019
七二四地点に到着した俺は、景色の変化に立ち止まった。
地下一階と地下二階が吹き抜けになっている。この先に化け物がいると仮定すれば厄介な話だ。空間の広がりはルルイエにとって不利でしかない。警戒を強めながら地下二階へ降りる。もちろん解放感が緊張感を上回ることはなかった。相変わらず通路が入り組んでいて迷宮そのものである。
慎重に進んで七二五地点を目指す。
最初に発見したのは事切れた仲間の姿だった。肺をやられたのか口から血を吐いている。確認すると周辺には交戦した痕跡。死者を弔い涙を流すのは、すべてが片付いたあとでいい。だからこそ今は推論を述べるに留めた。
「仲間を逃がすための囮になったんだろうな。周囲に仲間の遺体がないし、なによりただ逃げていたら、交戦した形跡は残らない」
「仲間のために命を張ったんだな」
ふらふらとルザフは仲間のもとへ歩み寄る。それを赤髪の鬼神が制した。
「感傷に浸るのは戦争が終わってからだ。今は前に進む」
駆け出したルルイエの背中を俺とルザフは追った。
本当は気付いているだろう。ミシェルはB班の消息が掴めないと言ったのだ。その意味を理解すれば俺の推論は蛇足にしかならない。命を賭けた囮も囮にすらならなかったのである。
しかしそれは言葉にしてはいけない。
「こちら本部。C班とD班が二一一方面から三九九方面を、F班とG班が四五五方面から六一一方面を制圧。これから爆破作業に入ります」
本部からの通信に俺は言葉を返せなかった。代わりにルルイエが回答する。
「よくやった。あとは私たちの仕事だ」
要点のみで通信は終了する。
正面に異変を感じて急停止。赤髪の鬼神が一歩前へ出る。
対峙したのは黒装束の美女だった。反射的に俺とルザフは萎縮してしまう。
ルルイエは悠然と笑みを浮かべた。
「ようやく本命の登場だな」
次の瞬間――赤髪の鬼神は小銃の引き金を絞った。繰り出されるライフル弾を黒装束は簡単に回避。両腰から左右それぞれの手で自動式拳銃を抜き取る。高速で移動しながら射撃。銃弾はルルイエの頬を掠める。しかし狂想曲を奏でる弾幕は止まらない。
「相性が悪いな。私は的が小さく動きの速い奴が大嫌いなんだよ」
鮮血を舌で舐め取りルルイエは悪鬼の形相を浮かべた。本気で苦手らしい。
俺とルザフは眼で示し合わせて左右に展開。ライフル弾から逃げる黒装束の美女を狙い撃つ。超反応を見せるが、避け切れず左足に被弾。極端に動きが鈍くなった標的を、ルルイエのライフル弾が捉えた。額を貫いて乙種生物兵器を破壊する。
数瞬の間を置いてルザフが生物兵器の絶命を確認。
そこで場違いの拍手が聞こえてくる。釣られて振り向くとバルザック社の社長――バートラム・ダンロップが手を叩いていた。隣には女性用背広に身を包んだ秘書の如月が立っている。さらに二人を護るように懐かしい美女二体が配置されていた。橋の上で襲われた幻影持ちの厄介な乙種生物兵器である。
「いやいや素晴らしい。どうやら複製では話にならないらしいね」
ルルイエは臨戦態勢に入る俺とルザフを制止しながら言葉を吐き捨てた。
「今回の筋書きを描いたのはお前なんだな?」
赤髪の鬼神が憤怒を宿した瞳で睨み付ける。バートラムは静かに首肯した。
「私の父は世界を変えようとしていた。誰もが憧れる不老の肉体と永遠の命。そのためにララフェルは結成されたのだ。世界最高峰の知能とバルザック社の資金力があれば夢は叶えられたかもしれない。しかし凡人には崇高な理念が理解できなかった。そして凡人は理解できないものを悪として糾弾する」
「力の使い方を誤れば世界に飲み込まれる。そんなことはわかっていたはずだ」
間を置かずルルイエが断罪する。俺は対峙する二人を見つめていた。
