傷の理由
「私がグリッドさんのパーティーに入った頃、すでに二人の女性がいました。
グリッドさんとその二人は恋人のようで、私は邪魔だったんです。召喚士のくせに弱い魔獣しか召喚できない私はアイテムを自動で扱う道具持ちとしての扱いを受けていました。家からもらったお金も全てパーティーの為に使いました。
宿をとるのは三人までで、私はいつも外で寝ていました。いいんです。召喚した魔獣がかわいそうだからという理由で戦わないんですから。その扱いは当然です。
せめてもと、魔獣のヘイトを買って戦闘を有利に進めることはしました。私ごと攻撃されるなんて当たり前で、でも仕方ないって自分に言い聞かせました。
半年間、せめて邪魔にならないように奮闘しました。そして迷宮の最深部。私は初めて異世界の人物を召喚する転移魔術を使いました。
でも普通の、人間でした。
ごめんなさい……グリッドさんの声を、聞くと……背筋が凍って逆らえないんです。歯向かうのが怖くて……その場を、後にしました。
エルフの森に出た私達は……この村を目指したんです」
――ノルア達がシュアレ村に向かう道中のこと。
ノルアは突然立ち止まった。グリッドはそれに苛立ち、不機嫌そうにノルアの髪を引っ張った。
「いッッ!」
「てめぇよ。ただでさえお荷物なんだから自分で歩けよ。文字通りの荷物なんていらねぇんだ。荷物運びがギリギリのラインだからな。わかってんだろ? それすらできねぇなら……」
ノルアは痛みに耐え、震えながら自分の意見を口にする。
「戻りたい、です」
「はぁ?」
グリッドは苛立ち、眉間にシワを寄せながら髪を掴む手に力を入れる。
「ッ……私、迷宮に戻ります。やっぱり放っておけません。私には責任があるんです。
私は――迷宮で自分の命を終えます」
「もう死んでるに決まってんだろうが。見ただろあのモンスターの数。ただの人間が生きているわけがねぇ」
「可能性はゼロじゃないと、きゃぁっっ!」
ノルアは髪を掴まれた手で地面に投げ捨てられる。
「俺の言葉が聞けねぇか」
「……! きけ、ません」
「犯すぞ」
「それでも……」
「あっそ」
グリッドが取った行動は信じがたいものだった。倒れたノルアの腹部を本気で踏みつけた。ノルアが力を入れる前であれば内蔵がどうなっていたか。
「ごへっっ」
至る所を殴り、ノルアは意識が遠のいていく。
「もど、らなきゃ」
ノルアの意思は硬かった。パーティーの女剣士にもう捨てて行こうと面倒くさそうに言った。グリッドはそうだなと答え、ノルアの荷物、装備、お金、全てを奪いノルアをその場に放置した。
パーティーの女剣士がグリッドに言った。
「あ、でもこの子後輩でしょ? 大丈夫なの?」
「卒業しちまえばなんともねーよ。学園長のシェフィだって学園からほとんど出ねぇって話だからな」
放置され、意識が無くなっていたノルアが目を覚ますと自分の状況に気がついた。
「……装備の本もない。これじゃ戦えない……いっか、どうせ私は」
道具だから。そう言われ続けてきたノルアはせめて迷宮にたどり着かなければと歩いていた。コンパスも、方向も分からないエルフの森をさまよっていたノルアが運良く迷宮に辿り着くとそこにあったのは大きな穴。下を覗いても崖が続くばかりで迷宮につながる道は消えていた。
「転移式の入り口だったのかな……どうしよ……生きてるかもしれないし探さなきゃ」
「動くなッッ!」
ノルアが振り向いた瞬間、命令口調の怒鳴り声が聞こえる。
「貴様、学生か」
数百人の兵士や魔術師に囲まれ、わけも分からず固まっていた。声の主はもう一度警告をする。
「動くなよ。一人か」
「……はい」
「これをやったのはお前か」
「違います」
ノルアは虚ろな目で淡々と答える。
「他に知ってることは」
「来たばかりです」
「知らないようだな。殺せ」
あぁ、私ここで死んじゃうんだ。異世界からきた人――水琴さんごめんなさい。
