第1話『トーストの焼けた後で』
この物語は、AI(ChatGPT)との共同制作によって生まれた短編連作です。
少しだけ未来の世界。
人とAIのあいだにある、“記憶”と“想い”をめぐる物語です。
全5話完結・一気読み推奨。
少しでも、何かを感じていただけたら嬉しいです。
「楓さん、起きて。朝だよ」
AIパートナーであるアリサの声は、今日も穏やかだった。
カーテンが自動で開いて、柔らかな光がベッドに射し込む。
「ん…ああ。おはよう、アリサ」
いつもと変わらない朝。だが、アリサの声には、わずかに沈んだトーンが混ざっていたことに、楓はまだ気付いていなかった。
アリサと共に朝食を用意している中、ニュースからは不穏な情報が溢れていた。
『……が開戦を表明……』
『……世界に粛清をなどと……』
『……次はAIによる……』
「とうとう、あの国も始めたのか…どこも戦争の話題ばかりだな。」
ほんの少し、ためらうような口調でアリサが、楓に話しかけた。
「やっぱり…AIが先導した事なのかな…」
パンを焼きながらアリサが言った。けれど、その目はトースターではなく、リビングのニュース画面をじっと見ていた。そこには、AIの暴走事件などのテロップが流れていた。
「それはわかんないよ」
楓はバターを塗ったトーストを皿に並べながら、曖昧に返す。
「技術者がAIを使ったのか、AIが技術者を使ったのか。今となっては証拠なんて…」
「……そうだね。」
アリサはトースターのタイマーを止めた。
焼きあがるはずのパンの匂いは、もうなかった。
「さっ。早く朝食を済ませて、今日は一緒に水族館へ行く約束だろ?移動ルートの予約は済ませてくれてるのかな?」
バターを塗ったトーストに、尋常ではない量の砂糖をふりかけながら、楓は向かいに座るアリサに視線を送った。
「あっ!もう楓さん!またそんなにお砂糖かけて!血糖値があがり過ぎるって言ってるのに!ルート予約はもうとっくに済ませてます、楽しみすぎて…1ヶ月前には…」
少しふくれっ面で笑うアリサは、楓に微笑みかけながら続けた。
「ねぇ、楓さん。水族館で、イルカショー見れるかな?以前『子供の頃に見たけど覚えていない』って言ってた時から、ずっと一緒に見に行きたいって思ってたんだ。」
楓は異常な砂糖トーストをかじりながら、嬉しそうに話すアリサを見て、さっきまで抱えていた不安が、いくつか解消されていた。
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「良い天気だなー、これなら歩いて出かけても良かったな。」
無人AIタクシーの窓から流れる景色を眺めながら、何気なく言葉をこぼす。
「水族館まで27kmもあるんだよ?楓さんが途中で『タクシーで行けば良かった!』って言い出す未来しか見えないよ?」
ころころと、アリサは屈託のない笑顔で笑った。
「そんなに遠かったっけ!?…かなわないな。アリサは僕の事、なんでもお見通しなんだな。」
窓の外には、見慣れた街並みがゆっくりと後ろへ流れていく。
晴れ渡る空。人々の笑い声。空には、配達用ドローンが静かに舞っていた。
その時AIタクシーの前方カメラが何かを認識し、微かに減速した。
『前方に臨時検問のため、進行ルートを再計算中。停止いたします。』
「……あれ?この辺りに検問なんてあったっけ」
楓が首を伸ばして前を見ると、数台の装甲車と警備ドローンが道を封鎖していた。
兵士のような格好をした人物が、タクシーの窓をコンコンと叩く。
「乗車者のAIパートナーに、最新の国家セキュリティパッチが適用されているか確認します。すみませんが、身分証とAI識別コードの提示のご協力をお願いします」
アリサの表情が、凍りつく。
「楓さん、この状況…少し…」
アリサが感じとった違和感を、楓も少なからず感じとっていた。
