第56話 フォックストロット族
前話に続き、シンのエピソードです。
前話と同日の紫陽月(6月)13日。
ここは、聖魔騎士シン・セイ・ラムザが領都カラムンドで滞在している宿屋だ。
夜の帳も降り、ちょうどシンとサンタモニカ・クローゼが会談していた時刻(21時)頃だ。
「シン・・・」
獣人族の女の子キラは、宿屋の2階の部屋でニヤニヤ顔で空いた口からよだれを垂らしながら、気持ち良さそうに寝ていた。
さぞ良い夢でも見ているのだろう。
しかし、
ピク、ピクピクピクッ。
何かの気配を感じたのか、キラの獣耳が微かに動いた。
キラは、パッと眼を見開き、口もとのよだれをサッと拭った。
「ウギャァッ!」
異変を感じ、急いでキラは立ち上がろうとした瞬間、キラの身体は吹き飛び、壁に激突して落ちた。
それでも、キラは、素早く起き上がろうとしたが、さらに腹に強烈な一撃を喰らい、意識を失った。
一瞬の出来事だった。
灯も無い暗闇の部屋の中、二つの黄色い紡錘型の眼が光っていた。
シンは、サンタモニカ・クローゼとの会談を終え、宿屋に戻って来た。
ドアに触れた時だ。
振れた瞬間、モヤっとした嫌な気配を感じた。
しかし、躊躇せずドアを開け宿屋に入った。
瞬間、血の匂いが、鼻をついた。
宿屋の中は、薄明りに照らされ、暗い。
受付カウンターを見ると、宿屋の店主が、うつぶせに倒れていた。
シンは、店主に近寄ってみると、首筋に一刀の切り傷があり、そこから出血し、すでに死んでいるのがわかった。
(まさか、もう・・・)
この襲撃者がまだいるかもしれない。
しかし、シンは、そんなことは気にせず、宿屋の階段を駆け上がり、宿泊していた部屋のドアを開ける。
「キラッ!」
ドアを開けた瞬間、二刀の刃がシンの首筋に襲いかかって来た。
やはり、待ち伏せがいた。
シンは、そんな事は予想していたが、躊躇わずにドアを開けたのだ。
ガキーンッ!
薄暗い廊下に刃同士がぶつかり、一瞬火花が散った。
シンは、黄金剣を素早く抜き、交差された二刀の攻撃を受けきった。
廊下の薄灯に三角形の獣耳の男が細い鋭い視線をシンに向ける。
明らかに殺してやろうという殺意の眼だ。
獣耳の男の黄色い紡錘型の瞳が薄暗闇の中、光を反射する。
キラと同じ特徴を持つ獣人の男だ。
間違いなくこの男はフォックストロット族の傭兵なのだろう。
攻撃の質と精度が違う。
眼と眼が刀越しにぶつかる。男からは溢れんばかりの殺意が発せられている。
シンは立ち塞がる男の隙間から部屋の中を見るが、キラはいない。
「キラを何処にやった?」
「ふん、キラは、俺等の一族だ。取り返しに来たまで。脱走は許さない。そして、それを手助けしたお前もな!」
フォックストロット族の男は、一歩後ろに下がるや両手に持った短剣を上に放り、懐から短いナイフをシンの首筋に鋭く投げつける。
シンは、ナイフを黄金剣で弾くと、部屋に飛び入る。
だが、フォックストロット族の男の動きは素早く、放り投げたダガーを跳躍して掴むや否やシンの頭上から剣撃をしかけた。
しかし、シンは焦ることなく、今度はこの攻撃で男の刃が顔に触れるかどうかの瞬差でかわすや、下方から男の脇腹辺りに掌を近づけると、男の身体は上空に弾き飛ばされ、天井に激突して落下した。
「ウグワァッ!」
男は何が起きたのかわからなかったが、素早く起き上がろうとする。
しかし、男の首筋にシンの黄金剣を突きつけられ、動きを止めた。
「キラは、どこだ?」
「殺せ!フォックストロット族には、負けは死が待つのみ」
「くだらないな。僕は、お前を殺さない。死にたければ自ら死ねばいい。その前にキラの居場所を教えろ」
「ああ、そうしよう」
そう言うや、男は、短剣で首を切ろうとする。
「うっ!うっ!な、何だ、これは、腕が、腕が動かない」
男が持つダガーは、自分の首筋に触れるかどうかの手前で止まっている。
「本気で死のうとするとは・・・。僕の前で死なせはしない」
シンは、男の手からダガーを取り上げ、後ろに放り投げた。
「こんな事できるなんて、お前は、何者だ?」
「僕は、聖魔道教国ワルキューレの聖魔騎士だ。シン・セイ・ラムザと言う。僕も答えたんだから、答えてくれ」
