003
港の倉庫に着いたのは仕事の依頼を受けてから二十分後だった。外灯の光が届かない暗がりにミニワゴンを停車させる。
「ふむふむ。こんなところで行われる犯罪ってさ、強請りとか武器や麻薬の密売が相場だろうね。あるいは強請られている側が相手を呼び出して殺してしまうくらいかな?」
先に車を降りたキリアが周囲を見回しながら見解を述べた。さらりと怖いことを言ってくれる。なにかあったときの逃走手段が車一台というのはなんとも心許ないが、これ以上時間を費やすわけにもいかないので俺も車を降りた。
ざっと地形を観察する。
長方形の倉庫が等間隔で並べられて、所々で外灯の弱い光が周辺を照らしていた。どういった業種の会社が利用しているのかわからないが、港から運び込んだ荷物を一時的に保管するには大き過ぎるだろう。
「概ねキリアの意見に同感だ。強盗やテロ行為には不向き過ぎる」
「それで仕事の内容は?」
「さあな。港倉庫へ急行しろとしか指示されていない」
「いい加減だね」
こちらを振り向きもしない。本当に困った着物少女である。
「この世界では多くを知りたがる奴ほど早死にするからな。現場へ急行する、状況を報告する、報酬をもらう。これだけわかっていれば充分なんだよ」
「ふーん」
気のない返事をしてキリアは歩き出した。それを皮切りに俺たちは探索を開始する。暗がりの中を慎重に調査していく。多くは企業向けの貸し倉庫なのだろうが、もう何年も使われていない雰囲気を醸し出していた。視界の利かない暗がりで無駄に敷地の広い倉庫街を調べるのは骨が折れる。二百万エンという破格の報酬だけが原動力だ。
周囲を警戒しながらの捜索は思いのほか時間を要する。どれくらい経ったのだろう。
「手遅れという可能性も考えられるね」
珍しいことに先を歩くキリアの口から常識が零れ落ちた。もっともその状況を自らが作り出した可能性に言及するつもりはないらしい。だから俺が付け加えておく。
「着物姿の誰かさんがシャワーを浴びてた所為じゃないのか?」
「ボクの所為じゃないよ。京介がボクに触れなければシャワーを浴びる必要はなかったんだからね。つまり手遅れだとしたら原因はキミだよ」
子供のような議論の展開に俺は辟易する。
「ともかく誰かさんがキリアであるということは自覚しているんだな」
キリアの手が菊一文字の柄に添えられた。
「ボクはキミが嫌いだ。ゆえに殺害しても許される」
「ええーっ!? なんと言うか『ゆえに』って付ければなんでも証明できると思ったら大間違いなんだぞ! そんな理由で殺されて堪るか!」
喚き散らす俺に対してキリアは冷静な態度で人差し指を唇に当てた。その様はどこか艶っぽくて可愛らしい。目の保養と伴って脳内の怒り成分が鎮火していく。しかしその後に発せられた一言が厳しい。
「騒いじゃ駄目だよ。もし事件が現在進行中なら致命的な失態になるからね」
ぐうの音も出ない。だから俺は小声で反抗しておく。
「まったくその通りなんだが死ぬほど悔しいのはどうしてだろうな?」
「解決方法を教えてあげるよ。キミの持っている回転式拳銃をこめかみに当てて引き金に力を加える。それだけですべての出来事が良い方向へ進む気がするけどね」
「懇切丁寧に自殺の仕方を教えてくれてありがとう。その意見は丁重に却下させてもらうことにするよ。ついでに未来永劫採用しない拒否権を行使しておく」
「仕方ないなあ。ボクが強制執行してあげよう」
満面の笑みを浮かべながら距離を詰めてくる着物姿の少女。
「いやいや、その時点で自殺じゃなくて他殺だから! それ以前にそういう優しさはいらないから! とりあえず優しさの正しい使用方法を学んでくれ!」
「だから騒いじゃ駄目だよ」
「…………」
この怒りの矛先はどこへ向ければいいんだろうね。
