エルフのエレナ
どんなに進んでも終わりが見えない大木の森。動物の気配もなく景色にも慣れてしまった頃、疲れが水琴の中に蓄積する。
木の一本一本が大きいせいで自分が進んで距離を実感できない水琴は気を紛らわそうとアリスに話を振る。
「俺が死んだ後、一体何があったんだ?」
スカートが汚れないよう一部分をつまみ上げながらアリスは歩いていた。
「覚えてません。気づけばあの大穴が……
私達を襲ったルーガーもいなくなっていました」
「ルーガー?」
「あの大きな獣のことです。作り物ではありましたが」
「原種が存在するのか。とんでもない世界だなここは」
「知識として存在するのみで実在するかまでは……」
日が暮れて進むのが容易ではなくなった水琴とアリスは、大木の根に腰を下ろした。
「夜は冷えるな」
水琴は体を小さく丸める。アリスはぴとっ……と水琴を抱きしめるようにくっつくいた。水琴は照れ隠しの為に離れろとアリスの肩を掴む。
アリスは押してくるその手にぐぐぐっと力を入れて逆らう。
「いいではありませんか。寒いのでしょう?」
「いいわけあるかっ!」
「私は人形。何も気にすることは」
「お前は、ほんと人の話を聞かないな……」
「アリスと」
「あーもう! 分かったよ!」
アリスに振り回されてばかりの水琴は自分の立場が無いと嘆いた。
「すー……すぅー」
アリスの寝息が耳元で聞こえる。落ち着けと自分に言い聞かせ目を閉じる。するとアリスのぬくもりが水琴に伝わる。
「あったかいな……」
人形なのに。という言葉は口からは出さなかった。その代わりにため息をついて疲れたという弱音を漏らした。
次の日、強い日差しに照らされて目を開けると目の前に耳の長い少女が水琴を覗き込んでいた。
「なっ!!」
水琴は反射的に剣を握る。
「わっわ! ちょっ、何もしないって!」
大きく音がなる心臓をお互い落ち着かせる。
金色の髪が陽にさらされ、きらきらと輝く。長い耳は水琴と同じ人種ではないことを証明している。クリーム色のシャツは半袖、同じクリーム色のズボンは膝より上の丈。
耳のあたりの髪を左右三編みの状態で後ろで結んでいる。腰辺りまで伸びた髪が揺らめいているが、毛先の方で一度纏められている。
年齢は十二、三才ほどに見えるが……
「悪い。突然だったから……敵意はないんだな」
「うん、ないよ」
未だ寝息を立てるアリス。人形なのに睡眠が必要なのかと思う水琴だったが今はそれどころではない。
「エルフ、か?」
「あれ? 見たことない? 今はそんなに珍しいものじゃないっておばあちゃんに聞いたけど……」
「俺は……」
転移者というべきか否かと悩んでいた矢先。
「あっ、転移でもしてきた?」
簡単に言い当てられてしまったのが予想外過ぎた水琴は驚いてしまう。
「なっ!」
「珍しいことじゃないよ。いや珍しいけど……
一応親戚に転移してきた人もいるんだ。まだ会ったことはないんだけどね。服装が転移者のそれだもん」
水琴は自分の服が制服であることを忘れていた。ここでは浮いてしまうらしい。水琴はまず町を見つけたら服を揃えようと心に留める。
「転移者だとまずいことはあるか?」
「ないよ。むしろ歓迎されるんじゃないかな」
「なんの力も持っていないとしたら?」
エレナは腕を組み、少し考えると手首だけを返して人差し指を水琴に向ける。
「それ君の話?」
「……水琴だ」
「私はエレナ。そうねー……
特にないんじゃない? 今はわりと平和だし。魔王がいるわけでもない。というよりは魔王が行方不明ってのが正しいのかも」
「魔王が行方不明?」
「昔は魔王って悪いやつって認識だったらしいよ。エルフの中では魔王側だったみたいだけどね。実際は……って話をすると長くなるから町かどこかで英雄譚読んでよ。
とりあえず行方不明についてだけ話すけど」
水琴はただ頷いた。
「この世界が神によって支配され、文明を進めることが出来なかった時代。
ある魔王が誕生したの。歴代の魔王が倒される中、それは神々の遊びでもあった。そんな時に世界を変える魔王が現れたの。その魔王は実は勇者でもあってね。
神を殺して魔族、人間ひっくるめて手中に収めて平和にしちゃったの。
魔王は世界の王となった。その王は何百年もこの世界を平和に導いていたんだけど、ある日突然いなくなっちゃった。っていうのが現状なの」
