クレル・明方(あかた)の子供時代
高知の山間にある小さな村で、少女はのびのびとした幼少期を過ごしていた。村の暮らしは素朴そのもので、田畑での作業や友達との遊びが日々を彩っていた。ただ、彼女の家系はこの村で特別な存在で、樹良の背骨・バックボーンと呼ばれる神秘的な祭具を用いて村の吉凶を占う役割を代々担ってきたのだった。
クレル・明方は、まだ幼いがその顔立ちにはどこかしらの力強さが宿っていた。彼女の目は、濃い黒色で、静かに周囲を見守るような鋭さを持っていたが、時折、父恵介ケイスケの笑顔を映し込んで柔らかく輝くことがある。額にかかる長い髪は、父親譲りの波打つ黒髪で、日光に照らされるとほんのり赤茶けた色に見えた。彼女が動くたびに、その髪は風に揺れ、まるで大地に根を張る木の枝のように感じられた。
クレルの肌は、母親ソフィーのフランスの血を引く部分が色濃く現れ、やや明るい色合いをしていた。けれども、日焼けした頬や腕には、四国の陽光を浴びて育った証が残っていた。風に吹かれる時、その肌はほんのり金色に輝き、まるで自然の一部であるかのような美しさを持っていた。
彼女の姿勢は常にまっすぐで、どこか誇り高い印象を与える。父から教わった護身術の基本の姿勢が自然と身についており、その動きには躍動感があった。手足は長く、まだ成長の途中であるが、その骨格には未来を予感させる強さが感じられる。彼女が何かを決心するとき、その身体全体からは決して揺るがない意志が伝わってくるようだった。
歩き方にもその元気さが現れ、村の人々に元気を与えていた。ちょっとしたことに笑ったり、驚いたりすることが多く、その表情はとても愛らしい。活動的で健康的な身体を持ち、常にエネルギッシュな印象を与える。小中学校をとおして、すでにその体は自然の中で培われた筋肉としなやかさを兼ね備えており、無駄のない動きで駆け回ることができる。走る姿は風のようで、村の道を軽快に駆け抜けるその後ろ姿は、どこか誇らしげだ。
彼女は自然に親しんで育ち、山道を歩いたり、川で遊んだりすることが日常的だった。特に大きなポケットがついている、頑丈で動きやすい服を好んで着ており、どんなに忙しい日常でも必ずそのポケットに何かしらの道具や小さな発見を忍ばせている。薬草や小石、さらには小さな鳥の羽など、彼女が気に入ったものはどこへでも持ち歩くことを忘れない。特に山歩きの際、その大きなポケットは重宝していた。
彼女の理解力と共感力は、周囲の人々からも高く評価されており、特に村人との関わりではその才能が光る。心が通じ合うと感じる瞬間には、彼女の目が優しく細められ、相手の思いを理解し、温かく寄り添うような態度を見せる。彼女の姿勢や言葉は、人々を安心させ、困難な状況でも希望を見出す力を与える。
ある日の夕方、家の倉庫に保管されていた「背骨」にこっそり触れてみたクレルは、まるで「龍の鳴き声」を思わせる低く響く音を耳にした。そう、その声が確かに聞こえたのだと感じる。彼女の中に言葉では言い表せない感覚が生じた。ソフィーにその体験を話すと、彼女は穏やかな笑顔を浮かべながら「それは私たちの家族を守ってきたもの。決して軽々しく触れてはならないの」とだけ答えた。恵介もまた、「樹良の背骨はただの骨やないき。それは資格ある者に力をくれるがぞ」と語ったが、具体的な説明を避けた。
クレルはその日以来、背骨をただの儀式道具ではなく、自分たち家族と村を守る象徴として認識するようになった。村では明方家の役割が信仰の中心であったため、クレルも自然とその存在の重要性を意識していた。友達と遊ぶ合間に、彼女はしばしば村の子供たちに「樹良の背骨」の伝説を語った。彼女の話は時に誇張され、「ほんまに恐竜の骨なが?」と笑われることもあったが、クレル自身はその価値を疑わなかった。
一度だけ確かに「背骨」がクレルを救った出来事があった。年始めに幼い彼女が清水に「背骨」を捧げに行ったとき、なぜか通い慣れた道を離れ、山道で濃い霧の中に迷ったときに安全な道へ導かれたのだ。そのとき、彼女は背骨から微かに温かさを感じ、村へ戻ると父と母、祖父が驚きと安堵の表情で彼女を迎えた。「おんしゃあがこの家の未来じゃ」と祖父恵メグムが静かに呟いた言葉は、彼女の記憶に深く刻まれた。
クレルには幼なじみの中でも、カナエという特に仲の良い少女が居た。彼女は同い年で明るく快活な性格の持ち主で、クレルとは毎日のように一緒に遊び回っていたのだ。二人はまるで姉妹のように仲が良く、秘密の隠れ家を作ったり、小さな冒険に出かけたりすることが日常だった。カナエにとってクレルは困ったときにはいつも助けてくれる存在であり、その絆は非常に強いものであった、あの大災害の日までは。
それはクレルが13歳の時、突然起こった。真夜中、怪物の咆吼のような地鳴りと共に全ては揺らぎ、地滑りが村を飲み込んだ。気がつけば知らぬ間にクレルは「樹良の背骨」を握っていた。「おまんは母さんを探せ」倒れ来る大きな柱を受け止めた姿が逆光に浮かび上がったのが、恵介の最後の姿だった。「父ちゃん!」クレルは叫んでいた。思えば「背骨」を眠るクレルに託したのは父だったのだろう。「おまんが樹良を使うがぞ」そうはっきりと心の中で声を聞いた気がした。その途端、不可視の力が彼女を包み込み、周囲の瓦礫から守ったことは明白だった。地震が収まり目を開けると、周囲には父も母も祖父も誰ひとりいなかった。家も村も跡形もなく、クレルは孤独の中で泣き崩れた。「なんで私だけが生き残ったが?」疑問が心を締め付けたが、彼女の腕に抱かれた「樹良の背骨」は温もりを保ち続けていた。ふと足元を見るとクレルは一冊の古びたノートに懐かしい父母の筆跡を見つけていた。大事に取り上げると埃を払い、ゆっくりをページをめくる。「クレルへ」それは母の文字で始まっていた・・・。
◎樹良の背骨・バックボーンについて
原初の女神がこの地にもたらした骨の一つ
過去を象徴する。明方家の儀式の祭具で遠く大陸から来たと
伝えられているが、「実際の恐竜」のものかは分からない。
とても古びているが堅固で高密度な材質。
「龍」を示す古代文字のような印。「水の属性」
父母に託されたものとして所持できるアイテム。
中和を司るスタビライザーとなり、あらゆる変化から
「資格ある者」を守る。