「愚かだな。凡人は自分自身を高めることより他人を蹴落とすことで順位を上げようとする。目も当てられない足の引っ張り合いだ。有能な人間は無能な人間に邪魔ばかりされる。本来ならすでに到達していたかもしれない高見に、未だ辿り着けないのは君たちのような人間がいるからだよ」
バートラムの瞳には侮蔑の色が含まれている。
「私は正義の味方による長広舌な説教を最後まで聞いてやるような悪役の美学を持ち合わせていない。そもそも戦闘に言葉はいらないだろ? さっさと雌雄を決しよう」
「まあ待て」
その言葉と同時に前方の扉が一つ開いた。黒背広姿の社長は口の端を上げる。
「乗り込んで来るのは勝手だが、こちらの目的は取引だからな」
扉からは人影が三つ。
それを確認して俺は驚愕した。ルルイエとルザフも明らかに動揺している。三つの影は結衣と黒崎――そして厳重に拘束されたキリアだった。目の前が暗転しそうになる。
「よくやった。宝生麻耶を失うのは残念だが、世界最高峰の演算能力を得るためなら安い。これで人類はまた一歩進化できるだろう」
思考が混乱する。いくつか腑に落ちない発言があった。
これではまるで――すでに取引が成立したあとのようである。さらに言えば結衣と黒崎は取引を無事成功させて帰還したような態度だった。
「アリス、クレア、リノア」
バートラムは指を弾く。それを合図に左右の美人が腰から二挺の自動式拳銃を取り出した。同時に朗らかな笑みを浮かべていた如月が無表情になる。
「さあ、宴の始まりだ」
黒背広の復讐者は仰々しく両手を広げた。
如月――いや、違うな。生物兵器リノアはバートラムを短刀で護衛しながら後ろへ下がらせる。美女二人が左右に散開。銃弾が放たれる前に赤髪の鬼神は後方へ疾走し始めた。
「退け! 三対三では勝ち目がない」
小銃で牽制しながらルルイエが吼える。しかし言葉とは裏腹に余裕の表情――その理由をすぐに理解した。狭い通路に呼び込めば赤髪の鬼神の独壇場。苦手な生物兵器相手でも勝算があるのだろう。俺とルザフも退却の演技をしながら美女を罠に誘い込む。
しかし――そう思い通りにはいかないらしい。
女性用背広に身を包んだリノアが猛然と追跡してくる。バートラムの安全を確保し、守備から攻撃に転じたのだろう。複製と呼ばれていた黒装束に対して、完成された生物兵器の性能は別格だった。牽制のライフル弾もマグナム弾も、最小の動きで回避し、最速かつ最短で距離を詰めてくる。このままでは瞬時に追いつかれると判断した。
「先に行ってくれ」
わざと速度を落としてリノアの意識を俺に向ける。ルルイエとルザフが二体の生物兵器を引き連れて先へ進む。俺は最新型の閃光弾の栓を抜いて放り投げた。次の瞬間、視覚を奪う強烈な光と聴覚を奪う高音が発生する。俺は瞳を閉じながら生物兵器がいた方向へ二回発砲。聴覚が麻痺していて銃声すら聞こえない。
瞳を開けて前方を確認。元の位置にリノアの姿はなかった。
閃光弾発動後の狙い撃ちを避けて跳躍したのだろう。地下一階の高さにある足場へ身を寄せていた。どうやら視覚と聴力が完全には回復していないらしい。
俺は追撃の発砲。
リノアは地下二階へ飛び降りて回避し、一気にこちらとの距離を詰めてくる。銃撃で抵抗するが生物兵器を捉えることができない。距離が短刀の間合いに突入する。しかしここで死を覚悟するほど俺は殊勝な性格をしていない。一か八かの切り札なら準備があった。
ところがである。
リノアの一閃を受け止める影――見間違いようがない格好の少女だった。市松と桜で彩られた赤い着物姿である。少女の右肩にしがみ付いている仔猫が「にあ」と鳴いた。
「どうしてこんなところにキキョウがいるんだ?」
「世界中で最も安全な場所がボクの手が届く範囲だからだよ。それより京介、命の恩人より先に仔猫の存在に疑問を抱くのはどうなのかな」
キリア。
「話したいことが山ほどあるのに言葉が出て来ないんだ」
