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Shangri-La  作者: 鳥居なごむ
第二章
7/20

007

 近未来を連想させる角の取れた建物が夕陽を背景に聳えていた。総工費五百億エンとも謳われている地上三十階建てのバルザック本社である。頂上まで見上げると首が痛くなりそうだから途中で止めておく。俺は肩を並べて歩く着物姿の少女に疑問符を投げかける。

「その赤縁眼鏡はなんの真似だ?」

「この都市では眼鏡をかけていると知的に見られる傾向が高いらしい。秘書を想定してみたんだよ。第一印象は軽視できない重要性を持っているからね」

「その心意気はいい。しかし知的な秘書を演出したいなら眼鏡をかけるより着物を女性用背広とタイトスカートに変更すべきじゃなかったのか? 赤い着物姿に赤縁眼鏡をかけた秘書を俺は今のところ一度も見たことがない。それ以前に俺は秘書という存在を最終的に登場人物の大半が全裸になってしまう卑猥映像でしか見たことがないんだよな」

「キミは残念な人だからね」

「残念なキリアにそう言われると非常に残念だ」

 益体のない会話を続けながら俺たちはバルザック社へ足を踏み入れた。

 外と異なり内部は絶妙な空調で快適さが保たれている。周囲を確認しながら絨毯の敷かれたエントランスを進む。色彩のためか広間の傍らには観葉植物まで設置されていた。剰え受付には若くて美人のお姉さんが四人も常駐している。

「ここまで儲かっているということは確実に犯罪に手を染めているだろうな」

「キミには地道に頑張ってきたからという発想はないの?」

 着物姿に赤縁眼鏡の少女が軽蔑の視線を向けてくる。

「真面目とか地道に頑張って成功したなんて美談は架空の出来事だよ。現実は笑いながら味方の背中を撃てる奴だけが成り上がるのさ」

「それが成功の秘訣なら、どうして京介は成功していないのさ?」

「好敵手の無防備な背中に向けて拳銃の引き金を絞ることより、愛する人を後ろから抱き締めるために両手を使ってきたからだよ。優先順位の問題だね」

「うわ、気持ち悪いね」

「ほぼ変態のキリアには言われたくない」

「そういうキミは真性の変態だけどね」

 無益な会話を重ねながら受付に到着。綺麗なお姉さんに訪れた事情を説明する。すでに話が通っているらしく、丁重な扱いで「少々お待ちください」と告げられた。

 しばしの待ち時間が生まれる。

 そこへ正面入り口を抜けて大人数の来客が姿を現した。すでに手続きを済ませているのか、団体は歩調を乱さず自動昇降機の方へ向かっていく。素人目には何気なく歩いているように見えるが、襲撃に対して最も素早く反応できる隊列が組まれている。

