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詩集

傍観

作者: ロースト

ポーン

円を描くボールの軌道はコースを逸れた、というより、初めからゴールを狙っていなかったかのような線を描き、遠く離れた友人の頭に着地する。

ああ、まただ。と呆れつつも尚も挑戦しようと、足元に転がるいくつかのボールから次に投げるものを選び出し、構える。

その様子にはそこにいる誰もが呆れている。

「まだ続けるのかよ……?」

呆れたため息混じりに呟く友人。隣にいるのはボールの当たった頭を多少痛そうに手でさする友人と、それを心配そうにしつつ呟く友人の言葉にも意識を分けられてオロオロする若干小さい友人。

ポーン、弧を描いたボールが枠に当たりガンと音を立てる。そのまま重力に引かれて落下し、弾む。

「……」

むすぅ、とした顔を隠そうともせずに、無言で訴える。

すぐに視線を戻す。ゴールを睨みつけるようにして外さない。

はぁ。わざとらしいわけではないが、大きなため息をつく友人は茶色というより、金髪に近い色合いの髪を夕陽により黄昏色に染めている。

くしゃ、と髪を掻き揚げて、後ろの二人に視線を向ける。

先ほどまでオロオロしていた友人はそのオタクじみた格好とは別の、普段の黒縁眼鏡を外した可愛らしい顔で金髪の友人と視線を交わす。

「あー、俺ら先、帰るわ」

あっさりと口を開いて、手を頭からどける友人は場の雰囲気を読んだわけではなく、ただ単にこれ以上の被害を被りたくないという本心が隠れもせずにある。そのいかにも正直(あるいは馬鹿)な顔のスポーツ青年である友人は整った顔立ちより、その存在感や性格が先行してしまいがちなのだ。


そう、ここで今バスケの練習を見ていたのは、俺の所為。

最初、次の体育の時にテストをやると聞いた彼がその容姿と同様に運動の苦手な友人のために集まった。……のだが、俺が参加してしまったのが運の尽き。


運動は苦手ではない。だが、極端に得意というわけではない。

上手い下手があって、球技は特に苦手なのだ。なぜかボールが入らない。狙ったところにいかない。しかも調子が悪いらしく、いつも以上に命中率が悪い。

あの球体のせいで手や足が滑るのか、とも考えたがそんな感覚を覚えたことはない。若干の乱視であるが、ボールが取れないほどにぶれることはない。

結論で言えば、ボールと相性が悪い。最も、これしか言いようがないだけで、科学的証拠・思考などでは断じてない。


そんなこんなで長時間、見事、友人の前で持ち前の命中率を披露し練習していたのだ。

面倒臭そうにしながらもこれまで付き合っていてくれた友人たちには感謝している。

しかしこちらも意地、というものがあるのだ。ギリギリまでやりたい。

「……うん。俺、もう少し残るから。今日はありがとう」

転がってきたボールを手に取り、視線を落としつつ小さく漏らせば金髪の友人がぽん。と頭に手を乗せて通り過ぎる。

その暖かさに俯いていた顔を上げれば、今度は違う手が乱暴な仕草でわしゃわしゃという感じに髪を混ぜてくる。その強い力に頭を低くされる。友人のオレンジ髪が端から見えた。最後に小さい友人は俺の手を両手でぎゅっと握り、小さく「頑張って」と言って、先を行く二人を追う。

