行き着く先は難攻不落? 厳島神社にて
クレルは、期待に胸を膨らませながらマリンライナーに揺られ、岡山へと向かっていた。窓外には、穏やかな瀬戸内海がきらめき、その度に心が洗われるようだった。岡山からは広島行きの列車に乗り換え、再び車窓に流れる景色に目を奪われる。広島駅で在来線に乗り換え、宮島口へと向かうにつれて、潮の香りが微かに鼻腔をくすぐり、旅情を一層深めた。フェリーに乗り込むと、心地よい海風が髪をなで、波間に揺れる船上からは、徐々に厳島神社の大鳥居がその威容を現し始めた。宮島に降り立つと、そこは別世界だった。鹿たちがのんびりと草を食み、土産物屋や食事処が軒を連ね、活気と歴史が織りなす独特の雰囲気に包まれている。クレルはまず、厳島神社の社務所へと足を運び、三女神について尋ねた。
そこでクレルが出会ったのは、白井かなえという若い巫女だった。長く艶やかな黒髪と、清らかでどこか儚げな雰囲気が印象的だ。
「かなえ・・さん」クレルは、彼女の名前が生き別れた幼なじみと同じであることに、驚きを隠せなかった。それも何かの縁なのか、かなえは、クレルの厳島神社での案内役を務めることになり、彼女に「鶴音の伝説」の奥深さを語り聞かせる。
「厳島神社周辺には古くから鶴が神の使いとして現れるという伝説が根付いています。特に、満月の夜、潮が引いた時にどこからともなく響く音は、人々によって宗像三女神の神託として語り継がれてきたのです」
「鶴音は、本当のところは、潮の満ち引き、風の流れ、そして鳥の羽ばたきなどが複雑に共鳴し合うことで生じる神秘的な音なのかも知れません。しかし、この音が明瞭に聞こえるのは、特定の気象条件や潮位、そして時間帯など、様々な要素が奇跡的に揃った時にのみ限られます。そのため、この音を聞くことは非常に稀で、選ばれた者だけに許された体験とされているのです。そしてそれは満月の満潮の晩にだけ起こる・・」
「昔から、鶴音を聞いた者は、本当に進むべき道について三女神の啓示を受けると伝えられているのです」
かなえ自身も幼い頃に一度だけ鶴音を聞いた経験があり、その時に受けたイメージを未だに消化できずに、心の中で深い悩みを抱えていた。厳島神社の巫女としての神聖な役割と、一人の人間としての将来への漠然とした迷いの間で葛藤するかなえ。彼女はクレルに鶴音に詳しい船頭を紹介する。
厳島周辺で代々漁師を営む青年、長谷川 春来もまた、クレルの旅に関わることになる。彼は観光客を船頭として厳島神社の聖域へと案内する仕事も兼ねていた。陽気で親しみやすい性格の春来は、初対面のクレルにも気さくに接した。彼はクレルを、満潮と干潮のタイミングで鶴音が最もよく聞こえるはずの特別な場所へと連れて行く約束をする。彼自身は当初、鶴音のような超常的な現象や伝説の類を信じていなかった。実は、彼の家族の中に、過去「女神の声」を聞いたとされる者がおり、そのために変人一族呼ばわりされたことが春の過去の深いトラウマとなっていたのだ。
満月の夜、満潮時。クレルは巫女かなえ、船頭春来とともに、小舟に乗り、厳島神社の大鳥居近くの海辺へと向かった。鶴音が聞こえるという、特別な場所だ。その夜、偶然にも学者らしい謎めいた女性が、同じ場所に現れた。クレルたちになぜか手を振ってくる。
「誰なが」思わずクレルは呟く。
しばしの静寂の中、波の音に混じって微かに聞こえる「鶴の声」をクレルが第一に捉えた。音は次第に強まり、鳥の羽ばたきや風の音、そして何かが共鳴するような高い音色に変わっていく。鶴音が最高潮に達したとき、月明かりに照らされた真っ赤な鳥居が揺らめくように見えた。突然、その赤が炎のように燃え立ち、鳥居全体が光に包まれる……それはクレルたちの目に「不死鳥」の姿のように映った。鳥居から現れた不死鳥は荘厳に羽ばたきながら夜空へと昇り、その翼が夜空に星のような光を撒き散らした。やがてその形は明瞭なままやがて霧のように霞んでいくが、空中には逆三角形にも見える「Y字型を示すサイン」のような形が一瞬だけ残像として残った。
クレルはその光景を目にした瞬間、胸の奥で不思議な温かさを感じた。同時に「母の記憶」と重なるような、遠い歌声が心に響く。そして、不死鳥のビジョンが消えた後も、鶴音だけは静かに耳に残っていた。
「沖津宮に参れ」
鳥居が不死鳥と重なることで、女神の魂の声が視覚的・聴覚的に現れたのだ。言葉を超えたことばと逆三角形はウィッシュボーン(未来)の予兆としての役割も担いながら、おぼろな不死鳥は西方の空へと消えていった。
クレルは「音」だけでなく「光」や「ビジョン」を通じて、三女神の第一、田心姫神を訪れよという啓示を受けることができたことにより、自身が「特別な存在」(One)であることを改めて自覚した。
この光景を目にした、かなえにもかつて自分が聞いた「鶴音」の記憶が鮮明によみがえる。彼女もクレルのようにその意味を自分なりに解釈し、自身の葛藤と向き合う決意を固める。超常的な体験を信じていなかった春来だが、この現象を目にしたことで、自分の家族が語り継いでいた「女神の声を聞いた変人」の存在を初めて真剣に受け止めるようになった。クレルたちの胸にはそれぞれの「不死鳥のビジョン」と意味が宿る。そしてクレルは「ウィッシュボーン」の次の手がかりが宗像市にあることを確信するのだった。
「あの光、音を起こすとは、大したものね。さすがに選ばれしものだけのことはあるわ」学者風の女性は度の浅い眼鏡越しにクレルに微笑みかける。「この現象は全宇宙の記録とも連動しているの。私は八代 真魚きっと、あなたとはまた会えるわ」ふふと笑う真魚の言葉に、クレルはじっとその目を見つめ返した。「もっともっと強かになっててね」その言葉は、クレルの心に深く深く刻まれた。
6次元に響く音や言葉というものがあれば、それはこういう意図を伝える。
・・・中々手強いものがあらわれたようだな
あのイベントでその芽は摘んだはずですが・・・
・・・大きな網では姿の小さい魚は逃すということか
・・・いずれにせよ2度目はない 阻止せよアブラクサス