第67話 己の中の竜
「フフフ・・・。ついに彼女の中の竜が目覚めたか」
まだ、声変わり前の少年のような美声が静かに響く。
ここは、どこか別の場所。
そこの薄暗い部屋の中だ。
ガランとした広い部屋には一つだけ大きな机があった。
そこに1人の男が机に向かい、両肘を付いている。
白いぶかぶかのローブを纏ったまだ少年のような容姿の男だ。髪は青白いショートヘア、とても知的な印象の金色の眼、そして、人を喰ったような生意気そうな口。
間違いなく美少年だ。
「スフィーティア・エリス・クライ、さあ、君の中の竜の力を見せてくれ。フフフ、フハハハハハハハ・・・・・」
暗い部屋の中で、剣聖団軍師レオナルド・ラインハルトの金色の眼だけが怪しく輝いていた。
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『う、うわぉーーーーーーーーーーーーーーッ!』
地を揺るがすような雄叫びが、突如、大きな森から沸き上がり、周囲を震わした。
すると、竜の形をした光の線が、その森から一直線に伸び上がり、夜闇を貫くと、空が明るく輝いた。
『なんだ?』
体長100メートルを超えようという巨大な漆黒のドラゴンの姿へと変化したグングニールが光の方向を窺う。
次の瞬間、巨大化したグングニールと一直線に走って来た光の竜が交差し、光の竜が空高く突き抜けた。
交差した瞬間、グングニールの大きな腕が斬り落とされ、エリーシアを閉じ込めた赤い透明なカプセルは粉砕された。
エリーシアは、突如カプセルから放り出され、グングニールの手の中から落下していく。
「キャアーーーーーーーッ!」
落下していくエリーシアが、怯声を発した。
「エリーシア様!」
グングニールの様子を伺っていた聖魔騎士シン・セイ・ラムザが、これに気付き急ぎ落下していくエリーシアに一角羽馬を寄せると、その腕を掴み寄せ、自分の前へと座らせた。
「ありがとう。助かりました」
「いえ、ご無事で何よりです。しかし、今のあの光は?」
シンは、光が走って行った上空を見つめた。
「・・・・」
エリーシアも同じ方向を見つめる。
また竜の形をした眩しい光が、今度は上空高くから走り、グングニールの左翼に大穴を開け、竜の形をした光は地表へと降り立った。
光が弱まると、白銀の鎧を纏った剣聖スフィーティア・エリス・クライの姿が確認できた。
グングニールの領都カラムンドを襲った巨大な黒炎ブレスにより失ったスフィーティアの左腕は復活していた。
しかし、スフィーティアの身体は、3メートル以上と大きくなり、その姿はまるで戦闘の女神が降臨したかのようだった。
光り輝く白銀の鎧、真っ白なスカート、白銀の輝くブーツ、そして眩く光る頭部の白銀の羽根つきのヘルム。猛々しくも美々しい天から舞い降りた闘う女神を彷彿とさせる。
「スフィーティア!」
エリーシアが叫んだ。
戦闘の女神のような姿となったスフィーティア・エリス・クライは、巨大な漆黒龍となったグングニールを静かに見上げていた。彼女の金色に光る眼は、実に涼やかだ。闘争心など無いかのように穏やかな表情していた。
『あやつのあの力・・・あの男と似ているが・・・。いや、違う』
グングニールは、スフィーティアに翼を貫かれ、高度を落とすが、翼の穴が修復されると、上空から悠々と見下ろしていた。
『しかし、これは面白い、面白いぞ!』
グングニールは、そう吠えた。
『さあ、貴様の力を我に見せて見よ。洗礼に我の暗黒の炎を受けるがよい』
ヴワォーーーーーッ!
グングニールが静かに呼吸をすると、辺りの空気を揺らし、それが周囲へと伝播していく。
ヴワォワォーーーーーッ!