「そういうときこそ態度で示してみたらどうかな?」
力比べを終えたのかリノアが後ろへ下がり距離を取る。キリアは剣豪を思わせる足運びで刀を構えた。俺はキキョウを抱えて後方へ離れる。接近戦において俺とキキョウはキリアの足枷にしかならない。役に立たないのなら邪魔にならない工夫をすべきだからな。
刀を手に対峙しているのは着物姿の少女と女性用背広姿の美女だ。
映画の世界でさえ滅多に拝めない組み合わせだろう。
先制攻撃はキリアだった。
身体の捻りを加えた強烈な斬撃が水平に走る。回避不能と判断したのかリノアは短刀を盾にして防御。反動を利用して着物姿の少女は逆回転の旋風で足元を狙う。美女は跳躍しながら投げ短剣で追撃を許さない。キリアは横転して短剣を回避した。
体勢を立て直したところへリノアの短刀が振り下ろされる。キリアは柄と刀の背を押さえて斬撃の圧力に対抗。しかし両腕の上がった隙だらけの横っ腹に美女の蹴りが飛んでくる。防ぎ切れず着物姿の少女は真横へ蹴り飛ばされた。
咄嗟の援護射撃。
マグナム弾が鼻先を掠める直前でリノアは停止した。こちらへ視線を向ける。その一瞬の隙をキリアは見逃さなかった。低い姿勢で床を蹴る。下方から上方へかけての一閃――美女は上体を反らして回避を試みる。女性用背広が裁断された。しかし生物兵器に傷を負わせるまでは至らない。
リノアは回転しながら後方へ跳ぶ。改めて短刀を水平に構えた。
「秘書がここまで強いなんてね。京介の知っている秘書とは大違いだ」
「俺は強い秘書より全裸になってくれる秘書のほうがありがたいけどね」
「全裸になる秘書は本当の秘書じゃないからね」
「男の夢を壊すなよ」
「それは夢ではなくて現実逃避だよ」
なんだこの緊張感のない会話は?
「調子が上がってきたのなら悪の親玉でも倒して来たらどうかな?」
美人秘書との間合いを計りながらキリアが告げる。俺は首を横に振った。
「俺たちよりあとから動いたはずの結衣や黒崎が最深部に先回りしていた。おそらく工場跡地以外から直接最深部に行ける裏道があるんだろう。怖ろしく周到で臆病な連中だ。簡単にあとを追えるようにはなっていないさ」
「え?」
着物姿の少女が美人秘書から視線を外した。顔には驚きの表情が象られている。
この機を逃すほどリノアは甘くなかった。投げ短剣で威嚇。体勢を崩しながらも間一髪で短剣を避けた少女は、第二の強襲に備えて防御の姿勢を取る。しかし美女の刃は俺のほうへ向かってきた。予測していなかった事態に俺もキリアも反応が遅れる。
背後を取られた俺は首筋に短刀を突きつけられた。自然と切っ先に視線が向かう。細腕のくせに豪腕で、俺は微動だにできない。
「動くな」
これはキリアへの警告だった。少女の動きが停止する。
「真剣勝負だと思っていたのになあ」
「私は反応速度や行動の種類を記憶し、分析する能力を持ち合わせていない」
「勝負が長引けば不利だから手段を選ばないわけだね」
「状況は一変した。話し方には気を付けたほうがいい」
背後で美人秘書の怜悧な声が発せられる。
「そのリボルバーでキリアを殺しなさい」
戦慄するより先に俺は叫んでいた。
「キリア! なにをやってる! 俺のことはどうでもいい。さっさとリノアを倒せ!」
「可能性のある選択肢の中から最善の解答を導き出すのはボクの得意分野だよ? キミのくだらない解答を採用しなければならない理由が世界中を探しても見当たらない」
「ふざけている場合じゃないだろうが! この状況でなにが最善かなんて考えなくてもわかるだろ! 俺では生物兵器に勝てない。というか手も足も出ない。キリアがリノアを倒すしかないんだよ! いや、俺はキリアに生き残ってほしいんだ!」
「静かにしなさい」
俺を盾にしながら美女は低い声で告げた。短刀が首に食い込んで薄っすらと血が滲む。