泣きたい気分を抑えつつ俺はキリアに忠告しておく。
「キリアの冗談は本気との境がわからないから怖いんだ。もっと自覚してくれよ」
「ボクだってキミの発言が冗談か本気かわからないよ」
そう告げる少女の表情がなんだかとても寂しそうに見えたのは、どこか退廃的で冷たい雰囲気の漂っている倉庫街と暗がりの所為だろう。気を持ち直して取るべき行動を思考する。浮かんできたのは模範的解答だった。
「とにかく探索を続けよう。襲いかかってくる奴がいたら気晴らしになるからな」
「キミは物騒だね」
「キリアにだけは言われたくない台詞だよ」
戯言を飛ばしながらも俺たちは調査の足を緩めない。いつの間にか早足から小走りになっていた。捜索は順調に進んでいく。綺麗に等間隔で並べられた倉庫も残り二列である。俺は背中を倉庫へ預けて進行方向に敵がいないか確認する。後方を守るキリアに安全だと合図を送り角を曲がろうとしたところで足を止めた。悪寒が走る。経験によって培われた感覚が危険を訴えているのだ。ゆっくりと額を流れる一筋の冷や汗を拭う。いつにもない緊張感が俺の全身を支配していた。
「キリア」
「ん?」
「この先になにかある。様子を見てもらっていいか?」
俺の問いかけに着物姿の少女は呆れた顔を見せる。その気持ちはわからなくもない。
「女の子に先陣を切らせる男がいるとは思ってもみなかったよ」
「ふざけているわけじゃないんだ。俺の直感が大好きな彼女に秘蔵の成人用記録映像を発見されたとき程度には緊張感を持てと言ってやがる」
「……ふざけてるよね?」
キリアは眉根を寄せる。かなり険しい表情をしていた。
「一歩間違えたら破滅へと転げ落ちる男女の駆け引きの怖さを知らないのか?」
「あのさ、先に行ってあげるから今すぐ黙りなさいよ」
討論するのも面倒臭くなったのか、キリアは右手をひらひらとさせて先へ進む。左手が菊一文字の柄へと伸びている。少女は身を隠したりせずに堂々と道の真ん中を歩き出した。外周に比べて倉庫間の道幅は狭い。一定の距離を保ちながら俺はキリアを追跡する。逃走経路の確保や的確な援護は後方担当の責務だ。
なにもしていないのに疲労感が増していく。極度の緊張は酷く体力を奪うので苦手だ。
不意にキリアは菊一文字を抜刀。
甲高い金属音――刃に軌道を変えられた弾丸が倉庫に突き刺さる。
着物姿の少女は悪鬼の如き笑みを浮かべた。
「そ、そんな馬鹿なっ!?」
暗がりから驚愕の声。あり得ないという疑念が多分に含有されている。
視界の端に捉えたのは要人警護を専門にしている会社の制服だった。確信は持てないが武装した危険請負人だろう。そうなるとこちらも慎重にならざるを得ない。
「不可能なんて簡単に使うべき言葉じゃないよ。できないことを証明するのはとても大変なんだ。ありとあらゆる可能性をすべて試して、それでも尚不可能を証明することはできない。それに比べれば――できる可能性を見つけるほうが遥かに簡単だからね」
刀の背を肩に乗せてキリアは悠然と語る。
「糞っ垂れ!」
死ね死ねと連呼しながら半狂乱気味の男は連続発砲。拳銃に全自動射撃機能を搭載した特殊な得物で、発射速度に起因する反動の強さや集弾性の低さ、装弾数の少なさといった欠点があるため使い勝手が悪い。しかし小型かつ短時間に強力な弾幕を張れる特徴から、要人警護など限定された場面では真価を発揮できる代物だ。
刹那――ゆらりとキリアの身体が揺れる。銃声と同じ回数の金属音。刀で軌道を変えられた弾丸が倉庫や地面に減り込む。刀で全自動射撃の銃弾を切り捨てる少女。この規格外の性能が相手に得体の知れない畏怖を抱かせる。確かにそれは人間の能力を遥かに超越していた。
「ば、ば、化物めっ!」
