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冒険の始まりは高知から

「クレルへ、きっとこれを読む頃、あなたは一人で途方に暮れていることでしょうね。父さんはやがて来るであろう災厄のことを予見していました」

母の声が思い出されて、クレルの胸は熱くなる。

「すべては樹良じゅらの背骨と正反対の性格のもの、私たちでは太刀打ちの出来ないほど強大なものによる異変なのです」

「父さんはあなたを守るため、危険をかえりみず家にとどまり、背骨をあなたに託すでしょう。その災厄の詳細は予測不能、それもただ事で済むとは思えぬ規模であるはずです」


 ぽたりとノートに涙が落ちる。「母ちゃん」


「樹良の背骨・バックボーンは、最も古き女神がこの地に遣わした水と安定の象徴と言われています。何か「反女神的なもの」が動き出したのです。私は伝承による第二の骨、炎の象徴、希望の「骨」・ウイッシュボーンを探すため、各地を旅するつもりです」


「ウイッシュボーン?」クレルはぽそりと言う。この世界にはまだまだ秘密が隠されているようだった。


「バックボーンは、親和する波であり、身につけることで、特別な共感を呼び起こし、ウイッシュボーンの所在さえも明らかにするはずです。クレル、だから諦めないで。いつか、きっとまた会えるはず・・・」


 その後のノートには、大災害の予兆や原因の考察が父の殴り書きの文字で書き記され、続いて母の文字で、女神や「反女神」についての伝承やその巡礼地に関する覚え書きが記されていた。また、特にクレルの興味を惹いたのは丸、三角、四角から成る22文字の「暗号」が繰り返されていることで、そのリズムはなぜか懐かしく、幼い頃に母から聞いた「子守歌」のそれに似ているように思われたのだった。


 大災害を無傷で生き延びたのはバックボーンの守護によるものだとクレルは確信した。それと同時に、彼女は自分が「資格ある者」として選ばれていることに気づく。父が遺した言葉の意味が少しずつ胸に迫り、彼女の心は次第に強くなった。そして「母はどこかに必ず生きている」という希望。だが、時に無邪気な表情が消え、父の死を思い出すかのように目の奥に一瞬だけ深い悲しみがよぎることもあった。

 この時点で、クレルはまだ自分の運命や大宇宙の記録「アカシァ・ドライブ」の存在を知らない。しかし、彼女の中で静かに育まれていく決意と使命感が、大いなる冒険心をイグナイトするのだった。

 ただ、あの大災害以降、クレルは突然の耳鳴りとともに四肢が硬直するという不調を抱えるようになる。それは彼女にとって弱点でありながらも、同時に音に対する特別な感受性をもたらした。この感受性が彼女の「音を聞き分ける能力」を進化させ、多言語を習得する力の基礎にもつながっていく。そうして彼女の成長の過程で、この能力はさらに研ぎ澄まされ、最終的には「女神の言語」を理解する鍵となっていくのだった。


 震災後、一人となったクレルは隣村の中学校の先輩、御厨みくりや 円音まろんに誘われ、彼女の家に居候することになる。円音の実家は高知市内で幸いにも大きな被害を免れたのだ。社会学者でシングルマザーの由布子とともに円音はクレルを本当の家族のように温かくもてなす。

「遠慮せんでええがやき」いつもポニーテールで剣道着姿、はきはきと喋る円音は中学校でも家でもクレルの憧れの人だった。

「ありがとう。こじゃんち迷惑かけるね」クレルに気の置けない笑顔が戻ったのは、ひとえに円音たちのお陰だといえるだろう。

昼間は勉学やアルバイトに励み、夜は円音と過ごしたり、父母のノートを読んでは、心の中で希望の骨探しの冒険に出かけるのだった。


「いつまでも世話になっちょる訳にはいかん」

円音まろんの大学進学が決まってから、クレルは16歳になると、行方不明の母親を探すための旅に出ることを決意する。ノートに記された伝説によると、富士山の麓に不死鳥の力を宿す「ウィッシュボーン」と呼ばれる骨が存在し、それを手にした者は大いなる真実を知ると言われているらしい。母ソフィーはそれを追ったのだろうか?「富士山かぁ、ちくと遠いなぁ」

しかし、幼い頃からの胸に宿る冒険者としての自覚がクレルの後を押した。

そのときノートの中に室戸岬の文字があったことを思い出す。

「まずは近所から、やね」


 旅立ちの日、朝4時。クレルは由布子たちの寝室に向かって、そっと別れの挨拶をした。置き手紙は食卓の上。あれから3年、家族を失った悲しみを打ち消してくれたのは、ひとえに由布子と円音の優しさと明るさだった。

「ほんま、ありがと。絶対帰ってくるき」少しだけクレルの瞳が潤んだ。

「泣かんちや、母さんに会えるまでは」クレルは、にっと微笑む。

 

 成長したクレルは、幼少期の無邪気さを残しつつも、旅立ちの決意を固めたことで、どこか引き締まった雰囲気を漂わせている。日差しに輝く肩にかかる髪は一つに束ねられ、瞳には冒険への期待と不安が入り混じった光が宿っている。アウトドアを好む彼女の出で立ちは、動きやすいオリーブのカーゴパンツとデニムのワークシャツ、そしていくつもポケットがある機能的なベージュのベストが大のお気に入りだった。そこには、アナログなメモ帳と地図と父母の古いノートと、大切な「樹良の背骨」・バックボーンが収められていた。そして胸元には母が残したペンダントが煌めいている。

 それはシンプルな円形でありがらも、不思議な「閉じた」幾何学模様が刻まれていた。「丸、三角、四角」ノートでも繰り返されるほどそれらは重要な意味をもっているのだろう。それらの記号は「過去・現在・未来」や「水・炎・そして第三の何か」の象徴とも解釈できそうだった。バックパックには携帯食料とサバイバルツールや、小さな手回し式のLEDランタン、雨具など、野外生活に欠かせぬアイテムを用意していた。

「学費に使うはずやったけんど」バイトをして稼いだ金銭は大したものではなかったけれど旅立ちの用意には充分だった。

「さて出発やねえ」

そのとき、クレルは冒険の、まさに第一歩をあゆみ始めた。



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