第68話 崩壊の都市(まち)
やっと終わり目前です。
少し時間を巻き戻そう。
エリーシア、シンと別れたカラミーア伯に仕える魔導士サンタモニカ・クローゼとその部下のシュシュは、マジックカーペットで領都カラムンドに入ることができた。
途中、最恐龍グングニールが領都を狙い放った巨大な黒炎ブレスが、二人のマジックカーペットの近くをかすめ、領都カラムンド東門付近に命中して通過して行くという、危険な場面があった。
このグングニールによる黒炎ブレスの攻撃により、領都の東部で城壁や建物が消滅し、実に領都全体の5分の1ほどが、大きな被害を受けていた。
この黒炎ブレスは、剣聖スフィーティア・エリス・クライの左腕を持って行ったが、逆に言えば、スフィーティアの捨て身の防御が無ければ、爆炎ブレスの軌道が逸れることなく領都に直撃していたという事だ。その際の被害は、人口20万人の大都市である領都カラムンドが、壊滅していたかもしれない。
それでも、カラムンドは被害を受けた。
「な、何と言う被害なの・・・」
激しく降っていた雨は、既に小雨となっていた。
モニカは、領都上空から、暗い夜闇の中燃え上がる領都を見て絶句した。
しかし、この瞬間もグングニールとスフィーティアの戦闘が領都郊外で続いており、閃光や大きな轟音が響いて来た。そして、大きな揺れや衝撃波が領都まで届くと、それが領都の城壁や建物に更なる被害をもたらした。
「こうしてはいられない。伯爵の下へ急がないと」
モニカは焦っていた。
同じ頃。
胸まで届くほど長く黒い髭面のカラミーア伯爵は、スフィーティアとの約束を守り、領都内を巡って、住民の避難の指揮に当たっていた。
そのため、幸いにも、領都東側は跡形もないほどに、街は壊滅したが、そこの住民のほとんどが非難していて無事だった。
しかし、領都カラムンドは、人口20万人を擁する大都市だ。住民の領都外への避難は、尚も続いていた。
カラミーア伯の傍には、側近のグレン大臣もいた。
「急げ!急ぎ皆を領都より避難させるのだ」
カラミーア伯が兵や衛兵を使い避難を急がせる。
その時だった。
ズ、ドドーンッ!
轟音とともに、領都が大きく揺れた。
「キャー、なに、何が起こったの!」
「なんだ、この大きな揺れは!」
「うわーッ!」
領都は、ここかしこで建物が崩れ、地面に亀裂が入る。
領都の住民は混乱に陥った。
「な、何ということだ・・」
カラミーア伯は、絶句した。
そこに、またしても衝撃波がやってきて、建物は、倒れ、逃げる人々が下敷きにされた。そこかしこで火災も発生し、住民は逃げ惑い、正に領都は地獄絵図と化した。
しかし、それでもカラミーア伯爵は、あきらめない。
「皆の者よ。落ち着けー!落ち着いで行動するのだ!」
伯爵は、声を振り絞って、兵に先導させて、住民を城門の外に誘導していた。
「カポーテ様(※)!」
モニカとシュシュが、カラミーア伯を見つけた。
二人はマジックカーペットで近づくと、傍でその絨毯から降りる。
絨毯はモニカの掌でハンカチサイズの大きさになった。
※カラミーア伯爵の名前は、カポーテ・ド・カラミーア。
「良かった。御無事で!」
「おー、モニカか。お主も無事で何よりだ。して、ドラゴンの方はどうなっておる?」
「はい。スフィーティアと戦闘中です。しかし、かなり厳しい状況かと。相手は、煉獄のドラゴン・グングニールです。スフィーティアも苦戦しています。ここは、危険です。伯爵も急ぎ領都の外へお逃げください」
「何を言う!住民を放っておけるものか。民を守るのが我が責務。民が助かればこの命など惜しくはない。住民が皆避難できたのを確認し、儂は退くことにする」
「何を言われますか!伯爵無くば、誰がカラミーアの民を導かれますか?」
「モニカの言う通りです。閣下、どうかここは私達に任せて、避難を!」
それまで黙っていたグレン大臣が言った。
「グレン・・」
「私が、住民を避難させる時間を稼ぎます。どうか我らの助言に従ってください」
モニカが、膝を付き、頭を下げる。
二人の必死の説得だ。
「モニカ・・」
「・・・・・」
住民が避難していく様を見つめ、しばし沈黙した後、カラミーア伯は、口を開いた。
「お主たちの忠義しかと受け取ったぞ。だが、儂は、民を見捨てることはできん」
カラミーア伯は首を横に振る。
「わが領民の命は我が命。自分の命を何故捨てることができよう。お主らの気持ちだけありがたく受け取っておこう」
カラミーア伯は固い意志を示した。
「ああ、あなたは、真の仁君でいらっしゃる。そう言うと思っていましたが、仕方ありませんね。では、私が出来る限り領都を守りましょう」