次の瞬間、武装した危険請負人は暗闇へ向けて逃げ出していた。俺は逃走者の二メートル先の地面を威嚇射撃して足止めを試みる。あとは拘束して「相手の確認もせずにいきなり発砲してはいけないよ」と説教をするだけだった。
しかし逃亡者は追跡者たるキリアに再び発砲。血相を変えて逃げていく。少女は着物を翻して弾丸を回避。すぐさま体勢を立て直して追跡を再開しようとする。
「追うな! なにかおかしい!」
その言葉でキリアの足が止まる。俺が追い着くと少女は端的に感想を述べた。
「圧倒的戦力差を見せ付けられたら普通の人は戦意喪失するよね?」
「そうだろうな」
「キミの威嚇射撃に対して相手はボクを殺すつもりで撃ってきたよね?」
「ああ、間違いない。あれは狂気の沙汰――すでにこの港倉庫街でなにかが起こっていると考えるべきだろうな」
刀を鞘に収めて着物姿の少女は薄く微笑む。
「もしキミが死んだらボクは少しだけ哀しい」
「俺の死を前提に愛情表現するなよ」
「少しだけ哀しいけど、たぶん、とても嬉しいから大丈夫」
「俺は全然大丈夫じゃないけどな。涙が枯れるまで泣いてくれ」
軽口を叩けるうちは大丈夫だろう。とはいえ依然として問題は解決していない。
再び索敵を開始。
しばらくすると先行していたキリアが『突撃』の合図を送ってきた。それから少女は地面を蹴って疾走する。俺は全力で追いかけながら前を走るキリアの死角を消していく。援護の役割だ。しかし援護の援護は誰がするんだろうね。あと援護の援護の援護とか――いや、この状況でつまらない思考はするべきじゃないな。
不意に前を行く着物姿の少女が足を止めた。すぐさま『静止』の合図を送ってくる。俺はつまらない思考を停止しながら合図に従い静止。背中を倉庫へ預けて比較的闇の濃い場所へ身を潜める。
「ボクと違ってわかりやすい化物だね」
キリアの前方――暗がりに映し出されたシルエットは確かに異様な形をしていた。特徴的なのは両腕に位置する部位が異常に膨らんでいることだろう。いや、そもそも全体的に人として大き過ぎた。距離が詰まる度に少しずつその容貌がはっきりとしてくる。
姿を現したのは言語を絶する化物だった。深い皺が刻まれた鬼のような形相。身の丈は三メートルに近い。全身のあちこちに痛々しい縫合の痕が残っている。特筆すべきは両腕が歪に発達していて、その他の部位がまるで付属物のような扱いであることだろう。
なにかを破壊するためだけに造られた化物――いや、正確には実験の失敗によって生み出された生物兵器の欠陥品だ。DDDウイルス感染により人としての知能と容姿を失った存在――しかも異形化に伴い肉体強化されているので丙種よりも性質が悪い乙種である。
化物は引き摺るように持ち運んでいた物体を投げ捨てる。
確認すると叩き潰された人間の死体だった。装備からして先程の危険請負人だろう。やりきれない感情が胸に込み上げてくる。あのとき処理を間違っていなければ助けられたかもしれない。しかし悔やんでいる場合ではない。今は俺たちが生き残る術を思考すべきだ。
「グォオオオオッ!」
化物はキリアの姿を捉えると咆哮した。嫌な予感が俺を身構えさせる。
「来るぞ」
「わかってるよ。ボクの足を引っ張らないでね」
言うが早いかキリアは目標に向かって突っ込んでいた。瞬時に間合いを詰めると抜刀して化物の右足に切りかかる。しかし力任せに振り下ろされた化物の右腕が刀を弾いた。異常発達した筋肉は刃を通さないらしい。接近戦は不利と読んだのか着物姿の美姫は地面を蹴って後方へ跳んだ。
充分な間合いを確保して目標に鋭い視線を向けている。
それは強敵を目の前にしたときの真剣な表情だった。
「思っていたより速く動けるんだね」
キリアの挑発に化物が唸り声を上げた。両手で地面を叩き突けて――その反動を利用して弾丸のように飛来する。戦闘狂の美姫もこれには大きな瞳を丸くした。しかし動じたりはしない。