キリアは冷静にこちらを見据えていた。攻撃に移る気配はない。
ややあって、ぽつりと語り始める。
「京介、少ない期間だったけどキミと過ごした日々は楽しかったよ」
なんだそれは。
なんの冗談はそれは。
頼むから諦めないでくれ。
いや、違うだろ。思考すべきは俺だ。キリアは無意味な発言をしない。
不意にカジノでの出来事が脳裏に浮かんだ。少女は運や勢いではなく確率を重視する。勝てるときに勝負をして、分の悪いときは降りるのだ。総合的な勝利を得るには、それでいいのかもしれない。しかし一発勝負となれば話は別だ。
なにか勝つための秘策があるに違いない。そしてそれに気付かなければ死ぬ。
少女の言葉から真意を汲み取らなければならない。だからこそ思考すべきは俺なのだ。
「ボクはキミの射撃の腕を信用している。苦しい思いはしたくない。きちんと一発で心臓を打ち抜いてほしい。任せて大丈夫だよね?」
そう言ってキリアは心臓を指で示した。まるで正確にここを狙えという意思表示である。そこでようやく少女の意図を理解した。おそらくこの危機を脱する唯一の手段だろう。
深呼吸して俺は回転式拳銃の標準を合わせる。指先の微細な感覚まで研ぎ澄ませた。確実に求められている場所へ弾丸を撃ち込まなくてはならない。
俺とキリアだからこそ適う秘策のために。
「キリア」
「なにかな?」
「――してる」
銃声が言葉を掻き消した。瞬間――キリアの口の端が悪魔のように吊り上がる。
金属が弾ける音。
跳弾だ。
音速を超える弾丸は幾度かの反射を経て生物兵器の背中から心臓を穿つ。苦鳴を漏らしながらリノアが崩れ落ちていく。
それぞれの立ち位置。
広い空間の入射角度と反射角度。
リノアを貫通して俺に当たらないよう威力の調整。
超演算能力を有しているキリアにしかできない秘策だった。
「教えてほしい。ボクたちは一体なんのために生まれてきたのかな?」
キリアは憂いの帯びた瞳で死に逝く同族を見下ろしている。
「人間みたいなこと……言うのね」
不敵な笑みを残してリノアは絶命した。
俺の腕に抱かれていた仔猫が「にあ」と寂しい鳴き声を上げた。
背後に人の気配を感じた俺は素早く振り返る。
「お疲れ様」
現れたのは結衣だった。バートラムや黒崎の姿はない。
「どういうつもりだ?」
俺は回転式拳銃を構える。不意に傍らに立つキリアの身体が揺らいだ。片手で着物姿の少女を支えて寝転ばせる。急に放り出された仔猫が「にあ」と怒った。
どうやら時刻が午前零時を回ったらしい。まさに紙一重だった。
「黒崎くんならバートラム氏を政府へ引き渡してるところよ」
「はい?」
素っ頓狂な声しか出ない。意味不明とはこのことだ。
「私と黒崎くんは諜報員といったところかしらね。バートラムに協力する演技をしながら、保有する生物兵器の質や量、それに研究施設の場所などを調査していたのよ。なかなか用心深い男で信頼を得るのに長い期間を要したわ」
そこで重要人物の存在を思い出した。
「ちょっと待て! 宝生麻耶はどうした?」
「政府は宝生麻耶を捕らえるつもりはないわ」
「……どういうことだ?」
問い返す言葉が震える。嫌な予感しかしない。
「もし世界から争いがなくなれば、国民は政府に様々な要求をしてくるでしょう。平和が当たり前になれば、国民は争いのない穏やかな日常に感謝しなくなる」
「――必要悪というつもりか?」
俺は言葉を吐き捨てる。結衣からの返答は予想されたものだった。
「現状の平穏が政府の力によるものだと、国民に認識してもらわなければならないの。そのためには宝生麻耶のようなテロ組織も必要になる」
「それが――政府の正義なのか?」
それならば宝生麻耶と一緒だ。
「そうよ。混沌を招かないために政府は存在する」
不意に結衣は小型拳銃を取り出して構えた。銃口の先にはキリアがいる。
「なにを考えている!」
