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四月二日

作者: 亜梨

 佑太には、私が一番最初におめでとうを言いたかった。

 家に会いに行くにはちょっと遅すぎる時間だし、電話することにした。別に私と佑太は付き合ったりしてるわけでもないんだけど、昔から雑談やら悩み相談やらで電話はよくしてたし、あの二人きりな感じにも違和感や緊張なんてものは全くない。誕生日おめでとうとかね、ちょっと伝えたいことがあるときには最適なツールだ。まあメールで済ませてもよかったんだけど、0時ぴったりに送ったって一番最初に私のメールが届くって保証はないしね。やっぱり声で伝えたいし。

 そんなわけで、日付が変わる15分ほど前に電話をかけた。いつも電話かけるときは電話帳からだけど、携帯の画面に佑太の番号が表示されるの毎回見て、なんとなーく数字の並びを覚えてしまっている。佑太はいつもなかなか電話に出ないから、私は長い間画面を見つめていたりするから、なおさらだ。

 今日もなかなか出なかった。諦めてあとでかけ直そうかなあ、って思い始めた頃に「もしもし」って聞こえる。いつもこんなタイミングだね。



「佑太ー?起きてた?」

「寝てた…」

「あーやっぱり!」

 佑太はいつも11時とかには寝てる。そのくせ早起きするわけでもないらしくて、学校に来るのもいつも遅刻ギリギリだ。「誕生日くらいは日付変わるまで起きてたい」って、今日学校で言ってたっけね。

「理沙、起こしてくれてありがと」

「どういたしまして」

「あー。ねむい」

 向こうから大きなあくびの声が聞こえる。たぶんベッドの上だね。寝ぐせのついた頭かきながら横になったまま電話してる姿が容易に想像できる。実際そういうところ、家に遊びに行ったときに何度も見てる。いっつも、ぼーっとしてる。誕生日が一年近く違うせいもあって、小さい頃は佑太のことお兄ちゃんみたいに慕ってたけど、いつから立場逆転したんだろうね。しっかりものの理沙ちゃんと、のんびりやの佑太くんって。でもあたしはこういう関係が好きだ。ぽけーっとしてけらけら笑ってる佑太の隣で、あたしはてきぱき動いたりして、でも二人の呼吸は噛み合ってて、意外とうまくいくもんだった。

「佑太、もうすぐ誕生日だねえ」

「ああ、そうだね」

「もう友達からおめでとうメール来たりしてる?」

「まさか! どんだけフライングだよ、まだ10分以上あるぞ」

 そう、ならいいんだ、って言って、私はひとりで満足な気持ちに浸る。電話のこっち側で、笑ってる。佑太は私の気持ちなんか、私が思ってることなんか、全然気にしてないだろうけど。

 って思っていたら、突然、佑太が言った。



「なあ」

「何よ?」

「俺、彼女できたよ」




 声を上げることもできなくて、いや、ええっ、って言おうとしたんだけど、本当にびっくりしたときって喉のところが詰まって何も出てこない。

 携帯を持ってた右手から力が抜けそうになった。咄嗟に左手を添えて支える。指先が震えてて、手のひらのところで支える。

「……まじで?」

 動揺している。自分の声が自分の声じゃないように聞こえる。電話を通して、ちょっとは声がまともなほうに変わって聞こえててほしいな。

「そっか、よかったじゃん。びっくりしたあ。よかったね」

 よくない。よくないよ。そう頭の中で思ってるのに、同じ頭の中で、よかったねって言っとけって指示が口に。舌に。

「じゃあ、今までみたいに二人で遊んだりとか、お互いの家に行ったりとか、できなくなるね。電話もしないほうがいいよね。あ、ていうか、佑太、誕生日じゃん! あたしなんかと電話してる場合じゃないね、彼女にオメデトウって言ってもらわなきゃねっ」

 ぺらぺらしゃべりながら、涙が出てくる。何も言わない佑太が、急にいつもみたいな頼りない顔じゃなくて、ひとりの男の子に思えてくる。

 佑太なんて顔もそんなにかっこよくないし、性格だって目立つ方じゃないし、成績もふつうだし運動神経もふつうだし、モテるタイプじゃないのに。今まで、女っ気なんか何にもなかったくせにさ。女友達だってほとんどいなかったじゃん。彼女なんてできねーよってよく一緒にネタにしたじゃん。