「すごい集団だね」

「あれがハンコック事務所の連中だ」

 言われるが早いかキリアは真剣な面持ちで集団を吟味し始めた。

「最後尾を歩く長身の男」

 指差された方向には見覚えのある青年がいた。金色の長髪。眉目秀麗な造形美は下手な俳優では遠く及ばない。天は二物を与えないらしいが三物や四物なら平気で与えるようだ。

「なあ、キリア。今日はもう帰らないか?」

 俺はキリアに意見を求める。着物姿の少女はにんまりと笑みを浮かべて即答した。

「キミが不愉快な気分になるのならボクは断固として残るべきだと主張するね」

「その優しさを微塵も感じさせない笑顔は嫌いじゃなけどさ。どうも俺の直感があいつと関わるなと告げてくるんだよ」

「知り合いなの?」

 言いながらキリアは金髪の青年へ視線を戻した。とりあえず忠告しておくべきだろう。

「あいつのことだけは好きになるなよ。見た目はいいかもしれないが軽薄で軽率で浅はかで頭が悪く手癖も悪い。つまり男の敵であり女の天敵だ」

「そういう感情はボクにはないよ。ただキミより凄腕そうな印象を受けたからね」

「確かに純粋な戦闘能力ならルザフが上だろうな。でもまあ総合力ではこちらに分があるよ。なんだかんだ言っても俺は万能型だからな」

「万能じゃなくて節操がないだけだよ」

「そんな言い方はないだろ?」

「じゃあ、節操のない変態」

「より酷くなった!」

 話をしている間にも第二第三の集団が隊列を組んで行進していく。その中に銀髪を二つ括りにした少女と黒髪の青年を確認する。どうやら只事ではないらしい。

「あの、それではこちらをお持ちください」

 受付のお姉さんは萎縮しながら金属製の札を二枚差し出してきた。俺が受け取ると受付嬢は足早に持ち場へ戻っていく。手渡されたのは入場許可証らしきものだった。

「とりあえず会議室へ移動するか?」

「その前に休憩所で烏龍茶を購入したい」

 その一言で行き先が決定する。会議前にキリアの機嫌を損ねたくはないからな。

 しかし休憩所に向かう道中、会いたくない連中に発見されてしまう。

「お久しぶりですね」

 声の主は二つ括りの銀髪少女――ミシェル・アラモードだった。身嗜みや立ち振る舞いは優雅なのだが、小柄な体躯と童顔が邪魔をして優秀そうには見えない。まるで子供が背伸びして大人を演じているような印象を受けるからだ。無言で立ち尽くす俺に着物姿の少女が疑問符を投げかけてくる。

「知り合いなの?」

「以前に一度だけ仕事で組んだことがある」

「ハンコック事務所のミシェル・アラモードです。そちらの方は?」

 簡潔に自己紹介を済ませるとミシェルは極自然にキリアの紹介を促してきた。柔らかな笑みを湛えているが相手を見定めるような鋭い観察眼を向けている。実年齢より幼く見える容姿に騙されてはいけない。この銀髪少女を軽んじて酷い目に遭った連中を俺は嫌というほど知っているからだ。なにを隠そうミシェルはハンコック事務所が誇る優秀な知略家なのである。

「仕事仲間のキリアだ。家名はない」

「よろしく、キリアさん」

 そう言ってミシェルは握手を求める。素直に応じながらキリアは質問を投げかけた。

「一番隊の最後尾にいた長身の男がキミの事務所の頂点か?」

「……えーっと?」

 意味がわからないのか二つ括りの銀髪少女は俺に視線を移してくる。

「ハンコック事務所で一番強いのはルザフ・ジェラードなのかって質問だよ。キリアは組織内の地位とか名誉に興味がないからな」

「申し訳ないですが職務規定に違反するので教えられませんね」

 なにが面白いのかミシェルはくすくすと笑っている。頭の左右で括られた髪が小さく揺れて、

それが幼い雰囲気をさらに強調していた。戦略的な要素で意図してやっているのかもしれないが真意は不明である。

 ふんと鼻先で笑って着物姿の少女はミシェルの横を通り抜けていく。

「ちょっと待ってください。情報交換でもしませんか? 食事代はハンコック事務所で持ちますから一緒にどうです?」

 キリアが踵を返して俺を見やる。すでに回答は決まっていた。

 自動昇降機で十五階へ移動。

 目の前に庭園を連想させる風景が広がった。吹き抜けの敷地が花や緑で彩られている。おまけに中央の広場には噴水まで設置されていた。その周辺に等間隔で並べられた複数の長椅子はすでに先客によって占拠されている。しかしなんというか社内に噴水とは本物の悪党だな。

 数少ない空席にキリアとミシェルが腰を下ろした。それぞれ飲み物や軽食が乗せられた盆を横に置く。俺は警戒を怠らないために立ちながら食事を摂取する。決して風向きが悪くなったときに備えて逃走経路を確保しているわけではない。

「それじゃあ、ミシェルの恋愛事情でも聞かせてもらおうか?」

「そんなことより港倉庫で戦った化物について教えてください」

 形式的に茶化したつもりなのだが、銀髪の少女は剣呑な物言いをしてくる。こうなると必然的に空気が硬化し、まるで戦場にいるかのような緊迫感が漂い始めた。

「DDDウイルスを投与された人間の成れの果てさ。ちなみに私的な見解だが奴にハンコック事務所の連中をどうこうできる戦闘能力はなかったと考えている」

 沈痛な面持ちでミシェルは語り始める。

「こういう仕事をしていれば、いつ誰が死んでもおかしくはありません。ですが今回の事件は不可解な点が多過ぎます。なぜあの時間にハンコック事務所の危険請負人を上回る戦力が港倉庫にいたのか、なぜ交戦になったのか、なぜ生物兵器の欠陥品だけが残されたのか見当も付きません」

