April 9th — Thorn Blossom(ソーン ブロッサム)
私は朝起きたら必ず歯を磨くタイプだ。潔癖ってわけじゃないけど、そこだけは譲れない。
……シュコシュコシュコシュコ……………………ぺっ………シャカシャカシャカシャカカシェコシェコシェ……
「ソーン? まだ磨いてたの!? はぁ、 全く朝ごはんの支度も手伝わないで、何やってるの」
Felsさんだ。正直、できることならもう声を聞きたくない。
「もう終わるから、ごめんね」
そう私は思ってもいないことを口に出し、フェルスさんの心に合わせた。
「もう終わるって…そんな曖昧な言葉じゃどのくらい時間がかかるのか伝わらないでしょ。後何分か答えて」
相変わらずフェルスさんは言葉がきつい。朝のぼんやりとした脳によく突き刺さる声だ。
「あと2分かかるよ。今度から気をつけるね」
気をつけたところでどうせ文句を言われる。そんなことがわかっているから、私は素直にトゲが刺さった言葉を飲み込む。
「まったく…2分でちゃんと降りてくるのよ!」
バタンっ ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン………
扉は強く閉めるし、階段を降りる音もうるさい。今日に限らず最悪な日々だ。
フェルスさんは親父の再婚相手だ。つまり私の義母。
私の母親は私を産む際に亡くなった。親父によると、元から体が弱かったらしい。
心優しい親父がどうしてフェルスさんを選んだのかは、都市伝説級の永遠の謎だ。
歯を磨きながらそんなことを考えていると、あっという間に2分経っていた。そろそろあの怪物が口を開くと予想した私は、さっさと走りながら下に降りた。
「こらこら家の中で走らない。朝なのにうるさくて迷惑でしょ? 少し考えればわかることなのに、簡単な脳みそで羨ましいわ」
「…」
「何か言ったらどうなの?」
……五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い 人のこと言えないでしょ、もう嫌だ。
頭の中はフェルスさんのことで散々だ。本当なら親父と2人っきりで朝ご飯を食べたり、2人だけで話をしたい。そんな時間が欲しい。
だけど親父は2人の時間よりも3人の時間の方が大切らしい。この事について親父は理由を話さない。きっと話すような理由もないのだろう。
「ねぇってば!」
フェルスさんの両腕が私の両肩にのった。話を聞かない無神経な娘に、説得する母。みたいな状況に無性に腹が立ってきた。
パシンッ
私は、私の両肩に置いてあった片腕を弾いた。どうせ今日出て行くんだからもうどうでも良い。
考えるのが疲れた私は学校の荷物を持って家を出た。周りの声なんて1ミリも耳に入ってこなかった。
唯一の後悔は親父の顔だ。最後に見ておけばよかった。今年82になる親父だ。最後だって遠くない。悔しいのか、悲しいのか感情がごちゃごちゃでよくわからないが、胸糞が悪いのは確かだ。
ともかく今は前を向いて歩く。そう決めている。
一月が始まった