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Short Short Circuit

自由落下

作者: 境康隆

「皆さん、こんにちは」

 その男はにこやかな顔で皆に挨拶をした。彼はこの惑星政府の元首だ。その彼が映像の向こうで全市民に語りかけていた。

「今日は自由についてのお話です」

 彼は何処までもにこやかに語りかける。

「自由とは何でしょう? それは人それぞれによって、定義の違う言葉かもしれません」

 政府から必ずこの放送を見るようにとの通達があった。

 それは珍しいことだった。この政府はいつも自由を尊重していたからだ。

 自由を語る番組。それを見ない自由を認めないかのような矛盾した政府からの指示。

 市民の何割かはその指示に従い、他の何割かは無視した。

 残りの何割かは自由の為にその指示に反発した。

 どうしようが市民は自由だからだ。

「皆さんがこの放送に耳を傾けるかどうかは、自由です」

 市民の気質を理解しているのか、彼はこの放送を見ない人がいることに理解を示した。

 彼は聞いている人にだけ向けて語りかける。

「自由とは何でしょうか? それは乱暴な言い方をすると、何ものにも束縛されない状態のことを表すのだと思います。ですが実際には何ものにも束縛されない状態というのはあり得ません。例えばあなた方が何処にいこうがそれは自由です。ですが多くの場所は自由に訪れることができません。代表的な場所が空です。もっと言えば宇宙です。そう、空や宇宙はなかなか自由にはいけません。我々は自由に見えて、常に何かにつなぎ止められています。そう、それは重力です」

 元首はやはりにこやかに語りかける。

「特にこの重力というものは、自由にとって厄介です。仮に空に身を投げ出しても、我々は直ぐに重力につかまり地面に叩きつけられます。まるで自由を求めて家出をしても、直ぐにお金や住処など現実問題を叩きつけられる少年少女のようにです。身を投げ出した瞬間は確かに自由です。好きな方に手足を伸ばせますし、体の向きも自由自在です。かなり高所から飛び降りれば、いつまでもこの自由を味わうことができます。科学者ならこれを自由落下だと言うでしょう。無重力状態とも言うかもしれません。我々はこの自由を手に入れる為には、惑星上で落下するか、宇宙に出るしかありません。どちらも重力から、そう、重さから自由になることができます。科学者は私にこう言いました。惑星上で落下している時には重さを感じない。宇宙空間で制止している時も重さを感じない。実はこれは等価――まあ、簡単に言うと同じことだと言うのです。仮に紐が切れたエレベータに乗っていても。仮に制止している宇宙船に乗っていても。それは重さを感じない点では同じだと言うのです。特にエレベータも、宇宙船も、外の様子が観測できなければ、そう、自分がどちらに乗っているのかすら分からないのなら、もはや区別はつかないと教えくれました。直ぐには私には理解できませんでした。皆さんは今私が何故こんな話をするのか理解できないことでしょう。ですが最後まで聞いて下さい。勿論聞かないのもあなたの自由です。私達は自由な世界にいるのですから。そう、私達は自由なのです。要はこうです。宇宙で浮かんでいれば、重力から自由でいられます。落下しても、少なくとも墜落してしまうまでは束の間の自由を得られます。そして閉じた空間の中では、この二つの自由は全く区別がつかないのです」

 元首は一瞬沈痛な面持ちで顔を伏せた。

「勿論惑星上での自由落下と、宇宙での無重力状態には決定的な違いがあります。そうです。惑星上での自由落下は、少年少女の家出のように、いつか終わりがくるということです」

 元首は力を取り戻した視線で、全ての市民にまた語り始めた。

「そう、我々は自由です。この宇宙に浮かぶ惑星の上で、多少の束縛はあろうとも自由な世界を生きています。それは世界が――そう、宇宙という世界があったからです。この宇宙に浮かぶこの母なる惑星があったからです。宇宙は無重力で、我々はそこに浮かんでいると思っていました。だが違ったのです。我々は制止した宇宙船の中にいたのではなく、落下するエレベータの中にいたのです。宇宙という外側を観測できない世界にいるが故に、そのことに気づけなかったのです。パニックを恐れて、発表が最後の最後になったことをお詫びします。そう、我々の宇宙はより大きな宇宙の惑星の重力下へ、束の間の自由落下を――」

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