化物の体当たりを食らう直前に飛翔して回避。生物兵器乙種は両手を地面へ振り下ろして強引に停止した。轟音とともに港倉庫街に小さなクレーターが二つ形成される。急停止した化物は着地したキリアへ標準を合わせて再度地面を叩いて低空飛行。これを美姫は横っ飛びで回避し、そのまま一回転して体勢を立て直した。
「悪くないね。戦闘中だけはすべてを忘れられる」
着物姿の少女は不敵な笑みを浮かべる。
さらにクレーターを二つ増やした化物が悠然とキリアへ向き直る。少女は闇夜に高く飛翔した。乙種の視線が標的を追って上へ移る。この好機を逃す理由がないので俺は化物の足へ発砲した。高速で標的へ向かう鉛玉は着弾した左足の肉を想像以上に抉る。やはり異常発達していない部位が弱点だったらしい。
「グォオオオオッ!」
化物は悲鳴なのか怒りの咆哮なのか判断し難い雄叫びを上げた。鬼の形相でこちらを睨む。攻撃対象を変更したのか俺を捉えたまま化物は両腕を地面に叩き突けた。
しかしそのときにはすでに終わっていた。なにが起こったのか説明するまでもない。下降してきたキリアが一閃で化物の首を両断したのだ。巨体から鬼の形相をした頭部がゆっくりと落下する。それから指揮系統を失った異形の体躯が生物とは思えない重々しい音を立てながら前のめりに倒れた。
着地したキリアは刀を構えたまま化物を見据えていた。返り血を浴びているが気にする様子もない。化物が完全に沈黙するのを確認してから歩き始めた。
完成品甲種と欠陥品乙種の差。
少し間違えば同じ末路を辿っていたかもしれない被験者を見てもキリアはなにかを感じたりしないのだろうか? 俺は静かに少女の背中を追いかけた。
「遅かったみたいだね」
前方のキリアが歩みを止めて呟いた。俺は臨戦態勢のまま問いかける。
「なにがあった?」
「武装した危険請負人らしき人間が殺されている。数は十名前後だね」
予想された答えが返ってくる。しかし不可解な点もあった。
「らしくないな。算数は得意じゃなかったのか?」
「あちこち引き千切られていて判然としない。しばらく食事が喉を通らなくなる覚悟でキミが数えてくれると嬉しいんだけど?」
「……遠慮しておく」
俺は首を左右に振りながら小さく肩をすくめた。人間の惨殺体など好んで見るものではない。あれを見て平気でいられるのは頭の中が一風おかしな奴だけだ。俺のような紳士には刺激が強過ぎる。ただでさえ異形の化物を目の当たりにしたばかりなのだ。
「あの化物の仕業だと思うか?」
「どうかな。ボクとしては武装した集団――しかも組織として動いていた危険請負人を一方的に殺せるほど強いとは感じなかったけどね」
着物姿の美姫は話半分といった感じで周囲を見回していた。
「とにかく警察に一報入れて任務終了だな。これで二百万エンなら万々歳だ」
携帯端末を取り出そうとすると遠くの方から独特のサイレンが聞こえてきた。
「その必要すらないみたいだね」
いつの間にかキリアが横に立っていた。外灯に照らされて返り血を浴びた顔が鮮明になる。普段の印象とは異なり怖ろしいほど妖艶で綺麗だった。俺は悪魔的な美に魅入ってしまう。
そう遠くない過去。
記憶の中に眠っている少女のことが思い出される。キリアと同じ容姿を持った少女――頭が割れるように痛む。俺は瞳を閉じて幻想を振り払う。独特のサイレンが次第に大きくなってくる。こちらへ近付いている証拠だろう。
「上手く生き延びた奴が通報したのかもしれないな。ともかくこれで一件落着だ」
「どうも納得がいかないけどね」
不満そうな声を上げる着物姿の少女。
「人命は救えなかったが化物を倒した報酬として金をもらう。それだけわかっていればいいんだよ。下手に正義感を抱いて深入りするとろくなことがない」
