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デート

「まだ勉強してたの?」

「メリー?」


 ひとつの灯りしかない暗い部屋。水琴は一人、教科書を読み込んでいた。たくさんのメモ書きが机の上に散らばっている。アリスは寝息を立てていた。

 灯りには光る青い石。それを専用のガラス細工の中に入れて使っている。皆が寝静まっている時間帯の事だった。


「もう寝ないと朝起きれないよ?」

「そうだな。じゃあもう寝るか」


「本の文字分かる?」

「一通り教えてもらったからね。後はなんとなくかな。ある程度意味はわかるから」


「頑張り過ぎちゃダメだよ? おやすみおにーちゃん」

「おやすみメリー」



 水琴は机の上に広げられた紙を丁寧に片付けていく。ベッドで目を閉じると十秒とかからずに夢の世界へと入った。



「暗い」

 明かり一つない夢の空間。真っ暗だというのに唯一つ、更に暗いと感じる何かがそこにはあった。



「これは」

「腑抜けるなよ。最善を尽くし要らないものは切り捨てろ。それ以外は全て無駄だ。勝ちたいのなら欲せ。他人を利用しろ。他人を信じるな。他人は道具でしか無い」



「随分物騒なことを言うな。そんな事をして何の意味がある」

「結果を得ることが出来る。お前は本来そういう生き物だったはずだ」


「世の中は結果だけじゃない」

「世の中が求めるのは結果だけだ。それ以外は称賛に踏みとどまる。求められはしないんだよ」



 体が揺れる。水琴はメアとメリーに起こされた。妙にスッキリした気持ちで体を起こす。


「おはよー!」「おはようございます」


「ああ、おはようメア、メリー。あれ、アリスはどこに行った?」



「落ちてるよ?」「落ちてます」

 アリスはベッドから落ち、床で寝続けていた。



「風邪引いてないだろうな……」


 昼下がり、外においてあるベンチで水琴たちは昼食を取っていた。ルークはあいかわずおぼんごと食堂から持ち出し、芋を頬張っている。


 水琴はノービアと同じサンドイッチを食べながら感覚を研ぎ澄ましていた。どうやらそれがノービアにはバうレていたらしくこう言われる。



「そんな神経張り詰めても魔素を感じられるようにはならないと思うよ?」

「でも時間がな……」


「勝たなきゃダメ?」

「勝たなきゃ落ちこぼれのまんまだろ?」


「あたしは現状にたいした不満はないからなー……」

「俺は嫌なんだよ。自分も、周りも馬鹿にされるのは好きじゃない」


「そ? 水琴は学園を卒業してなにかやりたいこととかあるの?」

「やりたいこと? 俺は……そういうのはないかな」


「だいたいこの学園に来た人っていうのは目的があるのよ。自分や家族の期待、貴族の誇りみたいなものでね。だから頑張ってるの。

 あたしみたいに仕方なく通ってるだけなのにそこまで頑張れるのはすごいよ」



「……何、だろうな。

 ただ流されて、のほほんと生きるのもいいんだ。けど、後悔はしたくないし手遅れにもなりたくない。強くなりたい。見返したいし覆したい。何も出来ない自分でありたくない。

 それも理由の一つなんだ」



「ふーん、そっか。水琴もそっち側なんだ」


 少し寂しそうな顔をするノービア。水琴はそんなノービアに言った。


「一秒ぐらいはノービアを守れるようにならないとな」

「あはっ、あははは! そうだね。一瞬じゃちょっと心もとないかな」

挿絵(By みてみん)


「そんな笑うなよ……」

「ごめんごめん。そっか勝ちたいんだ」


「ああ。そういえば最近勉強も頑張ってる。この国の歴史、英雄譚とか成り立ち含めた仕組みなんかを知りたくてさ」

「ふーん。そんなに気になる?」


「まぁな」

「じゃあ今度の休み暇?」


「まぁ、訓練するだけだからな……」

「決まりっ」



「何が?」





 ――とある店の前。休日に水琴は一人、ノービアを待っていた。アリスはノルアやメア、メリーと一緒に留守番。ノービアにそう言われたからだ。


「やっほまったー?」

「ノービア! そんなに待ってないよ」


「そっか、良かった。じゃあとりあえずあそこ行こっか」


 そうノービアが指さしたのはかつて王が滞在していたという魔王城だった。



「行けるのか?!」


「一階は役所。広いからね。元はそういう作りじゃなかったんだけど場所を活用するためにそうしたらしいよ?

