召喚士との再会
翌日、焚き火は燃え尽きた。しかし陽の光が十分に行き届きそこまで寒さを感じない。寝すぎたと水琴は目をこすりながら起床する。横で体を小さく丸めながら寝ているアリスの頭を撫でる。
「日が暮れる前にシュアレ村に行くぞ」
数時間後、異世界最初の村がうっすらと見える。さすがに町全体を眺められるほど小さくはないが、大きい村とも言えない。
入り口に立つとちゃんと道に沿って建物が並んでいる。
外壁もなく、柵もない。出入り自由の村――シュアレ。住民の着ている服は無地がほとんどで派手なものはひとつとしてない。女性がワンポイントでアクセサリーをつけている程度。服の色は濃い赤色や、エレナのようなクリーム色、緑色の服を着ているものもいる。
建物は頑丈とは言い難いが、この気候。災害がなければ石材でも問題ないのだろう。枠組みには木が使われているが加工済み。
水琴はアシッドボアの牙と皮を持って街の中に入る。
都会に住んでいた水琴にとって村の人数は少ないと感じるものだったが、アリスにとっては違ったらしい。
「あ、まって、水琴……」
戸惑いの声をあげる。
「仕方ないな。大丈夫だ。怖くなんかないって」
その実、水琴自身は初めて来た異世界での村に内心不安がっていた。アリスに悟られないようアリスの手を握り、先導していく。
言葉がエリナのように伝わるかも分からない。詐欺に遭うかもしれない。そんな状況で水琴は近くに居た男性に勇気を持って声をかける。
「素材を売りたいんだけど」
「ああ。素材屋なら二件先の家を左に曲がったところにあるよ……ん? 異世界ファッションかい? このあたりでは珍しいね。学生?」
「あ、ああ」
どうやらこの世界で、制服というのがファッションの一部として見られているらしい。水琴は胸をなでおろし、素材屋へと向かう。と、その前に目に写った水飲み場へと立ち寄る。少し話しただけで口が乾いてしまったのだ。
「ただで水が飲めるのはありがたいな。草を噛みながら水分を補給するのはつらい」
水琴は井戸を数秒眺めながら言った。
「手押しポンプとか言ったかな。こっちの世界でもこれが主流か」
二人はある程度水を飲んでその喜びを噛み締めていた。
その時、水琴は視線を感じた。後ろを振り向くと水琴を召喚したノルアが立っていた。
復讐という感情が自身の中で満ちていく。さきほどまでの水への感謝など一瞬にして忘れ去ってしまうほどの感情。水琴は目の色を変えてノルアに掴みかかる。ノルアは力なく水琴に押し倒される。ノルアは首を掴まれ、強く締められる。狭くなった気道から声を絞り出す。
「ごめん……な……さ」
そんな言葉、水琴には届かない。復讐の相手が目の前にいるのだ。自分を召喚した張本人であり、あの地獄に置いて行った存在が目の前に。水琴はさらに力を込める。
「あが、ぁ……ん、なさい」
――水琴は我に帰った。アリスが水琴の裾を引っ張ったからだ。
「水琴、待って」
水琴は手を離した。待って、その言葉の意味を聞くまでもない。ノルアの状態を見ればすぐに分かることだ。
――ノルアはボロボロだった。暗かったとはいえ、明らかに初めて見た時よりも汚れていた。マントは破け、ワイシャツを所々切れている。スカートの下からのぞかせる生足は傷だらけで擦り傷の血が固まってかさぶたが出来ていた。土を被り、その目は虚ろ。ショートカットの髪はぼさぼさで、顔はやつれ、疲れ切っている。口がかさかさに乾いているのが見てとれる。
”目の前に水がある”
すぐにでも飲みたいはずだ。そんなノルアが取った最初の行動は土下座だった。
「異世界の謝罪の仕方……ですよね。ごめんなさい。殺してください。それで構いません。
私には……その責任があります。殺してくれた方が私は――幸せです」
水琴は先程まで、殺意しかなかった。それが今では馬鹿らしくなった。
