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御前試合

 水琴は最初の休日を魔素を感じるための訓練に費やしていた。

「上手くできないな」


 ノルアの両親に充てがわれた部屋で水琴は理解できない魔素とかいう力に頭を悩ませていた。

「感じられませんか?」


 すでに魔素という実態を理解しているアリスは分からないという感覚が”分からない”

 力になれないことにもどかしさを感じながら、アリスは水琴に問いかけていた。


「無理だ……わけが分からない。酸素を感じ取れと言われてるのと変わらないな」

「私は特殊ですから魔素を感じるコツを教えるのは……」



「分かってるよ。それが何かは分からないが魔法は使うなよ。他の能力もだ。いくら学園長が知っているとはいえどこまで守ってくれるのか分からない。

 お前が原初の作った人形であることはバレるな」


「はい」



 一時間、二時間と手のひらを見つめながら深呼吸していたが全く進まない。終わりの見えない訓練に弱音を吐く水琴。



「だめか……

 ある程度戦闘能力は持っておきたいのに魔素が見えない……

 経験や動体視力、ただの身体能力だけでどこまで戦えるか。

 一ヶ月後に御前試合があるなんて聞いてねーよ。こっちは無能力だってのに」



 それは休みに入る最後の登校日。授業終わりに顔を出していた担任、ニコ・メフィアは忘れてたーと慌てて黒板にこう書いた。


「御前試合が一ヶ月後にありますっ! えっと、そのっ、五人出てくれない? 本当はもう一ヶ月前に言わなきゃなんだけど……」


 水琴は思った。五人。このクラスにいるのは八人。ほとんどが参加しなければならない。

 ノービアは机を強く叩いた。


「ニコちゃんっ! そういう大事なことは忘れちゃだめだよっ!」

「うっ、ご、ごめんねぇ……」



 サキュバスだというメフィア先生は小さい悪魔の羽が頭と背中から生えている。それをパタパタとさせる。胸元に手を置いて必死に謝っている。その胸元は大きく開いている。


 ちなみに彼女は処女である。男性に触ることが出来ないサキュバスの新人教師。

 結局メフィア先生はノービアに怒られ続けた。メンバーは相談で決まった。


 ため息をつきながら水琴は記憶をたどる行為をやめた。



「――人数は五人。

 俺とルーク、イツ、そしてノルアとノービア。

 アリスは当然だめだ。スフィールはそもそも会話すら難しい。ぴったり一定の距離で逃げるし……ヴェートは戦闘能力皆無だからと断られた。

 ノービアは参加してくれたが即刻リタイアするとか言ってたしな……」



「勝つ必要があるのですか?」


「相手がフィードビークラスだからな。魔法を放たれた事とルークの件で仕返しもしたいし、このまま落ちこぼれと言われるのもな。

 学園長のシェフィが言ったのはそういうことだ。落ちこぼれでないと証明すればいい。だが勝つ可能性があるのはルークとイツ。

 ノルアとノービアは……期待できないだろうな。そうなると必然的に俺だ」



 考えを巡らせる水琴に対し、アリスは問いかける。


「一ヶ月の準備期間で勝てそうですか?」

「勝てそうだと思うか?」



「無理です。負けないことは可能だと思います」


「死なないことはバレたくない。

 だが負けたくもない。この一週間さんざん嫌がらせされてきたからな。

 この鬱憤を晴らさないと夜も眠れない」



「ぐっすり八時間でしたよ」

「台無しなんだが」


 部屋の外からメアとメリーの楽しそうな声が聞こえてくる。


「わー! リィーナおねーちゃんだー!」

「リィーナさん! お久しぶりです!」


 会話を聞く限りリィーナがノルアの屋敷に足を運んだようだった。そして水琴の部屋の扉をノックする。



「入っていいか。リィーナだ」

「どうぞ」


「やっ。元気だったかな」

「どう見える?」


「疲れた顔をしている」

「正解」



「また膝枕でもしてあげようか」


 いたずらする子供のような顔をしながらリィーナは水琴にそう言った。



「学園の人気者にそんなことさせたら優等生達になんて言われるか」

「茶化さないでくれ。っと、そうか。やはり未だに差別はあるのだな。あの時限りではなく……」



「あぁ。小さな事から大きな事まで」

「これからはすべての用事を後回しにして一緒に登校しよう」


「忙しいんだろ?」

「だが私は守ると言った。それを実行しないのは私のルールに」



「いいよ。こっちもこっちで火がついた。

 それで今日はなんの用だ?」


「字を教えるという約束をしたからな」



「それならメアとメリーに教えてもらってるよ。ノルアにもな」

「ん……これでは私は約束を何一つ守れない騎士となってしまう」



「なら、御前試合で勝つにはどうしたらいい」

「そういうことなら任せてくれっ!」



 リィーナは胸を大きく張ってそう言うと水琴とアリスを屋敷の外に連れ出す。


「まずは負けないこと。そして勝つための手段を最低一つは作ることだ。いわゆる自分の強みで他人に勝っている部分を見つけるのだ。