「何をするのだ?」
「ここ、領都周辺に巨大な魔法障壁を張ります。そのために、私は、魔力を増幅する仕掛けを領都と近郊に施しておりました。ただ、あの衝撃波はいつまでも防げませんので。住民の避難を急いでください」
「わかった」
カラミーア伯が頷く。
「では、失礼します。シュシュ行くわよ」
「はい、モニカ様」
モニカとシュシュは、マジックカーペットに乗り、去って行った。
「我らも、急ごうぞ」
カラミーア伯が、グレン大臣を促した。
ここは、領都周辺を一望できる高い丘の上。
雨は止み、雲間から月明かりに照らされた。
スフィーティアとグングニールの激しい戦闘が行われていたが、不思議とこの辺りは、被害が無かった。ここで、暗黒魔道教団の暗黒魔騎士のロキ・アルザイは、グングニールとスフィーティアの戦いを観察していた。
「フフフ、フハハハハハ」
ロキが狂喜の笑いを発した。
「おお、古の黒神龍の頂きに昇らんとする竜君よ!我らをこの腐った世界の再生へと導きたまえ」
そうロキが叫ぶと、ロキとラニ、その部下たちは、その場からスーッと姿を消した。
「スフィーティア・・・。でも、あのブレス攻撃がもう一度来たら、とても持たないわ」
モニカは、マジックカーペットから激しい戦闘が続く方向に目をやる。
領都周辺では、スフィーティアとグングニールの激しい戦いが続いていた。
空中でお互いがぶつかり合うと大きな衝撃波が領都まで及び、地上にどちらかが激突すると、地をえぐり、大きな揺れとなって、領都を大きく揺らした。そこ彼処の地面にクレーターのような大穴や裂け目ができた。
モニカとシュシュは、カラムンド城の位置する城壁内の尖塔頂上に辿り着いた。
真っ先に倒れそうなほど高い塔だが、この尖塔は頑強に立っていた。
そこには、二人の他の8人の魔道士がシュシュからの指令によりすでに集まっていた。
『サン・クローゼ隊』
サンタモニカ・クローゼの麾下魔導士の8人で構成される魔導士特殊班だ。
シュシュ以外のモニカの部下の魔道士隊員達。皆紫色の魔導士ローブに身を包み、尖がり帽子を被っている。
ミミ、ネネ、ララ、ニナ、レナ、カカ、リン、トト。
皆女性だ。
「さあ、今こそみんなの力を発揮する時よ。私たちで領都を防衛し、住民が避難できる時間を作るの」
「はい、モニカ様!」
どの魔道士もモニカに心服している精鋭魔導士だ。
「ありがとう。非常に危険な任務だけど、やり遂げましょう。では、各自持ち場について」
「了解!」
そう唱和すると、モニカとシュシュ以外の8人の魔道士が消えた。
各自が領都を覆う8か所の魔法陣にテレポートしたのだ。
魔法陣によっては、領都の外に位置するものもあった。そこは、小さな六角堂の建物が立っていた。
「みんな、聞いて頂戴。私がみんなを守る。だから安心してこの任務を全うしましょう」
モニカは、薄い紫色の水晶を宙に浮かべると、各魔法陣に配置された魔道士が周囲に映しだされた。モニカの表情は、決心に満ちていた。
「モニカ様を信じております。何が何でもカラムンドと住民を守ります!」
モニカは、頷くと杖を振るった。
すると、モニカのいる城の尖塔の床の青白い魔方陣が輝き始め、その魔方陣が上空へと浮かび上がって行った。尖塔の頂上付近で止まり、一際明るい光が尖塔を覆い包んだ。
「シュシュ、あなたは、住民の避難を確認して。非難が完了したのが見えたら教えて!」
「はい、モニカ様」
シュシュは、ほうき型の魔行具に乗り、領都の上空で待機する。
「では、やるわよ!心を一つにして、みんな!」
モニカと魔道士等の詠唱が始まった。
すると、青白い光が尖塔の上空に伸びると、そこから周囲へと白い光のベールが領都をすっぽりと覆っていく。
この巨大な魔法障壁により、領都を襲う衝撃波や時々落ちて来る黒い火の玉による被害は抑えられていった。
カラミーア伯が、上空を見上げた。
「おお、これは、モニカが言っていたバリアか。よし、今のうちに避難だ。さあ、急ぐのだ!」
カラミーア伯の指揮にも力が入った。
身体が3メートルほどと大きくなり、白銀の鎧を纏った光り輝く戦闘の女神の姿となったスフィーティアと100メートルを超える巨大な漆黒のドラゴンの姿へと変化したグングニールとの戦闘に突入すると、さらに、周辺の地域の被害が拡大することになった。
とりわけ、グングニールが放った暗黒炎ブレスは、時空を揺るがし、領都の人々に恐怖を植え付けていく。
一瞬の出来事が、時間が引き延ばされたように感じた領都の人々の想念だ。
(何?何かとても巨大な黒い炎が、こっちにくるの?)