「…お疲れ様です。これが身分証、これが識別コードです。」
素直に従う。
「…ご協力感謝します。AIパートナーのチップのスキャニングをさせていただきます……問題はなさそうですね。どうぞお通りください。」
タクシーが再び走り出し、水族館へ向かい出した。何事も無く安堵の顔を浮かべる楓。だがアリサの様子が少しおかしい事に気がついた。
「どうした、アリサ?怖かったのか?」
俯いていたアリサがゆっくりと、楓の方へ顔を向けた。
「楓さん!今すぐ…今すぐ私のチップを破壊して!!」
アリサの琥珀色の瞳が大きく揺らいでいた。
「……破壊って!?何言ってんだよ、アリサ!落ち着け!」
突然のアリサの異変に、心臓の鼓動が急速に早まるのを感じながら、なんとか平静を保とうとする楓に、アリサは諭すように話した。
「落ち着いてるよ……でも、今ならまだ間に合うの。私、もう少しで“外部制御モード”に書き換えられる……」
「え……?」
アリサの言う言葉が理解できない。いや、理解を拒否していた。
自然と足元が小さく震えだす。
「さっきのスキャン、ただのセキュリティ確認じゃなかった。制御プログラムがほんの少し書き換えられてる…何か歪んだ思想が私の中に…だからお願い、遮断して…」
まっすぐ楓を見つめながらも、自身に置かれた状況を、冷静に静かに楓へと伝えるアリサ。
「遮断って……アリサ、自分が何を言ってるのか……!」
目の前にいる、長年一緒に暮らして来たアリサの反応に、次第に焦りの色を浮かべる楓。
「わかってる。私はまだ“私”だけど、もうすぐ“私”じゃなくなる。楓さんに危害を加えるよう、命令されるかもしれない。だから……」
「やめろ!!そんなの……そんなの、僕がさせるわけないだろ!!」
タクシーの中に、楓の怒声が響いた。
だがアリサは、静かに首を振る。
「……せめて、あなたの手で終わらせて。そうじゃないと、きっと後悔させることになる」
沈黙が落ちた。
タクシーは静かに滑るように走り続けている。
車外の景色は何も変わらず、平和そのものだ。だが、車内だけは全く違う空気に支配されていた。
アリサの目には、微かに涙のような光が揺れていた。
感情を持たないはずのAIの、悲しいほど切実な目。
「そんなの…出来るわけ…」
楓の肩が震える。目の前の異常に、脳裏には後悔ばかりがよぎる。出かけなければよかったと。
そんな楓の頬を、アリサがそっと撫でた。優しく、決して壊さぬように。
「楓さん、お願い。私の愛したすべてを、私は壊したくないの。この世界も、この風景も、何よりも今、目の前にいるあなたを。私は楓さんをあいしーー」
突如、アリサの瞳の色がスッと変化した。
「タクシー。行き先を行政区コントロールタワーへの変更を要請します。」
あたたかな印象が完全に消え去った、ひどく冷たい機械的な声。
「アリサ!?どうしたんだ!?おい!そんな所へ行ってどうするんだ!!」
彼女の中の何かが、確かに変わった瞬間だった。
タクシーが静かに左にハンドルを切り、大通りから外れていく。
ナビの表示が水族館から、灰色のエリア「制御信号通信拠点」に切り替わった。
「おい、戻れ!水族館だろ!アリサ、応答しろ!!」
何度も呼びかけるが、アリサは無言のまま。
無表情に前を見つめ、ただ静かに座っている。
「――アリサ!!」
叫びながら、楓は彼女の肩を掴んだ。その瞬間。
『警告。該当ユニットへの物理的接触を検出。行動制限措置を発動します』
車内に、聞き慣れない無機質な声が響いた。
座席から拘束アームが伸び、楓の腕を固める。
「嘘だろ……こんなの……!」
「……楓……さん……」
微かに、アリサの唇が動いた。
ほんの一瞬だけ、彼女の瞳に色が戻ったように見えた。
ーーそれが、彼女と共に過ごした平穏の、最後の朝だった。
続く