「前者二つなら解明している」

 頭に浮かんだ言葉を俺はそのまま口にしてした。

「昨日、港倉庫で宝生麻耶の護送が行われていたからだ」

 はっきりとミシェルの表情が歪む。やはり依頼を受ける際にバルザック社から真実を聞かされていなかったらしい。

「冗談なら笑えませんよ?」

「その件で俺たちは今日ここへ呼ばれている」

 俺は嘆息を漏らしながら銀髪の少女へ視線を送る。一拍置いてミシェルは持論を展開した。

「それなら三つ目の疑問にも推測が立ちます。テロ組織は首領の奪還に成功したわけですからね。政府や危険請負人に対する悪質な宣戦布告かもしれません」

「京介」

 不意にこれまで無言を貫いていたキリアが沈黙を破る。不敵な笑みを湛えた表情からは嫌な予感しかしない。

「面白い事になりそうだね」

「面白い事じゃなくて厄介な事になりそうなんだよ」

 俺は突っ込みを終えてから大仰に肩をすくめた。銀髪の少女は素知らぬ顔で補足説明を行う。

「一番の問題はDDDウイルスの存在ですね。もし新たに作り出せる技術が確立されていたとしたら――」

「戦争になるだろうな」

 別方向から発せられた声に三者三様の反応で視線を移す。そこには赤髪を肩まで伸ばした女性が立っていた。露出癖でもあるのか二の腕や太股を見せびらかせるような服装をしている。とにかく関わり合いたくない人物の一人だった。

「所長っ! 会議には出席しないと仰ってませんでしたか?」

 弾かれたようにミシェルは声の主へ問いかけた。そう――この赤髪の美女こそハンコック事務所の現所長ルルイエ・ハンコックその人なのである。とある事件でDDDウイルスに感染したにも関わらず生き残り異端の能力を得た数少ない甲種の一人でもあった。

「会議には出ない。あとで要点だけ教えてくれればいい。二時間や三時間かけて話をこねくり回すだけで、どうせ中身は五分程度で語り尽くせるものだろう?」

「あはは……それ言っちゃいますか?」

 苦笑いを浮かべながらもミシェルは疑問の追及を怠らない。

「それならどうしてこちらに?」

「責任の所在を明らかにするためだよ。いや、どちらかと言うと曖昧にしたいのかもしれないな。任務失敗に対する形だけの責任追及に対して、こちらも形だけの自己弁護をしなければならない。有名になり過ぎるというのも困り者だな。失われた命を悼む時間さえ先送りにして、愚かしい行為を優先しなければならない」

「お察しします」

「それよりも随分と変わった組み合わせだな」

 ルルイエは俺とキリアを興味深そうに観察する。

「これも経費削減の一環なんですよ」と軽口を返しておく。

「相変わらずだな。積もる話でもしたいが今日は時間がない」

 それじゃあまたなと小声で漏らし、赤髪の美女は奥にある階段へ向かって歩き出した。しばらく背中を見送っていると、キリアの口から当然の感想が紡がれる。

「赤髪とは珍しいね」

「DDDウイルス感染が原因らしい」

 その一言で理解を示してくれる。着物姿の少女は橙色に近い髪をそっと撫でた。

 やがて会議の時間が迫ってきたということで移動を開始する。入場許可証に記載されている会議場は二十五階だった。近場の自動昇降機を探して三人で乗り込む。ミシェルが携帯端末で業務連絡的な話をしているので、俺もキリアに向けてそれらしい内容を述べてみた。

