episode11
廊下を歩く間、周囲の生徒たちがひそひそとこちらを見てくる。
だが教師が先頭を歩いているせいか、誰も近寄ってこなかった。
職員室の奥の、応接用の小さな部屋に通される。
百合川は椅子に座ると、ようやく力が抜けたのか、肩を落とした。
しばらくすると、校長と担任がやってきた。
「……すみません……ご迷惑をおかけして……」
「君が謝る必要はない」
校長がはっきり言った。
「学校側の管理体制が甘かった。部外者が簡単に入り込める状況にしてすまない」
百合川は目を見開いた。
責められると思っていたのだろう。
「今日の件は、念の為警察にも連絡しておきます。それから、警備の強化をします」
校長は淡々と、しかし迷いなく続ける。
「記者やファンを名乗る人物が来た場合、対応はすべて学校が行うので、君は一切、対応しなくていいですからね」
百合川の膝の上にあった拳が、ぎゅっと強く握られていた。
「……本当に……いいんですか……?」
「いいに決まっている。君はこの学校の生徒だ。芸能人以前に、守られるべき一生徒だ」
その言葉が、部屋の空気を変えた。
「……ありがとう、ございます……」
百合川の目が、わずかに潤む。
「……それから、桐生、よくやった。だが、無理はするな。相手がもし危険なものを持っていたら、危なかったぞ。ああ言うときは必ず近くにいる大人を呼ぶこと。いいな?」
担任が俺をまっすぐに見つめる。
「はい」
百合川が、ちらりと俺を見る。
その目に、さっきまでの怯えとは違う、戸惑いと、ほんのわずかな安心が混ざっていた。
***
職員室を出ると、すでに日が傾いていた。
廊下の窓に差し込む夕陽が、床をオレンジ色に染めている。
俺たちは並んで校門へ向かう。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、校内は静かだった。
門を出ると、蓮と時雨、竹本が少し離れたところで待っていた。
「おーい!大丈夫だった?」
時雨と竹本が手を振っている。
「百合川、大丈夫か?」
蓮も声をかける。
相変わらず無愛想だが、その言葉にははっきりとした気遣いがあった。
「……うん、大丈夫。ありがとう……」
時雨が肩をすくめる。
「まーでもさ、さっきの朔、まじでナイトだったよ?」
「うるせ」
「百合川君もびっくりしたでしょ?あんな朔、滅多に見られないよ~」
百合川は少し考えてから、ゆっくり首を振った。
それから、小さく笑う。
「……うれしかったです」
その一言で、場の空気がふっと柔らいだ。
時雨が一瞬だけ黙り込み、次の瞬間にはいつもの調子で笑う。
「ほら~、朔。ちゃんと報われてるじゃん」
「……うるせ」
照れ隠しみたいに吐き捨てると、百合川が少しだけ目を伏せた。
「……あの……」
言いかけて、言葉を探すみたいに一度止まる。
「……ぼく、さっき……何も言えなくて……」
「いいって言っただろ」
百合川は、少しだけ驚いた顔をしてから、ゆっくり頷く。
「……はい」
「じゃ、俺は時雨と帰るから。朔、百合川頼んだ」
蓮がそう言って歩き出すと、
時雨も「じゃーねー!」と大きく手を振り、二人は歩いていった。
竹本も部活に戻るらしく、「俺も行くわ!」と駆けていく。
校門の前に残ったのは、俺と百合川だけだった。
一気に、音が消えたみたいに静かになる。
夕焼けに照らされた百合川の横顔は、少し疲れているようで、それでもさっきよりは穏やかだった。
「……行くか」
「……うん」
「家まで、送る」
「え……?」
「一人で帰らせるの危ねぇから」
「……でも……」
「いいから」
言い切ると、百合川は小さく頷いた。
並んで歩き出す。
影が、長く伸びて重なった。