逆光で黒くなった3人と長く伸びる影。

「また、明日」

笑顔を溢して言えば二人は振り返らず、一人は笑顔で、手を振ってくる。

手を、振り返した。でも、その手も急速に力を失っていって

萎んでいく心のように、手が、だらりと無気力に垂れた。


希望を持って言った。

明日、という言葉に期待をかけて。明日もまた、平和な日常があることを信じて。

希望なんて欠片もなく、明日なんてあるかどうかもわからないのに。


俯く。

涙は出ない。けど、悲しい。

終わりがあることを知っているから。誰もが、そうとは知らなくても、持っている不安。

それが形あるものとして、確かなこととして、存在していることを知っているから。

少しでも長く続けばいいとは、思っているけれど。


顔を思いっきり上げ、ぼやけた視界には気づいていたけれど、拭うこともせず気のないまま投げる。力ないボールは意外とすんなりゴールにぶつかり、輪に回ってから入った。

……あんなにも懸命にやったものが、このようなことで―――

なんとなしに虚しく思えた。

もう、止めよう。こんなことはもともと俺には合わないのだ。

こんな平穏。こんな技術。成績も何も関係ないのだから。……ここにいるのは一時的で、誰の記憶にも残らないのだから―――俺には、不必要。

自分が無表情になっているのに気づき、誰がいるでもないのに隠すように俯かせる。ボール拾いに集中する。


目の前が暗くなったのに気づき、影が被ったのだとわかった。

先ほど、体育館の使用許可を出した後から行方が途切れていた教師か。顔を上げて「先生」と言いかければ視界に移ったのは全く違う。

驚きの顔は隠していない。

その表情を映さない端正な顔立ちには見覚えがある。確か、生徒会の……。

「せんぱい!?」

影が視界を覆い、反射的に目を瞑る。

ぽん。と手を置かれて大きく瞬きを数回する。

不思議に顔を見れば、相変わらず無表情。先ほどの自分のような深い思考の底に陥る、表情が落ちたものではない。以前の自分のように溢れそうな感情を押し込めた無表情でもない。感情に起伏が少なく、表情筋が微小にしか動かないだけの無表情。


何も言わず、ただじっと瞳を見つめるだけ。

俺も言うことがない。会話なく視線だけを交わす。伝わることも、伝えることもないのに互いに真っ直ぐな視線だけを合わせる。

変化は急。その対応に脳内処理が間に合わないで表情が繕えない。頭に乗せられた手がわしゃわしゃとかき混ぜるように動いたから。不器用で明らかに慣れていない動作は何故だろうか。そんなにも俺は落ち込んだように塞ぎこんでいただろうか。


「鍵、預かってる」

急な声に反応ができなかった。

「え、あ、ああ。ありがとうございます?」

たぶん、ここの鍵のこと。生徒会だから、頼まれたんだろうな。

「……帰るぞ」

「はい。―――先輩、生徒会の仕事で残ってたんですか?」

「ああ」

会話終了。初めて話す、しかも生徒会の先輩と無言の状態でいるのは辛いものがある。

「鍵、返さなくていいんですか」

「いや、返してくる。……無理はするな」

そういって去る背中に俺は胸が痛くなるのを感じた。みんなの優しさが痛い。

なぜ、あんなにも優しいのだろうか。見知らぬ後輩に、口下手であろうに。思いつめるな、と言ってくる。

その優しさに、俺は何も返せないから、苦しい。皆、そうだ。いつだって皆は優しくて。


ドガン!!!

巨大な音と地面の揺れが襲い掛かる。衝撃に身体が傾き、地に手をつく。現実は感傷に浸る暇も与えてくれない。

「―――早いな」

確か、予定では一週間後だったはず。

今日には臨戦態勢へと移行する予定だったが、情報が流れたか……。

状況に混乱することはない。予想されていたことだからだ。

冷静に判断する俺は既にこの先の行動が分かっている。そして今後の流れ、結末も。

結局、変わらないのだ。何も。俺も、この世界も、未来も、何も変わらないんだ。何がどうなっても。ただ見守るしかない。

俺はただの預言者でしかない。裏の業界で皆に頼られる存在であっても、力を持っていても。変えられない。俺はどうしようもなく無力で、ただのガキでしかない。既に僕らの平和は壊れたんだ。

最初は、何かが変わればと思っていた。それでも現実は残酷だから。最初から、こんな力などなければよかったと思いながら、それでも俺はこの力を求めるもののためにこの力を行使する。たどり着くのが、異端の白い目と無力な俺に対する理不尽な怒りであっても。

零れた涙は知らないふりをした。


分かりにくかったらのため、若干の世界観を説明。

平和を装いつつ戦争は水面下で行われており、

主人公は夢見という特殊能力の持ち主であるため、裏世界では”預言者”の名を冠されています。今回、表面化した戦争の火蓋も彼には分かっていたのです!

予言能力があっても、変える力がない。何も出来ない自分に怒りを感じ、未来に涙しています。

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