「キリア、もし集団行動を取らなければならない状況になったらどうする?」

「別に構わないよ。今回の依頼は面白そうだからね」

 あっさりと即答される。

「本当に可愛くない奴だな。群れるのは嫌いじゃなかったのか?」

「群れるのが嫌いなわけじゃないよ。キミと戯れるのが嫌いなんだ」

 俺の存在を全否定された。

「全裸で土下座したら俺のことを好きになってくれるか?」

「まず服を着なさいよ!」

「いや、それだと俺の中の申し訳ないという気持ちが治まらない」

「申し訳ないと思っているならまずは服を着なさいよ!」

 とりあえずキリアの丁寧語突っ込みを右から左へ受け流しておく。二十五階で止まった自動昇降機を降りると、黒髪を結い上げた秘書風の女性に一礼された。頭を上げて俺の顔を確認すると穏やかに微笑む。

「秘書の如月と申します。どうぞこちらへ」

 短い廊下を抜けて広い部屋へ案内された。理路整然とした空間に豪奢な装飾品と最新鋭の設備。擂鉢状の造りが会議室というより議場や講義室を連想させる。すでに席は半分ほど埋まっていて、先に到着した危険請負人たちが雑談をしていた。バルザック社の幹部らしき人物は見当たらない。しかし前方の壇上に経済紙で見かけたことのある中年男の姿があった。記憶に間違いがなければバルザック社の社長――バートラム・ダンロップである。

「どこでも構いません。まずは着席してください」

 如月は仕事用の笑顔で着席を促した。俺は手近な席へ着こうと歩を進める。

「失礼。お二人は別室になります」

 やんわりと美人秘書に進路を制された。促されるままに俺とキリアは別室へ向かう。案内されたのは待合室のような簡素な部屋だった。長机と固定された椅子に灰皿も設置されているので喫煙室なのかもしれない。

 こちらが着席すると如月は対面の席に腰を下ろした。

「バルザック社の研究員が分析した結果、化物の体内からDDDウイルスが検出されました。現在は投与された時期について調査しているところです。生物兵器の痕跡であるDDDウイルスが現存するのか過去の遺物なのかは非常に重要ですからね」

 単刀直入な切り出しだった。警察すら動かせる連中なので今さら生物兵器の遺体を回収していたことに疑問は抱かない。こういうときは皮肉の一つでも返しておくべきなのだろう。

「バルザック社は裏社会でもやっていけそうですね」

「会社は利益を上げるために存在していますからね。あらゆる分野で頂点に立てる可能性を秘めたララフェルの研究資料を欲するのは当然のことでしょう? 当社としても入手のためなら多少の荒事は覚悟しています」

「それが宝生麻耶を尋問しようとした理由か?」

「ええ。もちろん我々はテロ組織ではありませんから、生物兵器なんて物騒なものを造ろうとは考えてもいませんけどね」

「しかしそれどころではなくなったと?」

 如月は神妙な顔で首肯した。情報を聞き出してから政府へ引き渡すつもりだったのだろうが、バルザック社の管理下で宝生麻耶に逃亡されたとなれば沽券に関わる大問題である。本当に悪夢と呼んでも差し支えない厄介な事件に巻き込まれてしまった。

「条件を聞きましょう」

「依頼したい任務は宝生麻耶とララフェルの関係性調査、護衛団に裏切り者がいないかの調査、及びそれらに付随する行為として戦闘にも参加頂きます」

 美人秘書の妖艶な唇が言葉を紡ぐ。俺とキリアは無言のまま耳を傾けた。

「依頼料は準備金として五百万エン。ほかに成功報酬として一千万エンを用意する準備が出来ています。もちろん必要経費は別途請求して頂いて結構です」

 冗談のような高額報酬。

 宝生麻耶率いるテロ組織。

 DDDウイルスと生物兵器。

 世界最高峰の頭脳集団ララフェル。

 厄介事を持ち込む天才である結衣。

 最悪の条件が入り乱れている。俺は自虐的な笑みを浮かべながら肩をすくめた。

「その依頼、正式に受けましょう」

「それではこちらが契約書になります」

 机の上に契約書と万年筆が並べられた。用意周到な美人秘書である。おそらくは地獄へ向かう螺旋階段――その入り口に立つために俺は契約書に名前を書き込む。

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