 まぁ玉座まではいけないし、問題ないんじゃない。ほらいこっ!」



 そう言われるがまま水琴はノービアに手を引かれ、魔王城へと向かった。その間、無邪気に英雄譚について話してくれるノービア。


「それで王妃はアイギアの持っていた本を媒体にしてアイギアを再びこの世に生み出すことに成功したんだって、それでねっ」



 一通り話の区切りがついたところで水琴はノービアに言った。


「アイギアはもう二度と現れない。完全に消失したってことか。

 それにしてもノービア、英雄譚好きなんだな」



「ッ、まぁね。

 楽しいお話だし、かっこいいもん。みんななにかのために戦ってる。

 ちょっと憧れちゃうな」


「今は平和だもんな」



「戦いたいってわけじゃないよ。こうやって何かのために真剣に命をかけられるのがかっこいいって思っちゃうんだ。

 私には、そういう目的はないから。ううん、持っちゃいけないのかも」



「持っちゃいけない?」


「あ、着いたよ」


 水琴の疑問はかき消される。巨大な階段が魔王城の門に向かって伸びている。ところどころ平坦なスペースが用意されているのは途中で休憩するためだろうか。



 息を切らしながら門までたどり着く。


「はぁ……はぁ……長すぎるだろ」

「人間には大変かもね。足が悪い人なんかは送ってもらえるよ」


「そりゃ便利だ……」


 門をくぐるとこれまで巨大な円柱の柱。中央の部屋は多くの机やイス、売店などが立ち並んでいる。ノービアは丁寧に説明を始める。



「ここから上の階段にはどうがんばってもいけない。拒絶されちゃってるんだ。転移でも行くことは出来ないんだって。

 んでここからそれぞれの手続きなどが行える部屋に行ける。ここは主に休憩したりご飯食べたりする場所だねー。

 なにか食べる? あたしはまだお腹すいてないけど」



「俺もまだ大丈夫」


 二人の女性が言い合いをしながら歩いてくる。片方はきれいな大人の女性。サイドテールの長い髪がなびく。手にはたくさんの書類。


 もう一人は小さめの女性。獣耳が生え、赤い瞳をしている。髪はノルアと同じ肩程度までの長さ。その獣人の女性がもう一人にこう言った。



「いつまで子供扱いするんですか! 私だってもう大人なんです! これくらいの仕事ぜんっぜん大したことないですっ!」

「はいはい。頑張りすぎてもしょうがないでしょ」


「暇なんです!」


「じゃあもっと暇にしましょうか。最近職を失って路上で生活する人も増えているようだし、人材を雇いましょう」



「――なんで空いた手でよしよしするんですかっ!」

「おっとつい……」


「むー……」


 と、ほっぺを膨らませる獣人と女性。きれいだなーと水琴が眺めているとノービアが言った。


「どっちも人妻だから手だしちゃだめだからね」

「そんなつもりはない……」


 二人がこちらに気づく。獣人の女性がノービアに笑いかける。



「あ、ノービアちゃん。来てたんだ。来てたらな言ってくれればいいのに」

「いえ、イナさん。忙しいのでしょ?」


「あー……うん」


 そしてノービアはもうひとりの女性に頭を下げる。



「ひさしぶりね。彼氏?」

「残念ながら」


「そう。私は楽しみにしてるわ。過保護過ぎるお母さんによろしくね。

 今仕事中だから、終われば一緒に」

「いえ、今日はデートなので!」



 女性は一瞬驚いた後、ふふっと笑ってみせた。じゃあねと手を振って去っていく。水琴はノービアに今の二人は知り合いか? と問う。


「そうだよ。まぁうん。親戚だよ。次はどこに行こっか」


 二人はルーヴェスト帝国の街を歩き回った。水琴の足がパンパンになるまで。



 ――空が赤くなり、端が夜になり始めた頃。ノービアは水琴に謝罪する。


「ごめんね。連れ回しすぎたね。さすがに一日じゃ回れないかー」

「そんなことはない。楽しかったよ。食事も美味かった。お金出してくれてありがとな」



「いいのいいの。私が連れ回したんだから。楽しかったー!」

「ああ。自分の足でも街をまわって今度は俺が手を引く番かな」



「まだまだあたしが連れ回すよ」

 二人は笑顔になる。路地裏で声がした。ノービアはあちゃーと声を漏らした。



「ここ貧困街だった……」

「貧困? この国にもあるのか?」


「まぁ多少はね。例えば貧困の国からこの国に来た、とか。国民登録が終わるまで居座る人もいるし、悪さをした方が稼ぎやすいのも事実だし。安い方がいいと思うのもまた事実。