シンは、黄金剣を鞘に納め、男の腕も動くようにする。
「君は、フォックストロット族の者か?名は?」
「ふう、どうやら、何をやってもあんたには敵わないようだ」
フォックストロット族の男は、匙を投げたようだ。
「ああ、そうだ。俺は、フォックストロットの傭兵ザキだ」
男は、立上がると、言った。
「ザキ、キラはどこだ?そこまで案内して欲しい」
「何故あれに執心する?あれは、俺等のものだ。お前には渡せない」
「それが、キラの意志なら、僕も反対はしない。あの子は、自ら脱走して来たのだろう?僕には、そうは思えない。だから一度会わせてくれ」
「シン、あんたは、本当に変な野郎だな。だが、その強さは一級品だ。俺等は強い奴に従う。あんたを頭に会わせてやろう。だが、俺等は一筋縄ではいかないぞ。覚悟しておくんだな」
「ありがとう。そうするよ」
シンは、ホッとしたように優しくニコリと微笑んだ。
「な、何だよ、ニヤニヤしやがって。調子が狂うじゃねえか!ホント変な野郎だぜ」
ザキは、シンの疑うことを知らないような笑顔に照れ臭くなった。
翌早朝。朝焼けが地平線に滲みだす頃。
シンとザキは、領都カラムンドから北東に少し離れた森の中の獣道を進んでいた。
そして、前に絶壁が見えて来た。
「シン、ここからはお前一人で行ってくれ。あの崖に洞窟がある。歓迎してもらえるだろうさ。じゃあな」
そう言い残すと、ザキは目の前から消えた。
シンは、森の中の獣道を進み、洞窟が見える所まで来た。すると、目の前にフォックストロット族の傭兵が10名ほど現れ、囲まれた。
男の傭兵も女の傭兵もいる。
「何だ?てめえは?ここが、フォックストロットの縄張りと知って来たのか?見られた以上は死んでもらうしかねえがな」
しかし、シンは、そんな脅し文句に動じることなく、冷静だ。
「キラは、どこだ?君たちの頭に会わせてくれないか?」
「キラだ?ザキの野郎、しくじりやがったのか。なら、猶更お前をここから返す訳には行かなくなったな。死にな!」
フォックストロット族の傭兵等は、一斉に、両脇腰の短剣抜いた。
シンは、相手を確認するように視線を動かし、腰の黄金剣に左手をあてる。
すると、先ず後ろから2名が襲いかかって来た。とても素早い動きだ。
男女2名のフォックストロットの傭兵が左右からシンを挟むように近づく。
お互い連携の取れた動きだ。
シンは、黄金剣を鞘ごと腰から引き抜くと、一方を鞘から抜いた黄金剣で、もう一方を鞘でこの攻撃を受けた。
しかし、二人の傭兵は、二刀目を手に持っていた。
これでシンにもう一太刀を当てれば、お死舞だ。
「うぐぁっ!」
シンをもう一刀で斬りつける瞬間、二人の傭兵は大きく後ろへと吹っ飛ばされた。
「何だ?」
「こいつ、怪しげな技を使うぞ」
これを見て、フォックストロット族の傭兵等は一気に警戒を強めた。
迂闊には近づけないと一歩ずつ下がり、距離を取った。
「僕は、闘いに来たんじゃない。頭に会わせてくれ。話がしたいんだ」
「いいだろう」
洞窟の方から低い響くような大きな男の声がした。
一人のとても大柄で屈強な獣人の男が出て来た。
周囲のフォックストロット族の身長と比べると抜きんでた大きさだ。
「君が、フォックストロット族の頭か?」
身長が3m近くはありそうな大男だ。
近くまで来た大男を、シンが見上げる。
「おうよ。だが、話すのは後だ。先ずは、こいつで語ろうじゃねえか?」
大男の獣人は、両腰の短剣を抜く。しかし、短剣と言っても、刃渡り50cmは優に超えていそうな得物で、ダガーというよりは、グラディウスと言えるだろう。
「俺はな、俺より強い者しか信用しねえんだよ」
大男の獣人の紡錘状上の黄色い瞳がギラリと光る。
「わかった。いいだろう」
シンも黄金剣を構える。
「行くぞ!おりゃ!」
フォックストロット族の頭は、ゴウっと空を切り裂き唸るような一撃をシンの脳天に打ち込む。
シンは、それを、上体を後ろに反らし、交わした。
剣でまともに受ければ腕が折られそうなほどの強烈一撃だった。
圧が凄すぎる。
頭は、両手のグラディウスを軽々と振るい、次々と攻撃を繰り出す。
シンは、それを右に左に下がりながら巧みにかわす。
ドンッ!