「キミに興味がなくてもボクは知りたいんだ。特に武装集団を一網打尽にできるような生物兵器がいるのなら尚更ね」
「理由を聞いていいか?」
「危険に身を置くと生を強く実感できるからだよ。それに相手がボクと同じ甲種の生物兵器なら生まれて来た理由もわかるかもしれないからね」
不貞腐れたようにキリアは呟く。
その横顔があまりにも切なくて、俺はなにも言い返すことができなかった。
ややあって独特のサイレンが止まったかと思うと、今度は足並みの揃った警官隊が俺たちを包囲し始めた。編成された部隊から一斉に銃口を向けられる。指揮を任されているらしい中年の男が決まり文句を言い放った。
「武器を捨てて速やかに投降しなさい」
馬鹿らしい話である。どこからどう見ても紳士の俺を犯人扱いとは世も末だ。
「人質を解放して速やかに投降しなさい――って言わないところをみるとボクも犯人だと思われているみたいだね。それはとても不愉快なことだよ」
肩をすくめている俺の傍らでキリアは腹立たしそうに警官隊を睨み付けていた。いやいや、むしろ刀を携えた着物姿の少女を人質と思うほうがおかしい。ついでに返り血を浴びて異常な雰囲気を醸し出しているからな。しかし俺はキリアの意見に賛同しておく。
「無能な指揮官が俺たちを犯人だと思ってるみたいだな」
「明日の紙面を派手に飾ってもらおうかな」
本気とも冗談ともつかない口調でキリアは菊一文字の柄を握り締める。
俺は思考した素振りを見せてから言葉を紡いだ。
「人格が二つ三つ崩壊するほどの激しい葛藤の末に結論を出した。今回は見逃してやろう。なぜなら奴は職場では偉そうにしているが、きっと家に帰れば嫁に虐げられたり娘に『気持ち悪い』とか言われている可能性が高いからだ。洗濯物も分別されているに違いない。あっさり殺すと却って奴を救うことになり兼ねないからな」
「キミは存在する価値すらない男だけど、稀に目の前の霧が晴れるような素晴らしい発言をするよね。そういうところは嫌いじゃないよ」
着物姿の美姫はくすくすと笑っている。きっと脳内では娘に「気持ち悪い」と言われている奴の日常生活が高速展開しているのだろう。とりあえずこちらの問題は解決した。
あとは向こうの指示に従うだけだ。俺は回転式拳銃を地面に置いて両手を挙げる。キリアもそれに倣って菊一文字を地面に置いた。しれっとした顔で袖を捲くり両手を挙げている。ジーンズにジャケットという簡素な格好の俺と赤い着物姿の少女、たまたま現場に居合わせた逢引中の恋人同士には見えないんだろうな。
武装解除した俺とキリアに警官隊は慎重に近付いてきた。無抵抗のまま縛鎖に付く。それと連動するように奥の遺体を確認したらしい警官の絶叫が周辺に響いた。ほどなくして嗚咽する声も聞こえてくる。やはり見に行かなくてよかったと俺は心から安堵した。
「これが――例の?」
「おそらく。それにしても不気味ですね」
「人間が変異したものとは思えないな」
「不用意に体液に触れるなよ」
化物の死体を囲んで驚嘆の声を漏らす連中の姿があった。政府の諜報部経由で派遣されたのだろうが、正直なところ、連中も正確に状況を把握できていないだろう。最初に到着した俺たちでさえ理解できていないのだから当然だ。指揮官らしき中年の警官が部下たちに連行の指示を出した。あくまで重要参考人ということらしく、俺たちを連れて歩く警官の物腰も柔らかかったので素直に従っておく。
警察車両に乗り込む際、遠くで言い争うような声が聞こえた。
「ここは立ち入り禁止だ」
「身内が殺られたかもしれないんだ! 確認させてくれ!」
意識せずともそちらに興味が向かう。なんとなく聞き覚えのある声だったので確認しようと思ったのだが、後部座席の配置は俺とキリアを警官が挟むような形になっていて外を見れない。声を頼りに誰だか思い出そうとしたところで車が動き始めた。