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イツ

「英雄譚に書かれているパンドラキューブ。これはいわゆる大きな箱である。見た目の話ではない。性質の話だ。

 大量の魔素や魔力を溜め込むことができ、それを使用者が自由に扱うことが出来る」



 教師の声がエルスクラスに響き渡る。


 連日の特訓により、水琴は授業中起きていることが難しかった。しかし、この世界を知ることが楽しいとも感じていた。とは言っても一度眠気に襲われると起きれないものである。授業が終わる直前、水琴は深い眠りに入ってしまった。


 授業が終わった頃、ノービアと共に眠り込んでしまっている水琴を起こすかどうかノルアが悩んでいた。



「起こすべきでしょうか……でも最近あまり眠れてないみたいですしここはそっとしておいたほうが……」


「あら、寝かせておいてもいいんじゃない? 私はその方が都合いいもの」

「そうですよね、ん?」


 ノルアが振り向くとそこにはエルスクラスではない生徒が数人立っていた。



「こんにちわノルア。うちのイツが迷惑かけてるわね」


「あ、あなたは……

 フィードビークラスのエリー・シア・ニケラスさん……」


「あらフルネームでありがとう。そうよ。うちのって言っても……もうそちらのだけど。

 ねぇ、イツ?」



 イツは鋭い目でエリーを睨む。


「あら怖い。もう一度無様な姿にしてあげましょうか?」

「ちっ……」



 イツは黙って教室をあとにした。


 エリーは水琴を眺める。

「随分と気持ちよさそうに寝るのね。そこの乳袋と同じように」



 視線を上から下まで隅々と見ていく。

「ふーん……」


 なんの前触れもなく突然炎が水琴を包んだ。瞬間的にアリスが水琴を守ろうと動く。それよりも速く――寝ていたはずのノービアがエリーの首に手を被せる。


「誰が乳袋よ小動物の分際で」

「あら、起きてたの?」



「寝てたわよ。あんたのせいで起きたんでしょうが」


 巻き起こっていた炎は消滅した。エリーが自分で消したのだ。再び水琴とアリスに目を向けるとほほえみながら言った。



「まぁいいわ。

 ……随分と面白そうなことになるんじゃないかしら。ふふっ。

 今度の御前試合楽しみね。エノア様が見てくれていたのなら良かったのだけど……

 落ちこぼれが落ちこぼれらしく死ぬ所を」


「イカれてるわほんと」

「お互い様でしょ”臆病者”」


「……」



 エリーはこれ以上事を大きくせずに立ち去った。廊下で取り巻きと共に歩きながら呟いた。

「気に入ったわあの二人。水琴と……アリス」


 そんな出来事を他所に水琴はあくびをしながら目を覚ます。目をこすりながら周囲を見渡すといつもと違った雰囲気に気づく。


「何かあったのか?」



 ノルアはなんでもありませんよと答えた。しかし、ノービアの暗い表情、ぴっとりとくっつくアリス。なんでもないわけはない。


 水琴はあえて何も聞かなかった。そうするべきではないのだろうと判断した。



 その頃、誰もいない校舎裏でイツは荒ぶっていた。

「クソッ、クソクソクソがッ!」


 近くにあった木に拳を振るって叫んだ。拳のあたった部分は大きく削れ、血が混じっている。

「エリー……あの野郎……」


 木によりかかりながらイツは考え込む。どうやってビークラスに戻るかだ。もう何度も考えた思考をさらに繰り返す。



「御前試合であいつらに勝てばビークラスには戻れるかも知れねぇ。

 だが、戻った所で意味がない。それだけじゃだめだ。

 エリーより上に立つ必要がある。あいつの言う通りに生きるなんざごめんだ。

 けど、力が足りねぇ」


 その校舎裏に複数人の魔族がやってくる。

「お前らか。なんだよ」



 少し話し込んだあと、彼らは言った。

「まぁあとはただの……憂さ晴らしだ」


 ――そこに残ったのはぼろぼろになり、立ち上がることすら出来なくなったイツ一人。

「これじゃ、これじゃだめなんだよ。

 もっと強くならねぇと。あんな小物数人、ひねる程度に強くならねぇと」


 イツは更に思考を巡らせ独り言を続けた。


「水琴、アリス。あいつらはだめだ。弱すぎる。俺がビークラスに戻るには”結果”を残すしかねぇ。ノービアも戦う気はないだろうしな」

挿絵(By みてみん)