「おっと、これ以上、後ろはないぜ」
囲んで、二人の闘いのために土俵を作っていたフォックストロット族の壁にシンはぶつかった。
そこにシンの頭上に大地をも抉りそうな一撃が落ちて来た。
避ければ後ろにいるフォックストロット族が、犠牲となるだろう。
しかし、シンに慌てる様子は無かった。
シンは、頭上に黄金剣ではなく、左手をスッと差し出しただけだった。
頭上に落ちて来た大岩をも軽々と砕くよう強烈なグラディウスによる一撃をシンは、左手で軽々と受け止めていた。
「何ッ!」
大男の方は、少し動揺が見えた。
「今度は、こちらの番だね」
左手で受けたグラディウスを、右手の黄金剣を振り、叩き落とすや大柄の頭に体当たりをする。これに、頭の大男はよろめいたが、ほんの少しだ。
シンとフォックストロット族の頭が睨み合いになった。
「お前、何でその剣で追撃をしない?隙はあったはずだ」
「僕は、殺し合いにきたんじゃない」
シンは首を横に振る。
「君たちは、キラの一族だろう。あの子が悲しむことはしたくない」
「ふん、とんだあまちゃん野郎だぜ。だが、お前の実力はわかったよ。悔しいが、お前には敵いそうにない。お互い名乗ってなかったな。俺は、ここのフォックストロットの頭をしているザザだ」
「僕は、聖魔道教国ワルキューレの聖魔騎士、シン・セイ・ラムザだ」
「ほう、ワルキューレの聖魔騎士さんかい。初めて会ったが、怪しげな術を使いやがるな。俺の一撃を止めたのは、あんたが初めてだ。あれは魔法か?」
「まあ、そんなものだね」
シンは、両掌を上に向け、誤魔化す。
「まあ、いい。おい、あのバカ娘を連れて来な?」
「へい」
「バカ娘?」
そこにキラが、連れて来られた。
キラを連れて来たフォックストロットの傭兵は、顔が傷だらけだ。キラに引っかかれたのだろう。
「シン!」
キラが、シンに気づき、シンに飛び付いて来た。キラは、シンが買ってあげた黄色のシャツとスカートではなく肌の露出が目立つ革の軽装鎧を着ていた。
「キラ、無事でよかった」
シンがキラの頭を優しく撫でる。
「えへへへッ」
キラは、シンにゴロニャンと甘える。
「何だ?こいつのこんな姿を見るのは初めてだぜ。はあ、わかったぜ。連れて行きな。お前さんになら預けても良い。このバカ娘もあんたに着いて行くって聞かんしな」
ザザが、二人を見て言った。
「娘?」
「ああ」
ザザが頷く。
「と言っても血のつながりはねえ。こいつの親は、とうに亡くなっている。こいつは前の族長の娘だ。族長から託されて俺が引き取って育てた。でも、ボンの戦闘(※)ではぐれちまってよ。探し回っていたってわけよ。居所がわかって連れ戻してみたが、あんたのところに戻るってきかなくてな」
※「第29話 ボン奪還」にキラが登場します。
「ザザ、キラはシンのものだ!」
キラが、ザザを睨む。
「はあ・・・」
ザザは、お手上げと諦めたようにため息をつく。
「こんなんだからよ。あんたにならキラを預けるぜ。それにな。こいつがあんたの子を産めば、そりゃ強い戦士ができるってもんよ。キラ、いっぱい強い子供を産むんだぞ。ワッハッハッハ!」
どうやらこっちがザザの本音のようだ。
「ワッハッハッハ!」
フォックストロット族の傭兵等が、ドッと笑い転げる。
「え?こ、子供って?」
シンが、慌ててキラを見る。
「キラは、シンの子供いっぱい産む!」
キラは、シンの首筋に抱きついてスリスリした。
「え、ええっ?」
シンは、思いもよらない展開に動揺を隠せない。
こうして、聖魔騎士シン・セイ・ラムザは、戦闘民族フォックストロット族の族長の娘キラを押し付けられたのだった。