(早く逃げないと、逃げないと。でも身体が全然動かないよ!)
(嫌、近づいて来る!あれに焼かれて死にたくない、死にたくないよ~)
暗黒炎ブレスは、進路上の存在を暗黒の炎で焼きつくし、闇へと飲み込み、その存在を消し去って行くほどだった。しかし、スフィーティアが光の剣聖剣と化した『真カーリオン』を神速の速さで振るい、暗黒ブレスの闇を斬り削っていった。しかし、ブレスを消し止める際に生じ、消しきれなかった赤黒い火の粉は、領都にも降り注いだ。そして、これは、魔法障壁を貫通し大きな被害を及ぼすこととなった。
これは、ほんの数秒の出来事だ。
そして、時は、正常に動き出した。
「キャー、熱い、熱い!」
「焼かれる~」
「うそ、人が、燃えている」
そこかしこで建物や人が燃え上がった。
赤黒い火の粉が降りかかった建物は瞬時に焼け落ち、人は、わずかな火の粉でも浴びれば、瞬時に燃え上がった。この火の粉の温度が異常なほど高温なのだろう。
「うそ!魔法障壁を突破するなんて、何なの、あの赤黒い火の粉は!」
幸い、火の粉は中心部まで降り注がなかったため、モニカのいる尖塔は被害を受けなかった。
しかし、領都郊外にあった六角堂の近くに火の粉が落ちると、六角堂まであっという間に延焼し、炎に包まれた。
「え、ミミの反応が消えた?」
紫水晶の周囲に浮かぶ魔導士の映像を見ていたモニカは、突然ミミの映像が途絶えたのを見て叫んだ。
「シュシュ、ミミの反応が消えた。急いで確認して!」
「え?」
シュシュは、上空高くほうき型魔行具を浮かび上がらせると、ミミのいた郊外の六角堂のある方角の魔法障壁が欠けているのを確認した。
「そんな・・・、ミミ。モニカ様、ミミを見てきます」
「急いで!」
ほうき型魔行具で、領都郊外のミミのいた六角堂の辺りに到着すると、六角堂が燃え上がっていた。
「ミミッ!」
シュシュは、急いで降り立ち、炎に包まれ燃え盛る六角堂に入ろうとするが、突然崩れ落ちた。
「ミミーッ!」
シュシュは、叫ぶが、絶望に両膝を着いた。
「モニカ様、ミミは・・、ミミは・・」
シュシュの眼から、大粒の涙が溢れる。
シュシュとミミは、サン・クローゼ隊の仲良しだったのだ。
「クッ!」
モニカは、シュシュからの映像を見て歯噛みした。
「シュシュ、泣いている場合じゃないのよ。急いでそこに魔方陣を描きなさい」
モニカは、シュシュの心情を察していたが、心を鬼にして叫んだ。
「え?」
「まだ終わっていないのよ。私達でこの領都を絶対に守るの。責任を果たしなさい。魔導士のシュシュ!」
「モニカ様!」
シュシュは、歯を食いしばって、立ち上がると。杖を取り、特殊な淡い光を放つ白いインクで地面に、直径5メートルほどの魔方陣を急いで描いていく。
「ミミ、私にまかせて」
焼け落ちた六角堂に向かってシュシュは呟いた。
「よし、モニカ様準備できました」
シュシュは、魔方陣を描きあげた。
「よくやったわ。ミミの分まで頑張るわよ!」
モニカが、決意の声をあげた
シュシュは、杖を振るうと、魔方陣が輝き始めた。
「行け!」
杖を上空に振るうと、魔方陣から光が立ち昇り、領都中央の尖塔からの光とつながり、領都の魔法障壁が再び領都全体をすっぽりと覆った。
「あの赤黒い火の粉は収まったけど・・」
モニカのいる尖塔からは領都のそこかしこで火の手が上がるのが見えた。
住民が避難していく一方で、火災を消し止めるため、兵が駆けつけ消化に当たっていた。それに、避難を中止し住民も加わり、延焼の火を消し止めて行く。
モニカは、そちらの応援に行くべきが迷ったが、グレン大臣が対処することを信じた。
「私は、私にできることを今やるだけ。領都にこれ以上被害が及ばないようにするために」
領都近郊では、スフィーティアと巨大龍グングニールとの激闘が、瞬時に場所を移しては、展開されていた。
「スフィーティア、あなたを信じているわ」
モニカは、水平線が白みかけてきた空を見つめ、この永い闘いが早く収束することを祈った。
(つづく)
長かった。次のエピソードで終わりです。