「ダメ!」
エリーシアは、素早く不穏な空気を感じ取っていた。
「ダメなの、あれを打たせてはダメよ!」
「エリーシア様!」
グングニールの吸い込む呼吸が臨界点に達すると一瞬、時が止まったように静寂が訪れた。
ブギャギャギャギャギャギャ、ツツツーーーーーーーーーーン、
聞いたこともない耳を塞いでも聞こえて来るような不快な音を発し、グングニールの大きな口の手前に周囲の光を奪う漆黒の炎玉が出現し、ドンドン大きくなっていく。それは、巨大龍となったグングニールの大きさを超える程だ。
ギュギュギュギュギュッ、キューーーーーーーーーーーーーーーーッ。
『全て消えて無くなるがよい』
その瞬間、周囲の空気を奪い、暗黒のブレスが放たれると、無音が周囲を支配した。
その巨大な暗黒のブレスがスフィーティアの方を目がけて進む。
それは、一瞬の出来事なのだが、近くにいてグングニールの攻撃を目撃していたエリーシアやシン、そして領都カラムンドの人々にも時間が引き延ばされたように長く感じた。
『小さき人間どもよ、恐怖を以て死を待つがよい』
しかし、彼らが時間を長く感じたからといって何かができるわけではなかった。抗う事も逃げることも・・・。
領都から逃げようとする人々がスローモーションのように動くだけ。
彼らの心に『恐怖』だけを焼き付けて・・・・。
その中にいて只一人神々しい光を纏う女神だけは別だった。
戦闘の女神のような姿となった剣聖スフィーティア・エリス・クライを除いては。
彼女の表情は、無風の水面のように落ち着き、涼やかな表情で冷静にグングニールの放った巨大な暗黒炎ブレスを見つめていた。
暗黒炎のブレスは、進路上の存在を暗黒の炎で焼きつくし、闇へと飲み込み、その存在を消して行った。
木々も森も、そこにいた生命、そして大地さえも残らなかった。
グングニールの放った巨大な暗黒炎ブレスが接近して来ると、スフィーティアは、それを避けることもなく真向からぶつかった。
それは、あまりにも巨大な暗黒炎の塊だ。
スフィーティアの身体が神々しく輝きを発した。
輝く女神となったスフィーティアは、光の剣と変化した剣聖剣『真カーリオン』を神速の速さで振るう。神々しい光を放つ光の剣と化した真カーリオンが暗黒ブレスの闇を斬り削り、残りかすの暗黒の火の粉が周囲に飛び散り、その周辺にジュっと落ちると地を抉り穴が開いた。
スフィーティアは真カーリオンを縦横無尽に振るい闇の炎を消滅させるが、残りかすのような黒い火の粉が周囲広範囲に落下した。
しかし、それでも暗黒炎ブレスは、あまりにも巨大だ。スフィーティアを飲み込もうと前へ進み、動きを止めない。
スフィーティアは、暗黒炎ブレスに飲み込まれそうになる直前で、瞬時に後方に移動し、そこで再び待ち構えて、真カーリオンで暗黒炎ブレスを斬り削り、ブレスの威力を減殺していった。
何十回ほどもこれを繰り返し、そして、領都手前で暗黒炎ブレスを削り消滅させることができたが、暗黒炎ブレスの残りかすの火の粉は広範囲に飛び散り、領都の街区にも降り注いでいく。
しかし、これは、ほんの数秒間の出来事だった。
暗黒炎ブレスが消滅すると、時間の流れが正常に戻った。
『我のブレスを消した・・・』
グングニールが呻くように言う。
スフィーティアは、領都近くから静かに遠くに浮かぶ巨大なグングニールを涼やかに見つめていた。
巨大な漆黒龍グングニールも、領都に重なって遠くに小さく見えるスフィーティアを睨む。
すると、スフィーティアが視界から急に消えた。
次の瞬間、グングニールの目の前にスフィーティアがいた。スフィーティアは、真カーリオンを抜刀するやグングニールに斬りかかった。
ズッドドドドーーーーーーンッ!
強大な竜力の両者がぶつかるや、爆音が轟き、周囲に衝撃が走る。
スフィーティアは、神速で光の剣聖剣『真カーリオン』を縦横無尽に振るいグングニールを斬りつける。
グングニールの方も、巨大で凶悪鋭利な龍爪を持つ手が、その巨体からは想像できない魔人のような目にも止まらぬ速さでスフィーティアに襲いかかる。また、これだけでなく、グングニールは腕に黒炎を纏わせていた。そのため、剣聖剣が黒炎に触れると威力が減殺される。
しかし、スフィーティアの鋭い剣戟は、衰えることはなく、神速の斬撃を繰り返し、一瞬のスキを突きグングニールの胸を差し貫こうと繰り出された。
グングニールの方も、腕に纏った黒炎で焼きつくそうと、腕を大きく素早く振るうと、スフィーティアに黒炎が暴風のようにが襲いかかる。スフィーティアは、これを真カーリオンを風車のように神速のスピードで回転させると、黒炎が吹き飛び、周囲に飛び散り地上に降り注ぐと、森や地面が溶かされ、その場所には何も残らなかった。
スフィーティアとグングニールの激しい闘いは、接近戦へと移っていた。
スフィーティアの光の剣聖剣による斬撃とグングニールの手の鋭利で巨大な大爪による黒炎を伴う刺戟の応酬が、激しく展開された。
ズッドドドーーーーーーーーンッ!
バーリ、バリバリーーーーーーッ!
両者の強大な竜力の激突は、周囲に轟音を響かせ、周囲に暴風を巻き起こし、樹々などは根こそぎ吹き飛ばされ、黒炎が飛び散った箇所には、地まで溶かし、何も残らなかった。
そんな両者の激しい戦闘は、あちこちと場所を移しながら、展開されていく。
その両者の戦闘場所付近は、何もかもが吹き飛び、大きな風穴が開いた。
当然、領都の近くでの戦闘では、領都にも大きな被害を及ぼすことになる。
この両者の素早く場所を移しながら展開される戦闘を、ユニコーンで追いかけながら、それでも離れた位置から見ていたエリーシアは、嘆声をあげる。
「ダメ・・。このままでは、領都が無くなってしまう」
「エリーシア様」
「今のスフィーティアは、正気じゃないわ。なんとか止めないと!」
「しかし、あの巨大な竜には、彼女でないと抑えられません。この闘いを見守るしかないかと・・・」
「いいえ。このままでは、何もかも無くなってしまいます。私が近くでスフィーティアに呼びかけましょう」
「御意」
「さあ、スフィーティアの元へ!」
エリーシアとシン・セイ・ラムザを乗せたユニコーンは、激しい竜力の激突が続く場所へと急いだ。
(つづく)