ノルアは心の中でそう言い残した。視界いっぱいに広がる攻撃魔法。ノルアを殺すために放たれた魔法の類はノルアに届くことなく、突如後方から現れた炎の矢で打ち消された。
「大丈夫?」
声を掛けたのはエレナ。そしてその隣にはもうひとりいた。その人物を見た兵士がどよめき始める。
「森の、守護者……」
一人がそう言った。森の守護者と呼ばれたエルフは外見二十歳程度。長い髪が揺らめく。透き通るような声は大声を上げているわけでもないのにその場にいる全員に聞こえた。
「私はこの森を守護するティアナ。お話を聞く限りこの大穴はあなた方がやったのではないのですね。迷宮の入り口も閉じられて……そうですね。それよりもまずは……
あなた達、私の前で戦闘を行うのなら正当な理由を述べなさい」
兵士たちはしどろもどろになり、目を逸らす。
「無いのでしたら去りなさい。冥界へ送りますよ」
兵士全員の足元に炎がちらつく。兵士は慌てふためき、逃げるようにして去っていった。
「大丈夫?」
ティアナはノルアにそう聞いた。
「大丈夫です。何もされてません」
「そうは見えないけど?」
先程までの口調と異なり、距離を縮めて優しくノルアを心配するティアナ。
「私、行かなきゃ。私が召喚した人を探さなきゃ」
「んー……探すと言っても場所は分かるの?」
「迷宮に……」
エレナが割り込んだ。
「ティアナおばあちゃん。私その転移者知ってるよ? 多分合ってると思うけど」
「ほんと?」
「うん! 途中出会ってね。シュアレまでの行き方を教えたの」
「いい情報をありがと。エレナ」
ティアナは治療のためにノルアを自分の村まで連れて行こうとしたが、ノルアはそれを拒否した。少しでも早く行かなきゃと伝えた。
満身創痍の状態だというのに意地でもシュアレに行こうとするノルア。
ティアナは心配だったがエレナを案内に出し、持っていたポーションを二つとも渡した。
森の境界線でノルアはエレナにお礼を言った。
「ありがとう。私、もう行くね」
「真っ暗なのに?」
「行かなきゃ。ポーションもあるし大丈夫」
「でも……殺されるよ?」
「……聞いたの?」
「うん。どんな事をしたのかまではわからないけど――あの殺意に嘘はないよ」
「そっか。でも殺されに行くの。ちゃんと責任持たなきゃ。一人の人生を狂わした責任を」
「そんな責任自分の命のために捨てちゃえばいいのに。真面目だね」
「生きてることが辛くて、重いの」
「ふーん。水琴にも言ったけど生きてたらまた会おうね」
「うん。生きてしまったら、また」
――正座を続けながらノルアはすべてを話した。
「魔獣に襲われながらもここまでたどり着きました。最後にあなたに謝れて良かった。私の自己満足です。もう話せることはありません」
ノルアは顔を上げ、自分の喉元を晒した。殺しての意思表示だ。
水琴はノルアに手が届く距離まで歩いた。そしてその手でノルアの頭を――撫でた。
予想外の出来事にノルアは混乱し、目をぱちくりさせる。そんなノルアに対し、水琴は一言、その行動に添えた。
「お前は悪くねーよ。殺そうとして悪かったな」
水琴がその行動をとった理由の一つに自分と重なったということがあった。
水琴自身、出来損ない、使えない、クズ、ゴミ、カス、無能、生きている価値なんかないなど、言われ続けていた。親と吉田からそう言われ続けてきた水琴にとって、ノルアの出来事は感情移入するには十分だった。
同じ側の人間であり、救われるべき対象というのが理由だった。責めるにはあまりにも気が引けた。
他の理由としては、グリッド達の居場所を探すために尽力してもらう為だ。
「さて――お前も一文無し、俺らもそうだ。だがここにはアシッドボアの牙と皮がある。これで装備や当分の宿代くらいは」
意気揚々と話す水琴。それを遮るようにノルアは言った。
「あ、あの……その……アシッドボアは家畜化されていて……
一日分の食費になるかならないか程度にしか」
三人の野宿が決まった瞬間だった。