第54話 領都襲撃(アタック)
いよいよ、領都における戦闘が始まります。
紫陽月(6月)14日
深夜の子時一つ時(23時頃)
ここは、カラムンド城内の一室。スフィーティア・エリス・クライに用意された部屋だ。
スフィーティアはハッとして、目覚めた。
「寝てしまったのか、わたしは」
ふと横を見ると、エリーシアの姿がベッドにはなかった。
「エリーシア?」
スフィーティアの呼びかけに応えはない。
スフィーティアは、立ち上がり部屋を見渡した。
「エリーシア。どこだ?部屋から出たのか・・・」
大きな窓の方に目を向けると、窓が開け放たれ、カーテンが風に揺れていた。
窓辺まで来ると、スフィーティアは、下を見た。
「やはり、この窓から出たようだな」
そう言うと、スフィーティアは、城の2階の部屋の窓から飛び降りた。
すでに真夜中で辺りは静けさに包まれていた。
城の庭を駆け城壁のところまで来ると、壁の一角に魔法の痕跡を感じた。
(エリーシアは連れ出されたのか。連れだしたのは、魔道士か?)
スフィーティアは、高い城壁上まで一気に飛び上がる。
左耳のイヤリングがチカチカと明滅し、南の方角に反応している。
「あちらか」
このイヤリングは、エリーシアに反応しているのだろう。いや、正確にはスフィーティアが。エリーシアに渡したエメラルドが埋め込まれ、剣を持つ女神をあしらった彫金のペンダントに反応しているのだ。
そして、暗闇で人間なら見える筈も無いのだが、スフィーティアには、南の外壁の城門の方に伸びるメイン通りを走っている黒い馬車がハッキリと確認できた。
「あれか」
スフィーティアは、城の城壁の上を走り、南門の上から落下し、着地した。
城の門番の番兵が、突然空から人が降って来て、キョトンとしていた。
「あなたは、剣聖様で?」
衛兵が恐る恐る声をかける。
「驚かせてすまない。急いでるんだ」
そう言うと、スフィーティアは、人間離れしたスピードであっという間に走り去って行った。
ここは、サンタモニカ・クローゼのカラムンド城内の執務室だ。
それほど広い部屋ではないが、杖などの魔道具が壁際の棚などに置かれ、魔導書なども本棚から溢れ机に山のように置かれた雑多な空間だ。そして、壁の周囲は紫色の厚い布が貼られ、薄暗い。
大きな執務机の目の前に、掌サイズの透明な紫水晶玉が箱の上に敷物を敷き置かれていた。モニカは、眼を閉じて、両掌から水晶玉に念(魔力)を送る。暫くそうした後に、眼を開け水晶玉を覗いた。
「ダメね。視える未来は同じ。でも、少し変わってきた。スフィーティアと彼のせい?ふう・・・」
集中して疲れたのだろうか。深いため息を漏らす。
予知魔法は、集中力が必要な魔法だ。なので、雑念を排除できる環境で行われるのが普通だ。モニカの場合は、雑多な部屋だがここが一番集中できる場所なのだろう。
ザワザワッ
モニカは、急に背筋に悪寒を感じた。
「何なの、このざわざわと嫌な感じは。まさか・・」
バタンッ!
急にドアが開かれると、全身紫色のローブで鍔の広い尖がり帽子を被った女の魔導士が駆け込んできた。
「ウギャっ!」
その女魔導士は、部屋に入るや否や床に落ちていた本に足を取られ、思いっきりこけた。
「痛いですう。もうモニカ様、もう少し部屋をキレイにしましょうよ」
入って来た女魔導士は、起き上がると打った額と鼻を撫でている。
「もう、慌てるからよ。シュシュ、で、どうしたの?そんなに慌てて入って来て」
部屋の雑然さには反応せず、部下のせいにするモニカだ。
「あ!そうでした。大変です。モニカ様、魔法障壁が破られています!」
シュシュと呼ばれた魔導士は、答えた。
「何ですって!」
モニカとシュシュは、城壁の南東側の一角に急いだ。そこに、シュシュと同じ紫色のローブに身を包んだ女の魔導士が倒れていた。因みにモニカも紫色の魔導士装束に身を包むが、色はより濃い深紫色だ。
「ミミ、ミミ、しっかりして」
シュシュが、揺すっても、ミミと言う名の女魔導士は起きない。だらしなさそうに白目を剥いている。
「ダメです、昏睡状態です」
「どきなさい」
シュシュが脇に避けるとモニカがミミの顔に先に小さな水晶のついた黒い杖を近づけ念じた。
「目覚めよ」
目覚めの呪文を詠唱と同時にモニカは杖でミミの額を小突いた。
「痛ッ!あれ、モニカさま?」
ミミは眼を開けたが、目覚めの呪文のせいなのか、モニカが杖で小突いたからなのかはわからない。
「ミミ、何があったの?」
「突然、何かの声が頭の中で響き、頭が痛くなって・・、ウウッ、痛ッ!」
ミミは、頭に強い痛みを感じ呻いた。
「これは、干渉魔法ね。それもかなり強いもよ」
しかし、その痛みは、干渉魔法のせいなのか、モニカがミミの頭を小突いたからのかは、ハッキリしない・・・。
「う、うるさいわね、その解説いる?」
天井の方を見て叫ぶモニカであった。
「う、ううん・・」
「ミミ、あなたは暫く休んでいなさい」
「すいません」
シュシュが、ミミを連れ出して行くのを見送ると、モニカは思案した。
(いったい、誰が?何が目的なの?まさか!スフィーティアは?)
