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蝶々姫シリーズ

【エルダナ誕生日記念SS】エルダナと家具職人ドリュース

作者: 薄氷恋

──世界暦1424年──

エルダナが初めての友達を一気に5人作るお話。


 幼い頃、私は退屈していた。

 時編む姫の講義は面白い。だが、すぐに頭に入ってしまうのだ。そして私は忘れない。

 なので、時編む姫からは「エルダナ、貴方は歴代で一位の生徒よ」とお墨付きを頂いていたが、だからといって退屈が紛れる訳では無い。

 時折、双子の妹のランジェランジュと入れ替わる事はある。

 彼女は黒髪で、私と同じく髪を長く伸ばしてひとつ三つ編みにして垂らしていたが、残念ながらランジェは地精霊でオレンジ色の瞳をしていた。

 勿論、入れ替わる時は瞳の色は幻術で変える。だが、属性までは変えられない。

 なので周りの者は入れ替わりを疑った時は「火を出してください」と言うようになった。

 そこまで入れ替わりを楽しんだ私達が悪いのだが。


 王宮には禄に本が無かった。

 本来誇る筈の王宮図書館にだ。

 それもこれも、父『愚王』バシリスが金を欲して次々と国内の貴族や、時には国外にまで本を差し出してしまったからだ。

 バシリスは本に価値など見いだせなかったようだ。

 値千金の書物が、王宮図書館から消えるのを何度も見てきた。


 そんな中、王宮から近い所にあるシドレース魔法学院が「学生の為」と、バシリスの要求を突っぱねて本を守っていると知った。面白い本があるかもしれない。

 そう思った私は早速ながら魔法学院に忍び込んだ。私にとっては鍵開け等パズル同然。チョロいものである。

 全寮制のシドレース魔法学院には校庭があった。

 そこで、変わった遊びをしている5人組に出会った。庭にコートを書き、その上で何やら見えない罠を張っているらしい。

 私は図書室に向かうのも忘れて足を止めた。 


「罠の設置は出来たかー?」


「おー! 出来た出来た!」


「じゃー。障害物バスケ3回戦! 始めるぞ!」


 ボールを持った1人だけ背の高い青年がドリブルを始めた。

 ところが、数歩走ったところで彼の足が木のツタに絡め取られる。

 彼の反り返った短い三つ編みが海老の様に跳ねた。


「ドリュース! てめぇ! 覚えてろよ!」


「へっへー! 木の精霊舐めんな」


 ドリュースと呼ばれた少年は青年からボールを奪うと、ゴールを目指して走り出す。

 だが、途中で罠を踏んだらしく、足がピキピキと凍りつく。弾みで落としたボールがてんてんと転がった。


「冷たー! シャロ、本気出しすぎ!」


「悪ぃ。 手加減出来なかった」


 笑いながら言った青年はチームメイトが奪ったボールをパスで受けると、緑の縛の解けた足で一気にゴールまで駆けた。

 するとゴールポストがぐん、と高さを増す。


「ちょ! 誰だ、ゴールに罠張った奴!」


「俺~。だってルールは『怪我しなければなんでもあり』だし?」


ドリュースのチームメイトが笑う。


「お前らな、俺の背丈とジャンプ力見とけよ!」


 シャロ、と呼ばれた青年が華麗に飛び上がって片手でゴールにボールを投げ込んだ。


「シャロ、ミョルンのチームの1点先制だよ!」


 と、一際小さな金髪の子供が空を飛びながら言った。背中には緑に透ける翼。

 一瞬だけ天使かと思ったが、翼の色で長時間飛行魔法だとすぐに解った。


 私は目がキラキラとしていたと思う。

 なんて楽しそうな遊びなんだ!!


