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焚き火の音色

 エルフの森を出てから数日、太陽に照らされながら水琴とアリスは食糧難に瀕していた。


「……なぁ、アリスは腹減るのか」

「聞こえませんか。私のお腹から悲痛な叫びが」


 二人は空腹の音を鳴らしながら歩き続ける。水琴は誰に文句を言うわけでもないがお腹を擦りながら言う。


「あそこに閉じ込められていた時は空腹なんか感じなかったんだけどな」

「あそこは特殊です。常に魔素で満ち溢れ、魔法によるバフがかかるのです」


「俺に残ったのは不死の力だけかよ」

「後、私です」


「はいはい」


 一度死んだらどうなるのかと水琴はそんな考えが思い浮かぶほど追い詰められていた。

 うっすらと動く何かが水琴とアリスの目に映った。


「あれ、は……イノシシ? 幻覚じゃ、ない、よな」

「アシッドボア、です。夜になると凶暴化しますが、昼の間なら力は半減しているでしょう」


「飛び道具でもあれば……追いかけた所でこの空腹状態じゃ逃げられるのがオチだ。逆に食われたりしてな。しかも火を扱うことすら出来ない。

 紐と木でなんとかつけるしか……点々とした木の枝を探して……」


 水琴は食べ物にありつくためのプランをこれでもかと考えていた。それを遮るように背後から気配を感じた水琴。


 一体のアシッドボアはよだれを垂らしながら二人を獲物として捉えていた。無力な人間を食してやろうと考えていた。動きの遅い男と女は格好の的だった。

挿絵(By みてみん)

 ゆっくりと振り向いた二人の目はさぞかしアシッドボアに絶望を与えたことだろう。見えるはずもない黒いオーラと鋭い眼光。女は口の端からよだれを垂らしている。


「ブヒ……(おわったー……)」


 アシッドボアは人間に背を向け、一心不乱に走り始めた。しかし、自分の真横を剣が通り過ぎる。その剣はアシッドボアの先にある地面に突き刺さった。

 アシッドボアは理解することもなく、体勢を崩して地面に転げ回る。左足が前後とも切り落とされていた。水琴は地面に刺さった剣を抜いてとどめを刺す。


「わりぃな」


 血生臭い匂いが広がる中、水琴は手探り状態で内蔵を取り出す。アリスに乾燥した木を集めさせ、きりこみ式火起こしの準備を始める。


 近くにあった繊維のある長い葉っぱをほぐした後、ねじりながら強い紐を作る。アリスにも紐をほぐすように頼む。

 細長く、平べったい木の板に剣でくぼみを作る。先を尖らせた木の棒と紐をあわせた道具をそのくぼみにはめる。


 十字形の道具を上下に下ろすと真ん中の棒が高速で回転し、木を焦がしながら削っていった。

「ぬぁぁああああ!」


 最後の力を振り絞るように水琴が手を動かすと煙が立ち上り始める。いけるかもしれない。そう思った水琴とアリス。



「水琴! 火が! 付き始めてますよ!」

「まだだ! 火口にアシッドボアの油を入れてふんわりとさせた状態で置いておけ!」


 小さかった煙がもくもくと大きくなっていく。タイミングを見極める水琴。

「今だ!!」


 水琴はきりもみの道具を横にどかし、火種をほぐした葉っぱの火口に入れる。それをやさしく包み込み腕ごと揺らしながらゆっくりと酸素を送り込む。


 ぼっと音を立て、火が上がる。この瞬間水琴は、小学校の頃にさせられた体験学習がこんな時に役立つなんて思いもしていなかったと呟いた。



 水琴は火種を地面に置き、用意していた細木から順に置いて焚き火を大きくしていく。安定した火が夕焼けに照らされた草原を明るくしている。


 アシッドボア達は魔素を帯び、毛を逆立て、牙を長くしているが水琴達はそれを一切見ていない。そしてなぜかアシッドボア達も水琴達を襲おうとはしなかった。本来凶暴化して、誰彼構わず襲うはずだが二人には近づこうとしなかった。


 水琴はある程度の大きさにブロック分けし、木の枝に突き刺す。表面が焚き火でカリッと焼け始める。



「水琴、いいですか?」

「まだ中が生だ。もう少し待て」


 水琴自身も待ちきれずにいたがここで食べて食中毒にでもなりにしたら死ぬより悲惨で惨めな羞恥を晒すかもしれないと思うと理性を保てた。

 香ばしい香りが辺りに漂う。水琴は一つ取り出して、剣で半分に切る。中に火が通っているのを確認してから断面をもう一度焼いた。


「アリス、いいぞ」


 水琴はアリスに食中毒の心配をする必要があるのかとも思っていた。しかし自分と同じように空腹になり、疲れるのなら一応注意しておくに越したことはない……と考えた。


「では、いただきまふ」


 文字通り食い気味でアリスは肉にありついた。少し焦げ付いた肉の外側がアリスの歯に噛まれ形を変える。中身が姿を現すと溶けた油と肉汁が垂れ流れ、アリスの口と地面に滴る。弾力のある肉を噛みちぎるとボタタッと落ちる肉汁。


 ほっぺを膨らませながらアリスはもぐもぐと口を動かし、目を閉じて味わう。ごくっと飲み込むと味の感想を言う事なく二口目に入る。


 水琴はよだれを飲み込む。アリスの行動はうまいという言葉を表しているに違いない。


「じゃあ、俺も……」


 何日ぶりの食事だろうか。水琴も豪快に肉にありついた。鼻を通る香ばしさ、口の中にあふれる肉汁の旨味にほっぺが落ちそうになる。

「……うっ……ま」


 食事をとった瞬間、水琴の目に涙が浮かんできた。満たされた食欲と美味しさに対する感動が水琴の心にある苦しみ、受けてきた理不尽、痛み、死の恐怖を鎖のように引っ張り出してしまったのだ。塩味すらないただの肉だというのに。


 それに気づいたアリスは食べる手を止める。自分の左手を拭いてから水琴の頭に手をのせた。

「これ、おいしい、ですよ。悲しいですか?」


 ギリギリ表面張力で留めていた感情がバケツの中に石を落としたように溢れた。水琴は口の中に残った肉を飲み込むことが出来なかった。

 焚き火のあたたかさと、アリスのあたたかさが水琴の心を包み込んだ。張り詰めた心はゆるく溶け出して、涙が頬をなぞっていく。


 アリスは肉のついた枝を地面に挿した。それから自分の右手を拭い、抱きしめるように水琴の頭に両腕を回した。


 ガラス玉のような目を通して、アリスの心には水琴の感情が流れるように伝わっていた。

 パチパチッ。木の枝が炎に揺られて水分が飛び、そんな音を鳴らす。水琴も涙も時間を経て乾いていた。焚き火の暖かさがあるにも関わらず、アリスは水琴に抱きついていた。


「水琴になにがあったのかは知りません。でも私はあなたのもの。

 どんなことでもします。あなたが正しいと全てを肯定します。苦しみなら私が請け負います。悲しいなら私は胸を貸し、抱きしめます。苦しいのなら……その元凶は私が取り除いてみせます」


 揺らめく焚き火が水琴の瞳の中に反射している。

「そう、設計されたからか」


 アリスは瞼を閉じ、抱きつく腕に少しだけ力を込める。

「わかりません。おそらくそうなのかも知れません。ですがこの感情に嘘はないです」


「説得力に欠けるな」

「そんなもの必要ないです。だって事実ですから」


「答えになってねーよ……」

 水琴は初めてアリスよりも先に寝息を立てた。

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