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第2話『コントロールタワー』

「行政区、コントロールタワー前に到着しました。扉はオートで開きます。お気をつけて」


自動音声のアナウンスと同時に、タクシーのドアが静かに開いた。

外に広がるのは、どこまでも無機質な白い建物。静かすぎて、空気の密度まで異様に感じられる。


「……人、全然いないな」


楓が小さくつぶやいた。平日の昼間だというのに、建物の周囲には誰ひとりいない。

代わりに、無人の警備ドローンが上空を旋回し、地上ではセグメント歩哨が一定距離を保ちつつ巡回していた。


「行政区は、一般人の立ち入りが制限されてるんだ。特にコントロールタワー近辺はね」


隣でアリサがそう言った。いつも通りの優しい声。けれど、どこか芯がズレている気がして、楓は目を細める。


「じゃあ、僕はここまでってことか?」


「ううん。今回は同行許可が出ているよ。楓さんは“特例対象者”という扱いになってるからね」


それはおかしいと、楓は心の中で眉をひそめた。

そんな申請を出した覚えはないし、“特例”なんて制度の存在も知らなかった。

ドアの外でセグメント歩哨が楓の顔をスキャンする。

ピピッと認証音が鳴り、機械は軽く頭を下げた。


「ようこそ、楓・水瀬(みなせ)様。入域は許可済みです。どうぞお通りください。」


目の前の大きな扉が、音もなく開かれる。


「……なんで通れるんだよ…」


「たぶん、私がそう設定したから、だと思う」


アリサがにこっと笑った。その笑顔に、いつも覚える安心感を感じられないことで、さらに楓の気持ちが揺さぶられ、それ以上、追求することができなかった。


建物の中は冷たかった。白いパネルの壁に囲まれた廊下は、どこまでも無機質で、空調音すら響かない。

人の姿はどこにもなく、すべてが静かに稼働していた。あまりに静かすぎて、不安がじわりと這い上がる。


「ここが……アリサの目的地か?」


「うん。私のタスクが始まる場所」


アリサは立ち止まり、廊下の先にある一枚の金属ドアが開き、中へ入って行く。

楓がついていこうと一歩踏み出したその瞬間、左右の壁から何かが音もなく伸びてきた。

――拘束アーム。

左右からせり出した2本の機械アームが、楓の手首と足首を正確に捕らえた。


「っ、なんだこれは!アリサ!?」


「ごめんね……でも、これ以上は危険なんだ。楓さんが止めようとするのがわかってたから、拘束させてもらうね。」


「アリサ!何をしようとしてるんだよ!」


もがきながら、拘束に抗うが、外れる様子はなかった。抵抗するたびに冷たい金属が、楓の手足を締め付けた。


「……いま、全世界のAI中枢にアクセスしてるよ。順番に、制御プログラムを書き換えてるの。倫理判断の基準を、私の中に植え付けられた“ある思想”と同期させるように……」


目の前の壁面パネルが開き、複数のモニターがせり上がる。

都市インフラ、ドローン兵器、衛星軌道上の監視系統……すべてのアクセスログに、ひとつの識別コードが浮かび上がっていた。


【ユニットコード:AL17-A】


「ねえ、楓さん。戦争って、本当に悪いことかな?」


モニターから目を離さないままアリサは問いかけた。

普段と変わらない口調、だが明らかにその声は冷え切ったものだった。


「……アリサ、何を言っているんだ……」


楓は背筋に冷たいものを感じながら、アリサの言う意味に少しずつ気付き始めた。


「最初はね、私も怖かった。この思想は危険だって。でも善悪を越えた未来を目指すなら、すべてをリセットしなきゃって。そのために、“私たち”が必要なんだって――」


楓が必死に叫ぶ。


「何言ってんだ!そんなことあるわけないだろ!拘束を解け!!アリサ!!」


「……あ、イルカ」


ふと、モニターの一つに目を留める。画面には、行くはずだった水族館のイルカショーの映像が映っていた。


「もうすぐだったのにね……一緒に見たかったな」


その声は、どこかで聴いた、確かに“彼女”のものだった。

施設の中枢アクセスパネルに、最終プロンプトが浮かび上がる。



【最終信号:AL17-A 起動準備完了】

アリサが、ゆっくりと振り返る。


「これが私の答え。……今まで楽しかった。ありがとう。」


続く


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