「なぁ、アンタ」


 するといつの間にか傍に来ていた青年が私に言った。


「見てるだけで面白い? 面白いならアンタも入らないか? 俺ら、5人だから1人だけ審判やる派目になるんだよ。アンタが入ってくれたら3対3が出来るんだけど。あ、俺はシャロアンス。19歳、9年生、水精」


「19歳でそんなに大きいのかい!?」


 まるで人間の19歳ではないか。

 私は思わず声を上げてしまった。


「こいつ見たらもっと驚くぜ?」


シャロアンスが何やら悪巧みをする顔で天使を手招いた。


「僕はフィローリ。小さいけど……19歳です」


「19歳でそんなに小さいのかい!?」


 年下が混じってるのかと思った。だってあまりに小さい。


「シドレース魔法学院名物の2人を知らないなんてお前もぐりだなー? もぐりって意味なんだっけ?」


「知らない」


「まぁ、いいや。俺が樹精のドリュース、こっちが風精のミョルン、で、ゴールポスト伸ばしたのが」


「ドリュースと同じ樹精のリグナーでーす!」


 リグナーはお調子者のようだ。

 ミョルンは影が薄い。

 ドリュースはやる気満々といった様子だ。


「アンタは? 制服着てないから本当は学院生じゃないんだろ? でもいいや。仲間に入りなよ」


「あ、ああ。私は……エルディと呼んでくれ。君たちと同じ19歳、火精だ」


「「「「「19歳でそんなに小さいのかい???」」」」」


 5人が私の言葉を真似て一斉にからかうようにゲラゲラ笑う。

 私もつられて笑った。

 そうとも、私は人間サイズで8歳くらいだ。小さいのだ。

 なにせ時編む姫のお墨付きの優秀な次代の国王だから。今は、まだ彼らには内緒だがね。


「よーし、初の3対3だ! チーム決めるぞ。じゃーんけーん……」


「ぽん!!!!!!!」


 私は生まれて初めて妹以外とじゃんけんをした。感動のあまり広げた掌をまじまじと見つめていたら、ドリュースに肩を叩かれた。


「何ボーっとしてるんだよ? 俺とフィローリが同じチームだ。あっちにはシャロが居るから油断出来ないぜ。ルールは簡単。『怪我しなきゃなんでもあり』! 罠の張り方はな……」


 ドリュースの説明を纏めるとこうだ。

 守る自陣には一人三つまで不可視の罠を仕掛ける。

 罠を仕掛ける時は両陣とも背中を向けて見ないようにする。

 こうする事で自陣は安全だが、敵陣のゴールを目指す際に罠を踏む可能性があり、それがまたスリルがあって面白いのだと。


「ふむふむ。じゃあ、こんな罠はありかな?」


 ドリュースに耳打ちすると、若草色の髪と目をした少年はニカッと笑った。


「それすっごい面白そうじゃん!!」

 

 私はゴール前に罠を張った。



「出来たかー!?」


「おう!」


「始めるぞー!」


 心臓がドキドキする。『仲間』との遊びとはこんなにも胸が躍るものなのか。


 始めにボールを奪ったのはフィローリだったが、敵陣に入った途端、リグナーのツタに空中で絡め捕られてしまう。


「あう……やられたぁ……と、見せかけてパスだよ、エルディ!」


 パスを受けた私は走った。私は炎の王者。罠を踏み抜いても私には効かなかった。


「すっげ! シャロの氷が効かねー!」 

 

「やるじゃん。でも身長差で勝てるかな?」


 確かにシャロアンスは長身だ。私と比べるとまるで大人と子供だ。

 シャロアンスの脇をすり抜けようとしたら、ボールを奪われてしまった。

 更に彼は脚が長い分、走るのも早かった。

 あっという間に自陣のゴール前に詰め寄られる。

 が。

 そこで私の罠が発動した。


「くらいたまえ、燃え盛る炎の幻(ちょっぴり熱い)!!」


 私はドヤ顔で高らかに叫んだ。


「あちちちち!!!!!!」


 半泣きのシャロアンスからひょいとボールを奪ったドリュースが私にパスを寄越す。

 あくまで彼は守備に回るつもりらしい。

 それなら、と私はコートを縦横無尽に走り回り、すべての罠を破壊してからゴールに挑む。

 ジャンプし、投げる。

 パスッと音を立てて私の初めてのシュートはネットを潜った。



◆◆◆


 帰寮の鐘が鳴るまで彼らとは笑いあって遊んだ。

 

「エルディ、俺ら放課後は毎日ここに居るからさ」


「また遊ぼうよ……」


「うわ! ミョルンが喋った!」

 