 でも私は自分が一番近いと思ってた、友達だってたぶんそう思ってた、佑太もそう思ってくれてると思ってた…。

「ごめんね、もう切ろうか。彼女に0時に祝ってもらいなよ。ほんとよかったね。突然電話してごめんね、じゃあねっ」

 耳から話して、すぐに電話を切った。佑太の「じゃあな」とか「バイバイ」とか「おやすみ」は聞きたくなかった。佑太の口からの電話の別れの挨拶が、ほんとに今日でこの関係は終わるんだってぜんぶの関係を終える言葉に聞こえてしまいそうで嫌だった。

 床に座り込み、携帯を握ったまま動けないでいると、直後に手の中で携帯が震えだした。画面を見たら、佑太の名前があった。しばらく出なかった。ずいぶん長い時間、携帯は鳴ってた気がした。私が佑太が電話に出るのを待ってたみたいに、佑太も私が出るのを諦めてくれるまで出ないつもりだったけど……佑太は諦めなかった。



「…なに? なんなの」

 観念して電話に出たら、佑太が「ごめん!」と言った。

「なにがよ」

「ごめん。嘘。さっきのあれ、うそ」

「はあ?」

「彼女とか、うそ」

 何言われるんだろうっていろいろ想像したのに、そのどれをも超えた言葉に、言葉が出なかった。

「怒った?」

「おこ…怒るっていうか、意味わかんな……」

「エイプリルフールじゃん」

 あんまりにあっさり言うもんだから、呆れた。本当に呆れた。こんな大事なことをネタにしたの? ていうか、エイプリルフールとかもうあと数分で終わるし!

「ばかじゃないの……そんなウソつかないでよ! 信じらんない」

「だから、ごめんって」

「ほんと意味わかんない! ほんとに…どういうこと? なんで彼女できたとか言ったわけ」

「それは」少しの間、「理沙の気持ち、知りたかったから」。

「理沙がどんな反応するか、知りたかった。俺に彼女ができたら、どんなふうに思うのか。知りたかった」



 佑太は何も言わなくなった。私も何も言えなかった。時計の針が刻む音が、静かになった部屋に響く。もうすぐ、今日が終わる。23時59分、秒針が真上に来たのを私が見た瞬間に、佑太が言った。

「理沙は…よかったねって、思ってくれるの?」

 やっぱりこいつバカだなあって思った。なんでそんなまどろっこしいことするのよ。バカだ。よかったね、なんて、

「思うわけないじゃない」

 私の声じゃない、電話を通しても佑太の知らない人の声に聞こえるだろう。佑太の知らない、私も知らない女の子の声。

「よかったねなんてさ、あれはね、ウソよ、ウソ! エイプリルフールだもんねっ」

 そう言ったら、佑太は笑った。私の知らない、男の子の声だなって思った。

「ほんと、素直じゃないな」

「どっちがよ」

「理沙がだって」

「佑太のほうがひねくれてる! 言いたいことがあるなら、さっさと、」

「理沙のこと好きだよ」

 さっさと言ってよ、って言い終わる前に佑太が言った。さっきまでのどうしようもない嘘ついたりしてる情けない佑太じゃない。けど、たぶんこういうところ、ときどき妙にかっこよくて、さらっといいところ持ってっちゃって、見なくたってわかる自信に満ちた優しい顔をしてるところ、私だって――本当は知ってたんだ。知ってたからこういう気持ちを持つようになった。

「私も、佑太のことが好きだよ」

「まじ?よかった。……あっ、」

 日付変わった、と言われて、時計を見た。秒針がゆっくりと、12の数字の上をまわる。私たちの気持ちを刻むように。

「……誕生日、おめでとう」

「ありがとう」

「一番最初に言えた?」

「一番最初に聞いた」

「よかった。嬉しい」

「……俺たち、付き合おうか」

「うん。付き合う」

 電話の向こう側で、笑ってる。私の気持ち、通じているよね。だって私にも佑太の気持ちがわかる気がするもん。

 って思っていたら、佑太が言った。



「……なあ」

「何よ」

「俺、彼女できたよ」





 最悪のウソが、最高のホントになった日。

 しあわせな彼の誕生日、私たちの記念日。


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