「死んだかどうかもわからないのか」
エレナは再び顔を覗き込むように近づける。
「質問ばっかりね。まぁ転移者なら仕方ないとは思うけど。
君の事も聞きたい所だけど……こっちの質問にも答えてね。
”昨日の大魔法を使ったのはあなた?”」
おそらくあの大穴を作った時の話だろう。水琴は真剣な表情で言った。
「知らない。近くにはいたが、何が起こったのかは……知らないんだ」
「……そっ。まぁ本当でも嘘でもいいわ。悪い人じゃなさそうだし」
「俺も聞きたいことがある」
「ちょーっとー。まだ聞くの? 暇だからいいけどさ。学園にはまだ通えないし」
水琴は自分の質問をぶつける。
「四人組のパーティーを探してる。
男の剣士、女の召喚士、魔法使いが一人、女の剣士が一人。
隠すことなく教えろ」
口調が変わったことに気づいたエレナはさきほどより少し低い声で冷静に答えた。
「知らないよ。うーん、なるほど……恨んでるんだ。
召喚士ってことはその子に召喚されたわけだ。にしてもその表情に声。復讐でもするの?」
水琴が目を逸らすのを見たエレナは話を続ける。
「それぐらいしかないでしょ。手伝いたい所だけど私はまだ森から出るわけにはいかない。
さっきの話から察するに――なんの力も持たずにパーティーを相手取るの?」
「ああ。殺す」
エレナはため息をついた。
「はぁ……こりゃそうとう嫌なことがあったみたいね。
ねぇ、一応ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ」
「殺した後はどうするの?」
「…………殺してから考える」
「ふーん。暇だったらまたここに遊びに来なよ。村に案内してあげる。
それとも今から村に向かう?」
「復讐したいんだ。のんびりしてたらいつまでも追いつけない」
「意思は固い、か。
んで、どこに行きたいの? って分からないか」
「エルフの村にいる可能性は?」
「ないかな。パーティーを組んでる冒険者にはあまり利益ないし。弓や魔力の扱いを習いにくるくらいだろうから……
ここからだと……カラムスタ王国か、シュアレ村だと思うけど」
「どっちの方が可能性が高い?」
エレナは頬に人差し指を当てながら考えた。
「んー……四人組のパーティー。基本三人が普通だから一人は研修生かも。そうなると学園の生徒。この時期ならダグラス王国ではないだろうから、ルーヴェスト帝国かな。
それならシュアレ村の方が可能性高いかも。間違えてたらごめんね」
「俺はなんの宛もなかったんだ。むしろ助かったよ親切にしてくれて」
「森を出る手前までは案内してあげる。暇だから」
「なんの利益にもならないのにありがとな」
……話し終えると二人はアリスを見た。その後にエレナは言った。
「この子全然起きないわね」
「ああ。びっくりだ」
――水琴が思っていたほど森の外は遠くはなく、寝ぼけたアリスを連れておよそ半日で辿り着いた。だが日が沈みだしている。
見たこともない大草原に背を向けて、水琴はエレナに礼を言った。
「ほんとありがとな。見ず知らずの俺の為に半日も使ってくれてさ」
「いいよいいよ。暇だったし。また会えるかな」
エレナは知らない世界の話を聞くのが楽しかった。それに水琴と話していてなんとなく居心地がいいと感じていた。
同じ居心地の良さを感じていた水琴はエレナに言った。
「どうせ復讐を終えたら行く宛はないんだ。死んでなかったらまたここに来るよ」
「楽しみにしてる。その時はその復讐に満ちた目が穏やかになってることを期待するよ」
水琴は自分の目を隠す。エレナはくすくすっと笑った。
「ただのでっち上げ。目を見ただけじゃ全然わかんないよ。
アリスもまたね」
アリスはお辞儀をする。
「また……です」
エレナは手を振った。
「じゃあ私は村に戻るから。気をつけてねー」
水琴が手を振り返すとエレナは大木の枝まで登り、去っていった。
そしてまた二人きり。夕日に照らされ赤く染まった大草原の前で水琴は腰を下ろした。
「さすがにこの中を歩いていくのは方向感覚を保てそうにない。まっすぐ行けばいいとは言われたが……」
太陽を目印とする為に、夜明けまで水琴とアリスはその場で一夜を過ごした。