episode5
俺は、駅前の明かりを背にして、住宅街の方へ歩き出した。
夕暮れのオレンジが、団地の壁を鈍く染めている。
(……ほんと何やってんだ、俺)
さっきの百合川の声が、耳の奥に残って離れない。
『安心した』
そんな言葉、聞く資格は俺にはない。
紫苑の顔が、勝手に浮かぶ。
俺がしっかりしていればーー。俺がもっとちゃんと、あいつのことを見ていればーー。
――違う。
今は、思い出すな。
団地の階段を上ると、見慣れた場所に、二つの影があった。
「おせーよ、朔」
そう言って、手すりにもたれていたのは、藤白 時雨<しぐれ>だった。
その横で、フェンスに腰をかけているのが芹沢 蓮。
二人は幼稚園の頃からの幼馴染で、腐れ縁だ。
「どこいってたんだよ~?」
「…関係ないだろ」
「そんな言い方ないだろ~」
時雨が、ちらりと俺の顔を覗き込む。
「なんかあった?」
「……別に」
その一言で済ませると、時雨が軽く鼻で笑った。
「へぇ。朔が“別に”って言うときは、大体別にじゃないんだよな~」
「うるせぇな」
三人の間に、妙な沈黙が落ちる。
紫苑がいなくなってから、
こうして揃うこと自体が、どこか不自然になった。
「…で?」
蓮が、静かに切り出す。
「転校生きたんだってな、どんな奴なんだ?」
「……普通」
「嘘つけ」
時雨が即座に突っ込む。
「学校中で噂になるわ記者に囲まれるわ……そんでもって、朔が連れて逃げるなんて“普通”なわけあるかよ」
俺は、答えなかった。
団地の向こうで、子供の騒ぐ声がする。
平凡な日常の音が、なぜだかひどく遠いものに感じる。
「……なぁ、朔」
蓮が、少しだけ声を落とす。
「そろそろ文化祭だな」
俺の指先が、わずかに震えた。
「……だから?」
「そうやってまた逃げるの?」
時雨の視線は、どこか鋭い。
蓮が、小さくため息をついた。
「……お前、まだ自分を責めてんのか?」
「……」
「……なあ、あの時、お前は…」
「やめろ!!」
俺は大声を出したことに気づいて、二人を見る。
「……悪い」
「……いや、俺こそごめん」
***
玄関を開けると、リビングからテレビの音が聞こえてきた。
「おかえりー」
妹の美月がソファから顔を出す。
スマホを片手に、動画を見ている。
「ただいま。何見てんだ?」
「芸能ニュース。てかさ、ここお兄ちゃんの学校だよね?」
美月がスマホを差し出す。
そこには、"IORI"の転校の記事が出ていた。
「……ああ」
喉が、かすかに鳴った。
「なんか知ってる?」
「同じクラス」
「えーーーー!!まじで!?いいなーーーー!!やっぱかっこいいの!?ねえ!どうなの!?」
「……ああ、まあ」
「なにその反応ー!お兄ちゃん面白くないー」
「悪かったな」
不貞腐れた妹を横目に自室へ向かった。