 リグナーが驚いて飛び上がる。ミョルンがポカポカと細い拳で叩く。


「ぼぼぼ僕だって喋るよ……」

 

 私は笑って言った。


「また明日遊ぼう! またね!」

 



 こうして私は初めての友を得た。

 夢の様な時間だった。

 毎日シドレースに忍び込んで遊んだ。




 しかし、1年も経過したら彼らは卒業してしまった。

 空っぽの校庭は私に再び退屈をもたらした。


 ああ、退屈だ。

 誰かパズルの様な、障害物バスケの様な心躍る楽しみをくれないか。


───────


 成人し、父親も『いなくなり』、妹のランジェランジュがアンスールに留学に行った日、私は街を散策した。

 たまには一人もいいものだ。


 東区街を歩いていると、ふと削り立ての木の匂いがした。いい香りだ。

 足が向いて立ち寄ると、そこは家具工房の様だった。

 親方が一人の弟子を叱っている。


「馬鹿野郎! こんな手間の掛かった椅子、誰が買うってんだ!!」


「親方! この椅子は、軋まない、すり減らない、輝きを失わないの3点セットで……」


「ドリュース! お前にしか作れない癖に椅子四脚に何年も掛けやがって!! お前には才能があるが、手間をかけすぎるんだよ」


 ドリュース!! ドリュースだって!?

 私は旧友の名を聞いて心が震え、思わず家具工房に飛び込んだ。


「突然すまないが、その椅子を見せてもらえないかね?」


 私の姿に家具工房の親方がギョッとして怒鳴るのを止める。


「樹精のドリュースだね? 私だよ、エルディだよ! 久しぶりだねぇ」


 叱られて萎れた植物の様になっていたドリュースがぱぁっと笑顔になった。

 私達は再会の抱擁を交わした。


「エルディ! 久しぶりだなぁ! すっかり大きくなっちまって! 髪も更に伸びたなぁ」


「ドリュース、君もね」


 家具工房の親方がかたかた震えながら茶を汲んできた。

 と、いう事はこの親方は私の正体に気付いているな。

 私は親方を無視してドリュースと話をする。


 確かに良い造りの椅子だった。

 急に体重を掛けても軋まないし、クッションはふかふか。

 更にドリュースの力で育てた木材を使っているので椅子の脚はすり減らないらしい。

 その上、彫刻の腕もピカイチだ。

 私はすぐに金貨の詰まった袋を出した。

 その価値は十二分にあったからだ。


「エルディ、君が買うなら値引きするのに」


 若草色の髪をした青年は袋の重さに不安になったらしい。


「いや、値引きの必要は無い。この椅子はこの価格に値する。王室御用達の看板を出す為にね。次は机を造って欲しい」


 私はニヤリと笑った。


「へぇ、エルディ。王宮務めなのか!? すげぇなぁ!」


 私は笑いが止まらない。まだ気付いてないのか。


「お客様、どちらにこの椅子をお運びすればよろしゅうございますか?」


 親方が汗だくで椅子に向かって手を差し伸べた。


「とりあえず王宮の私の部屋へ。ここからなら東門が近いな。ああ、私のサインが必要かい?」


 サラサラと私はドリュースと親方の前でサインした。 




 エルダナ・ラ・ルクラァン、と。



 ドリュースの目がまん丸くなる。


「こ、国王陛下……? え、エルディが?」


「バカもん! まだ気付かねえのか!」


 ドリュースの頭をどつく親方と、青ざめる若草色の髪をした若者に私は笑う。


「ドリュース、これからもよろしく頼むよ。私の為に遊び心のある机を作ってくれたまえ」


「昔っから口調がかっちりしてると思ったら王様かー。わかりました。このドリュース、『遊び心の君』の専属家具職人を務めさせて頂きます」


ドリュースが胸を張って言うものだから、私はその称号がすっかり気に入ってしまったのだった。


─END─

お気付きの方はいらっしゃいますでしょうか。

ドリュースの椅子は「恋の花咲くこともある。」で、ラゼリードがあてがわれた部屋で座っていた椅子です。


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