モニカは、スフィーティアの部屋に慌てて向かう。
スフィーティアの部屋のドアをノックするが、反応は無い。
「スフィーティア、いますか。開けますよ」
部屋に入ると真っ暗だ。
灯りをつけると、部屋にはスフィーティアとエリーシアの姿は無く、窓が開け放たれていた。
窓辺まで来ると、モニカは何かを感知した。
(あそこから魔法の痕跡が・・)
それは、城壁のあたりから発せられていた。
「どういうこと?もしや、何者かがエリーシアちゃんを連れ去ったの?そして、連れ去った者は魔道士!スフィーティアは、それを追った?大変、先ずは伯爵に報告しないと!」
モニカは、カラミーア伯の元へ急いだ。
一方のスフィーティアの方だ。
彼女はエリーシアの行方を追うため、カラムンド市外壁の南門へと伸びる大通りを物凄い速度で走っていく。
スフィーティアには、エリーシアの位置がわかっていた。左耳のイヤリングが彼女の場所へと誘う。それは、エリーシアに渡したペンダントと同調している。
真夜中のカラムンドは、ほとんど人影も無く、静かだ。
カラムンド市の外壁の門近くの広場に近づくと、眼の前に黒い馬車が、閉じられた城門が開き、進もうとしているのが見えた。
「あれか」
スフィーティアが呟く。
「早いですね。もう目覚めましたか。流石は、剣聖スフィーティア・エリス・クライ。並みの剣聖とは違うようだ。いいでしょう。歓迎してあげましょう」
ロキは、城門が開くと、馬車を先に行かせた。
スフィーティアがロキに気づき、急に立ち止まった。
「暗黒魔導士か?」
黒いフード付きのローブに身を包むロキの装束を見て、スフィーティアの口から洩れる。
「スフィーティア・エリス・クライ、お初にお目にかかります。噂にたがわぬその美貌。実に惚れ惚れいたします」
そう言いつつも、ロキは、フードを後ろに下げ、顔を露わにし、赤毛の美貌がフッと笑みを漏らす。
「そこを退け。私は、黒い馬車に用がある」
「残念ながら、それはできません。それに、あなたには、ここでやることがあるでしょう?」
「何?」
ロキは、そう言うと、黒い球を懐から取り出した。
それは、周りの光を吸い込みそうなほど黒い球だ。
「さあ、出て来くるのです。タップリと人の血を吸うと良いでしょう」
ロキは、その黒い球を上空高く放り投げた。
頂点に達したところで、その玉が大きく膨れ上がり、そこが異空間との出入口となる。そして、そこから大量の魔物がドボドボドボと湧き出て来た。
小竜、黒狼、毒大蛇などの魔物だ。
「何だ!あれは!クソ、ワイバーンだと!」
数体のワイバーンが、スフィーティアに襲いかかって来た。
しかし、スフィーティアは、難なく首を斬り落とし剣聖剣の餌食にしていく。
しかし、街中に多くの魔物が散らばって行く。家の窓などから中に入りこみ住民を襲うと悲鳴が沸き起こり、忽ち街はパニックとなっていった。
「ではでは、剣聖殿。ごゆっくりと相手をしてください。ハッハッハッハ!」
ロキは、スフィーティアに背を向けると、笑いながらその場から消えて行く。
「おい、待て!クソ!」
「キャア!助けて!」
ワイバーンや他の魔物をこのままにしてはおけない。住宅に侵入した魔物に追い立てられるように、住民が周囲の家々から出て来て逃げ惑う。
スフィーティアは、住民に襲いかかる魔物を次々と殺していくが、きりが無い。
「あれは次元馬車だ。次元空間に逃げられたら追えなくなる」
魔物を倒しつつも、スフィーティアの顔に焦りが見える。
ロキは、順調に街道を進む次元馬車に追いつき、馬車に乗り込んだ。
エリーシアは、若い女性魔導士の膝の上で深く眠っていた。
「フフフ、『魔女』の血が手に入った」
ロキは、恍惚の表情で前の座席で眠っているエリーシアの顔を撫でると、剣の女神をあしらった金色のペンダントが白いワンピースの服の中から露わになった。
「これは・・」
ロキの眼が細くなり、そのペンダントを引きちぎると、窓から投げ捨てた。
「残念でしたね、剣聖殿」
次元馬車は、森林の道に入って行き、次第に転移地点へと近づいて行く。
「クソッ!」
ワイバーン等魔物の襲撃で、闇夜の街は、住民が逃げ惑いパニックとなって行く。
一軒の家から母親と思える女と少女が扉を開け、走って逃げ出て来た。
その親子の後ろから、黒狼が躍り出て来た。口には腕を咥えており、血が滴り落ちる。
すると、娘が転んだ。