俺はリボルバーの銃口を結衣の額に突きつけた。小型拳銃の標準が俺の額へ移る。錯綜する思考――至近距離過ぎて迂闊に動けなかった。
「世界は思考能力を持たない危険な生物兵器の全廃を望んでいるの。政府はその期待に応えなければならない」
「キリアは思考能力を有した生物兵器だ。特に問題ないだろうが!」
俺は声を荒げて訴える。しかし結衣は首を左右に振った。その瞳は憂いに満ちている。
「キリアちゃんはDDDウイルスによって誕生した通常と異なる人格でしょう? いつ暴走してもおかしくない。それにララフェルが残した知識の結晶と称しても過言ではない。破壊しなければ必ず不幸の引き金となるわ」
「奈々子の人格を取り戻したかった理由はそれか?」
一人の少女は友人を守るために奔走していた。
それに比べて俺は結論を出せず傍観しているだけだった。
結衣の双眸には決意と覚悟。
「ねえ京介」
結衣の顎先から涙が零れ落ちる。
「愛する人が世界の敵になったら、愛する人を護るために、世界を敵に回さないでほしい。本当に愛しているなら世界の側に立って、愛する人を断罪しなければならないのよ。わかってくれないかな?」
なにもしてやれなかった。優しい言葉の一つもかけてやれない。
世界で唯一相反する感情を共有できる存在だ。
それならば俺も答えを出さなくてはならないだろう。
「キリアを殺させるわけにはいかない。もし世界のためにキリアを殺すというのなら、俺は世界を敵に回してでもキリアを護る」
「ああ――よかった」
哀しき旧友は天を仰いだ。その声はとても安らかだった。
「京介はなにも変わってない。私の知っている京介のままでよかった」
そのときだった。
地響きのような轟音――少し間を置いて通信が入る。
「九竜さん」
涙声で俺の名を呼んだのはミシェルだった。
「なにがあった? なんで泣いている?」
「ルザフさんが……ルザフさんが……息も絶え絶えに『ずっとミシェルのことが好きだった』って……その直後に轟音がして……私……私……どうしたらいいか……」
愛の告白をしてから生物兵器を巻き込んで自爆したのか?
いくらなんでも気障過ぎるだろ。俺は極めて冷静に尋ねた。
「ルルイエさんはどうなってる?」
「それが……通信機が壊れたのか……応答がないんです」
泣きじゃくっていて聞き取り難い。しかし最悪の状況であることは確かだろう。
「待ってろ。俺が様子を見てくる。絶対に希望を捨てるな」
一方的に通信を切る。万が一に備えてマグナム弾を六発装填しておく。
俺は眼前の結衣に告げた。
「キリアを頼む」
「え?」
驚きの声が上がる。結衣はわけがわからないという風に状況を語った。
「私はキリアちゃんを殺そうとしているのよ? わかってるの?」
「眠っているキリアを結衣は殺せない。その寝顔に引き金を引けるのなら、こんなややこしいことにはならなかったはずだ」
根拠ならある。
一連の事件に巻き込む手引きや、俺とキリアを分断する仕事は、おそらく結衣にしかできなかっただろう。しかし旧友は一つだけしなくていい仕事をした。第三者を煽って隠れ家の幻影を盗ませたことだ。刀の扱いに慣れていない人物が菊一文字を手にしたところで無敵にはなれない。宝の持ち腐れだ。同様に超高性能端末も技術のない人物が使えば簡単に罠にかかってしまう。つまり結衣は余計な仕事をすることで俺に正体を暴く機会をくれた。なぜなら政府とバルザック社の取引現場に向かわせたかったからだ。
ここからは完全に俺の推測になる。
おそらく結衣は俺にキリアを守ってほしかったのだ。
だからこそ俺は改めて伝える。
「キリアを頼む。ついでに政府を納得させられる案を考えておいてくれ」
「本当に京介は変わってないね」
晴れやかな声だった。久しぶりに見た結衣の会心の笑顔である。
俺は二人の仲間を助けるべく戦場へ舞い戻った。