殺されることを望んだ相手を殺すのか。何も聞かずに殺すのか。目の前にいる女の謝罪が――上辺だけに見えるのか。
「あーくだらねぇ。殺す気が失せた。こんなの殺してもあまりにも呆気ない。水飲めよ。その代わり俺の聞いたことに全部答えてくれ」
ノルアは頭を上げない。はい、はいと返事をするだけ。水琴はノルアの肩を掴み、無理やり肩を持ち上げ、顔を向けさせる。
「死んで逃げられると思うなよ」
その言葉はノルアに突き刺さった。すでに涙目だったノルアはさらに涙をこぼす。
「わた、ひど、い、ことした、んです。だって、平和にくら、してたエノア様と同じ、せか、いの人を勝手に巻き込んで、あんな……迷宮の奥に、死ななきゃ」
水が勢いよく流れ出る。アリスはじゃこじゃことポンプを上下に動かしながら言った。
「お水、勿体ないですよ」
「……!」
ノルアは蛇口から流れる水に口を当て、ごくっごくっと水を飲んだ。ひとしきり飲んだ後、落ち着いたノルアは水琴の前で正座していた。
「さて、話してもらおうか」
「何から、話せば」
「あそこはなんだ。どうして俺を呼んだ。どうして置き去りにした」
バツが悪そうにしながらノルアは説明を始める。
「私は……ルーヴェスト帝国にあるルーヴェスト学園に通ってる生徒です。召喚士の適正があり、進学を進めた私を待ち受けていたのは……グリッドさんという卒業生のパーティーで経験を積むことでした。
半年間の実習の後、学園に戻る。その予定だったんです。そんな時、グリッドさんが裏から手に入れた名匠ガディの迷宮がひとつ、アリス・フィノの地図を手にしたと」
「アリス……それがあの洞窟だったと」
「はい。迷宮にはかのエノア・ルーヴェストが神を殺した際に用いた道具や神の残した遺物などが保管されていると噂なのです。
でも、難易度は様々で……学生が行くような場所から国が一丸となって攻略するものまであります。ですから様子だけ見て危険なら帰ろうとなったわけです」
「……そしたら最深部でまんまと逃げられなくなり、一縷の望みをかけて俺を召喚したんだな?」
「ごめんなさい……」
「いい。続けてくれ」
「数々のモンスターの中に一体でも倒せない相手が見えた時点で引く判断をしたんです。そこで振り返ったら文字が描かれていて……
――去る者自由なれど残る者ひとり。死を持って開放の鍵とする。死を望むものは鉱石の最も輝く場で自害せよ。
つまりひとりは残り、残ったものは死ぬことでしか開放されるしかない。自害についてはよく分かりません……」
「それで俺を”身代わり”として置いていった……か。自害できるんなら教えてくれよ」
「え?」
「いや何でも無い」
死なない。そのメリットは人体実験として非常に優秀なモルモットになる。高校生の水琴でさえそんなことは分かっていた。そんな情報を漏らすつもりはない。
水琴は井戸に寄りかかりながらノルアに言った。
「当然謝った所で巻き込んだ事実は変わらない」
「はい。承知しています。どんなことでも……致します。この体でも、家の財産でもお好きなように……」
「そんなの求めちゃいない」
水琴の言葉を無視し、ノルアは自分の覚悟を見せるかのようにシャツの胸元を開けた。
「あなたのためなら、償いにはならないかも知れませんが……私の初めてを」
「いいって言ってるだろ。まだ俺の話は終わっちゃいない。
俺を身代わりにしてお前らは逃げた。
だが”お前は今一人”だ。実習生であるのならばなぜ保護を受けずに一人でここにいる。あれから一週間以上経っている。この村にはとっくのとうに来れたはずだ。
なのに唇が乾燥し、傷の手当もなし。その訳を話せ」
ノルアはそっぽを向きながら呟いた。
「私は所詮……仲間ではないんです。仲間はずれなんです。
仕方なく連れて行かれただけの、道具……」
自分自身の肩を掴み、ノルアは思い出しながら”道具扱い”の説明を始めた。