気づいた母親が急ぎ、助け起こす。
ルーフは、咥えていた腕をボトリと落とすと、親子に襲いかかった。
「誰か、助けて!」
「キャアッ!」
親子の悲鳴が暗闇に木霊する。
親子に跳びかかろうとした瞬間、ルーフの首が、親子の目の前でボトリと落ちた。
「アアッ!」
「大丈夫か?」
スフィーティアが、ルーフの首を斬り落としていた。
「剣聖様、ありがとうございます。ああ、でも、主人が・・・」
母親が、逃げ出て来た家の方を見る。その手前に落ちている腕は女の夫のものなのだろう。
女の眼からは涙が零れ落ちた。
「気の毒だが、あなた方を守ったご主人の命を無駄にしていけない。ここは、危険だ。城の方に逃げなさい」
親子を助け起こし、スフィーティアが言う。
「ウウッ!はい。ああ、あなた。この子は私が守ります」
女は涙を拭いそう言うと、親子は城へと続く大通りを他の人々とともに、逃げていく。
逆に親子が逃げて行った方向から、武装した騎兵などの兵士等が進んできた。先頭には、馬上のサンタモニカ・クローゼが見えた。
「スフィーティア!」
モニカが、近づいて来て、馬上から降りると、スフィーティアに駆け寄った。スフィーティアの周囲には、小竜や黒狼の死体が多数転がっていた。
「この辺りのは、あらかた片付いたと思うが、市内の中央に入り込んでいった魔物もまだいるはずだ」
「あなたが、居てくれて助かりました。伯爵とブライトン卿も魔物の駆除に当たっています。で、エリーシアちゃんは?」
「この攻撃を仕掛けた魔導士等に連れて行かれた」
「やはり、そうでしたか。城で魔導の痕跡を確認しました。早く行ってください。市内の魔物は、私達で片付けますから」
「すまない。頼みます」
スフィーティアは、そう言い残すと、大通りを駆けぬけ、城門の外へと消えて行った。
既に夜が明けていた。
前日までの好天から雲が空を覆い、今にも雨が降って来そうだ。
風も強まっている。
「まだ大丈夫だ。それほど遠くには行っていない。転移地点までには追いつける」
飛ぶように駆けるスフィーティア。
イヤリングが指し示すポイントに近づく。
街道の大きな森林手前の場所だ。しかし、辺りを見回すが、次元馬車が見えない。
「気づかれたか・・」
スフィーティアは、街道脇の草むらに落ちていた女神のペンダントを拾う。
「大丈夫。まだ追えるさ。エリーシア、待っていてくれ」
スフィーティアは、眼を閉じてエリーシアの気配を感じようと集中した。
ドゴゴゴゴゴゴゴーーーーッ!
その時だ、突然、地面が微かに揺れ始め、地響きが鳴り響き、大きくなっていく。
「何だ!」
すると地面を割き、大きな茶色のドラゴンが目の前に現れた。
アンバー・ドラゴン(土竜)。
エメラルド・ドラゴンほどではないが、アーシアで比較的多く見られるドラゴンだ。他のドラゴンと違って土の中に潜り、地面を揺らしたり、土を形状変化させて操る力を持つドラゴンだ。普段は地中に生息している。特徴は、胴体が長く手足が短い蛇のような体形をしている。羽もあるが、飛ぶのは得意ではないようだ。このドラゴンもエメラルド・ドラゴンと同じで、人間と共存しているものもいる。
スフィーティアの目の前のアンバー・ドラゴンは、体長20mはあろうというアンバー・ドラゴンにしては、巨体のドラゴンだ。
なお、ドラゴンの体長は立った時の足先から頭の天辺までで表す。なので、尻尾の長さは含まれない。
「ハッハッハッ!やっと会えたな。剣聖!」
そんな言葉とともに、翡翠色の鎧の男が、どこから来たのか突然現れ、長槍の一撃をスフィーティアに浴びせてきた。
「竜伴奏者か。こんな時に!」
スフィーティアが、男の一撃を左腕の光の盾を展開して防ぎ、弾く。
男は、飛びのくと、アンバー・ドラゴンの頭の上に降り立った。
雲間から日差しが照らし、翡翠色の鎧が鮮やかに反射する。
若き竜伴奏者ソウ・ムラサメと彼のパートナーであるアンバー・ドラゴンが、スフィーティアの前に立ち塞がった。
ドラグナーのソウ・ムラサメが登場しましたが、どこかで聞いたことがあるような、と思われた方は、拙作の『剣聖の物語 スフィーティア・エリス・クライ 序幕』も読んで頂けているのかと。ありがとうございます。第6話から9話までの「平和の代償」にドラグナーが登場します。まだの方は、こちらもどうぞ。序章は、よりダークな内容です。