 需要があるのよ」


 路地裏では声がエスカレートしていく。



「行こう」

「行っても仕方ないんじゃない?」


「それでも目を背けたくはない」

「仕方ないなー……」



 夕暮れ時の太陽は路地裏を影で真っ黒にしていた。そこではローブに身を包んだ男性がうずくまっていた。二人の男性がローブの男性を踏みつける。


「おらよ。金やるからありがたく受け取れよ」



 水琴はそれを見て言った。


「趣味が悪いな。施しをすれば何してもいいと思ってるのか」


 ローブの男性はわめきもせずに言った。



「ただの金などいらん。

 私はお金がほしいのではない。人の親切という愛、それを体現したお金がほしいのだよ。

 悪意の金など私にとって価値はない」


「あー、こいつムカついたわ。誰も見てねーだろ」


 拳を振り下ろそうとした瞬間、水琴は口を開く。


「見てるんだが」

「ああ? カップルか。女にいいとこ見せたくてでしゃばったか?」



「安心しろ見てられなくなっただけだ」

「そのまま見ぬ振りしとけよ」


「クズが」



 男は目線をノービアに移す。


「へー……いい女連れてんじゃん。胸も若さに似合わずでっけー……揉ませてくれよ」


 そしてもうひとりの男も近寄ってくる。


「おお、こりゃ確かにいい女だ……」


 なんの脈絡もなく男の一人は水琴に拳を振るった。その瞬間、もうひとりの男がなにかに気づき、叫んで止めようとする。


「待てそいつは学園の生徒だ!」



 制服を見て男はその判断をした。しかしすでに男の拳は止まらない。リィーナとの特訓をしていた水琴にとって、その拳は遅すぎた。拳は水琴に避けられ簡単に懐に入られる。水琴は渾身の力で男のみぞおちに拳を入れる。


「がッ……」


 男はうずくまった。もうひとりの男は仕方ねぇと叫び、魔法詠唱を始めた。その魔法が発動する直前、男の後ろにローブの男が立っていた。


 男はローブの男に気づき振り向く。三メートルの巨体に言葉を失う。家の壁に男はめり込んでいた。ローブの男が頭を掴んで埋め込んだからだ。



 ローブの男は静かに話し始める。


「死んじゃいない。今の親切は嬉しかったぞ少年。

 だから忠告しておこう。その剣を持ち続けるのはやめておけ。他国の剣など腰に下げるな」


「あんた、魔族だったのか」



「狼男だ。この国じゃ不思議ではないだろ。

 あまり他人の為に戦いすぎるなよ。じゃあな」


 ローブの狼男はその場を去った。


「強かったな……」

「戦い続けてきた戦士なのかもね。傷だらけだった」


「ああ。それがなんで……」



 再び騒がしい声が聞こえてくる。その声を聞いた途端、ノービアが怪訝そうな顔をする。


「げっ……」

「ノービアァァァァァ!」


「ま、ママ……」


 露出の高い服、ノービアと同じように角がはえ、長い髪は先でウェーブしている。ノービアほどではないがその巨乳でノービアの頭を包む。


「帰ってくるの遅すぎるわよぉ……心配させないでぇ」

「ほ、ほへんまま(ご、ごめんママ)っぱっ! 邪魔!!」


「ひどいぃ……あら、この子は?」

「最近編入してきた水琴」


「あらそうなの? 娘をよろしくね」

「は、はい……」


 水琴はノービアの耳に近づきこっそりと話しかける。



「なんか、こう強烈な母親だな。露出度高いし、ニコ先生と同じくらいじゃないか? てか愛されてんな」

「過保護なだけよ。まぁ仕方ないと言えば仕方ないんだけど……」



「というと?」

「ママはあたしを八百年はらみ続けたままだったらしいのよ」


「はぁ?!」

「うん、驚くよねあたしも普通驚くと思うよ。でも事実。それでやっと産まれた一人娘だからそりゃーもう溺愛ってことらしくて」



 水琴はなるほど……と衝撃の事実に面食らいながら頭を抱える。

 ノービアが足に違和感を覚える。先程倒れた男が足を掴んでいたのだ。


「てめぇ……覚えてろよ。このままで済むと」

 ノービアの母親がその魔眼で睨みつける。


「その汚い手を離しなさい」

 男はその言葉と目線によるプレッシャーだけで気を失った。近くにいた水琴でさえ背筋がゾッとした。



「ママ……あたしなら大丈夫だから」

「ほんと? 大丈夫?」


「あーごめん水琴。今日はこれで解散。ママ、お願い。水琴はノルアの所によろしく」

「そう? 水琴さん。うちの娘をよろしくおねがいしますね」



「え、あ、はいこちらこそ……」


 次の瞬間、目の前にはノルアの屋敷があった。

「は?」



 今日は混乱するばかりの日だ。とおもいつつも水琴は言った。


「たまには羽根を伸ばすのもいいな。楽しかった。

 なんか忙しなかったけど」

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