 血反吐を吐きながらイツは立ち上がる。いくつもの魔法を使い、それを制御する訓練をひたすら続けていた。



 時間も遅くなり、イツは自分の屋敷へと戻った。


「おかえりにーちゃん!」

「ただいまサク」


 サクと呼ばれた少年はおよそメア、メリーと同じくらいの年だろうか。小綺麗な服を来て今のイツとは対称的だった。



「にーちゃんまたボロボロだね。学園大変?」

「ああ。だが心配するな。大丈夫だ」


「ボクもにーちゃんみたいになれるようがんばるよ」

「やめとけ。お前らしく生きろサク」


「はーい。食事できてるよ。いこっ」

「ああ」



 食卓へと向かう二人。そこにはすでに一人の女性が座っていた。イツとサクの母親だ。侍女達は壁に沿って立っている。イツの母親は鋭い目つきでイツの服装を見ながら言葉をかわした。



「イツ。そのみすぼらしい姿はなんですか」

「すいません。戦闘訓練で」


「貴族たるもの優雅に。あなたの亡き兄のように傷一つつかぬよう戦いなさい。

 あの子も失敗作だったけれど」

「……」



 イツは黙って食卓につく。侍女からお召し物を取り替えますかと言われたがそれを断った。

 サクは一人元気に会話を始める。こんなことがあった。あんなことがあったと無邪気に今を楽しんでいた。


 にもかかわらず母親はイツに冷たく言った。



「あなたも失敗作であるのなら」

「分かってます」


「ええ。サクもそろそろ学園に通う準備をしないと行けませんから」

「……まだいいでしょう」



 ――――。

 母親はため息をつくと、イツに対してこう聞いた。


「ビークラスはその学年で最高のクラスですか?」

「ええ、限りなく強いと断言します」



「そうですか。当然あなたはトップなのですよね?」

「はい」


「その言葉、今は信じましょう」


 時間が過ぎ、母親は食卓を離れる。サクも眠ってしまい侍女に連れて行かれる。一人の侍女がイツに話しかける。



「イツ様、大丈夫ですか?」

「ああ」


「他の侍女はおりません。自由にお話ください」


「俺のクラスに学園長推薦の生徒が二人来た。だが戦力外だ。ビークラスに戻るにはきついだろうな。ルークと俺が勝っても残りは負ける」




 机の上においていたイツの手に力が入る。その手に侍女は自分の手を乗せる。


「わたくしは侍女でしかありません。ですがお話を聞くことはできます。どうか気を確かに。サク様を学園には通わせたくないのでしょう?」


「普通に話してくれていいぞマキ。幼なじみなんだからよ。それにお前を侍女にしちまったのはうちの親父がマキの家を潰したからだ」



 マキは悲しそうな目をして言葉遣いを改める。


「……気にしてないよ。

 イツ……お兄さんみたいに死んじゃだめだよ。もし捨てられたら私と一緒に」


「もしもの話なんかするな。大丈夫だ。

 先の殲滅戦で兄さんが死んだようにはならない。この国に敵対する国なんかもうない。

 この家の位を上げる。それさえ出来ればいいんだ」



「分かった。期待してるから。

 ――――イツ様、お休みになられてはいかがでしょう?」


「先に風呂に入ってくる。新しい服を用意しておいてくれ」

「かしこまりましたイツ様」

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