井を見上げるかたち。だけど実際視界には、ほとんどが日向の顔でうまっていた。天井は視野にチラつく程度。つまり押し倒されている体勢。


「どっ……」


 ───どいて。

 伝えたいのに、上手く言葉が出ない。遥は日向の整った容姿に頬を染める。琉衣に対してとは違う胸の高鳴り。


「ハル……」


 降ってくる熱っぽい声に、身体が硬直する。息があがって、瞳まで濡れてきた気さえした。

 ――あ、駄目だよ。だって今は『私』じゃない。『俺』だから…

 そんな事が頭をよぎったとき


バタンッ


「勉強はかどってるかー?」


 雰囲気を見事なまでに壊す声とドアを開ける音。遥と日向は瞳をパチパチさせて、扉の方向を向いた。ドアノブを握って立っていた疾風と目が合う。


「……あ、ごめん」


 表情を変えないままそう言って、扉を閉めた。


「「………」」


 無言で閉められたドアを見つめる二人。


「いやいや、ちょっと待て…。ごめんってなにがだ?何に対してだ?オイ、なんだよアイツ。誰に謝ったんだよ、なんで謝ったんだよ!勝手に去るなー!!」


 遥の悲痛な叫びに本日何度目か分からないため息をつき、誤解されたな、と日向は呟いた。





隠し事はしないで。信頼と利用なんて紙一重だけど

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