episode6
ベッドに横たわり、検索欄に《NEBULA メインボーカル IORI》と打つ。
画面に、無数の記事が並ぶ。
《NEBULA メインボーカル "IORI"、脱退&無期限活動休止の真相とは?》
《NEBULA"SHU"の死の真相は?》
《“純情アイドル”の裏の顔》
百合川は、こんなふうに見せ物にされて生きてるのか。
こいつらは人の人生を、こうして好奇心で踏みにじる。
だからあいつはーーあんなふうに怯えたり、言葉に詰まったりするんじゃないのか?
「……くだらねぇ」
朔は、画面を閉じて、小さく息を吐いた。
その時、ふと、昼間の中庭での光景が浮かぶ。
百合川が、ベンチに座って、風に揺れる葉をぼんやりと見ていたどこか悲しげな横顔。
誰にも見られていないと思っていたーーあの、少しだけ気を抜いた表情。
(……あれが、あいつの本当の顔なんだろ)
スマホを伏せ、ベッドに投げる。
それとほぼ同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「……お兄ちゃん?」
美月の声だ。
「入るよー?」
「どうした?」
ドアが開き、美月が顔を出す。
「あのさぁ……」
言いにくそうに、視線を泳がせる。
「IORIくんのことだけどさ、さっきは興奮しちゃって取り乱したけど…」
「なんだよ」
「IORIくんさ、今、きっとすごく辛いと思うんだ…」
指が、わずかに強張る。
「だからさ…お兄ちゃんは優しくしてあげてね?」
俺は、ゆっくりと妹を見る。
「……なんで俺が?」
「だって……」
美月は、唇を噛む。
「……とーにーかーく、お兄ちゃんは優しくしてあげて!」
「はいはい、わかりましたよ」
少しめんどくさそうに答えると、美月は、少しだけ安心したように笑って、部屋を出ていった。
妹が出て行った後も、俺はしばらく扉を見ていた。
「……優しく、ね」
口に出した瞬間、自分の声が自分のものじゃないみたいに聞こえて、少しだけ眉をひそめる。
”優しい”なんて言葉は、俺には似合わない。
スマホに再び手を伸ばし、記事の一つを開く。
長文のインタビュー形式だったが、同じ言葉が何度も目に入った。
《心配をかけてごめんなさい》
《迷惑をかけてごめんなさい》
(……謝ってばっかりだったな、あいつ)
記者に囲まれて、動けなくなって、塀の陰でしゃがみ込んで、『ごめんなさい』って、息を吐くみたいに何度も言ってーー。
朔はスマホを握る手に力が入っていることに気づいて、そっと力を抜いた。
ふと、部屋の隅のギターケースが目に入る。
黒い布に包まれたまま、部屋の隅で息を潜めている。
机に向かい、ノートを開く。
ペンを握って、何か書こうとしたが、結局書けなかった。
(もう二度と曲は書けないかもしれないな)
そう思って項垂れていると、携帯がなった。
時雨:『朔ー!これ、見た?(リンク)』
リンクを開くと、それは動画サイトの切り抜きだった。
NEBULAのライブ映像。
観客の歓声の中、7人のシルエットの中に、百合川がいた。
まるで別人のようだった。
百合川のソロパートになった瞬間ーー心臓が止まるかと思った。
これはーー紫苑の声だ。
いや、そんなわけないってわかってる。けどーー。
あまりの衝撃にしばらく固まっていたが、時雨が送ってくれた物以外のサイトもいくつも検索して、百合川のソロパートだけを何度も聞いた。
(なんなんだよ一体……)
朔:『おい、なんだよこれ』
時雨:『どうだった?』
朔:『お前、何が言いたいの?』
時雨:『俺の言いたいこと、わかるだろ?』
俺はそれ以上返事を打てず、スマホを伏せた。
代わりに、机の引き出しから古い箱を出す。
箱を開けると、懐かしい匂いがして、一瞬であの頃に引き戻されそうになる。
中に入っているのは、ライブのチケット半券、書きかけの歌詞ノートの切れ端、
そして――中学最後の文化祭での写真。
気づいたら、涙が込み上げていた。
ずっと見ないようにしていたのにーー。
写真の端が、少しだけ濡れて、慌てて袖で拭う。
泣くつもりなんてなかった。
泣く資格もないと思っていた。