 確かなんの力もないと言ったがあの復讐を見ていて動体視力は非常に高い。それとも経験則かな? 私が水琴に才能を見出すのならそこだ」



「ほう、それで俺は今剣を握らされていると」

「そうだっ。まずは私と手合わせしてもらおう」



「剣術で右に出るものは居ないというリィーナを相手に? 俺が?」


「火が付いたのだろう? 剣術のみで魔術師や魔法剣士、魔法使いに勝ちたいのならそれを極めて凌駕するしかない。

 いつでもいいよ」



「無茶言うよ……」


 水琴が愚痴をこぼすとリィーナは片手で剣を持ち――構えた。


 水琴はあの日拾った片手剣を右手でぎゅっと握り込み、深呼吸した。

 踏み込んだつま先が土に埋まり、つま先が離れると同時に土は細かく飛び散る。水琴は剣を後ろに構えた。水琴の剣は後を付いてくるような形。走り出した水琴を見たリィーナは腰を少し低く構える。


 お互い攻撃可能な間合いとなる。水琴は右斜上から剣を振り下ろす。リィーナは最短最速で剣先を水琴の剣に当てる。ほんの少ししか触れていないのに剣が外側に弾かれる。



 水琴の目に写ったリィーナの行動はスローモーションだった。死ぬ直前のような遅さ。

 瞬時にリィーナは上半身を深く沈み込ませ、水琴の懐に入る。空いた左手で水琴の胸を押す。


「ぐっ!」



 軽く押されただけなのになぜか息が止まる。水琴は押されたことを利用して半歩後ろに下がる。

 水琴は心の中で落ち着けと唱えた。


 見えないわけではない。思い出せ。あの地獄を。理不尽な死に晒された心に恐怖を埋めつけられたあの瞬間を、時間を……!


「ふー……」



 水琴の目つきが変わる。リィーナはそれに気づき、追い打ちをしようとしていた自分の体勢を戻した。構え直し、水琴に視線をあわせる。

 次に攻撃を始めたのはリィーナだった。緩急を使いながらただでさえ速い剣がさらに速く感じる。


 突き出された剣を水琴はスレスレで避ける。

「首元に剣。一秒後に加速」


 水琴はリィーナの癖を読み取っていた。それは長年積み重ねた格闘ゲームで勝つ為に必要だった洞察力。



 片手では弾かれると思った水琴は両手で剣を握り、加速し始めたリィーナの剣に自分の剣を当てる。お互いの力が均等で動きが止まる。

 リィーナはすかさず、もう片方の空いた手で水琴の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。その時、リィーナの剣が抵抗を失い空を切る。手の先にいるはずの水琴がいないのだ。



 先ほどとは逆。今度は水琴がリィーナの目前に迫る。


 水琴は剣をリィーナに突き立てようとしていた。しかし、その手に剣は握られていない。そして見覚えのある感覚が水琴を襲う。


 二回目のためか力の流れが分かった。水琴はほとんど力を受けず、空を見ていた。




 ――自分の剣が地面に突き刺さっている。



「俺の負けか。毎度の如く最後は何されたか分からなかったが、直前の俺の剣はどこいったんだ」

「顔の横にあるじゃないか」


「そういうことではなく」



「冗談だよ。今のはズルだ。

 スキルを使うつもりはなかったんだけどね。あまり人前で見せるものではない。

 実際は君の勝ちかな」


「どうかなー……

 本気の殺し合いなら分からないし動きが人間のそれを超えなかった。魔力も魔素も使ってないんだろ。グリッドを殺した時のような鋭さはない。

 殺さないように手加減してた相手に君の勝ちだと言われてもなー」



「ふふっ、御前試合であれば殺さないように手加減をするのは普通だ。

 魔素も魔力も使っていないのは正しい。強くなるにも段階というものはある」



「んで、俺は勝てそうか?」


「見込みはある。相手が最上位魔法でも使ってこなければ身体能力で大体避けられるだろう。大規模な魔法を使う相手に当たらないことがまず条件。

 そしてその洞察力。私の癖をすぐに見破ったその実力はたしかなものだ。相手の魔法の形、速度、規模を理解し立ち回れるのであれば魔素も魔力も使わずに勝てるだろう。

 だが、使えるに越したことはない。精進するように」



「あーぼこぼこにされたな。

 でもそうか、勝てる見込みはあるか。頑張らないとな」



「期待しているよ。これからも時間がある時は稽古をつけてあげるさ。次からは問答無用で身体強化を使うし、その次の段階からは魔法も使っていくからなっ」


「しんどそうだな……

 リィーナは魔法剣士なのか?」



「いや、私は剣一つで戦うスタイルだ。授業で基礎は覚えたよ。いつか使う時がくるかも知れないと思ってね。大正解だった」



 アリスが水琴の体をゆっくりと起こす。そのまま自分の胸で寝かせる。その様子を見ていたリィーナは水琴が寝たのを確認し、アリスに聞いた。


「随分近いな。ふ、ふふ、二人は……恋人なのか?」


「恋人? 体を重ねたこともありませんし、キスをしたこともないのでおそらく違うのだと思います」



「そ、それにはしては距離感が」

「水琴の静止を振り切ってたら諦めてくれました」



「押しが激しいんだな君は……アリス、と言ったかな」

「はい。アリスです。どうぞ今後ともよろしくおねがいします」


「ああ」




 水琴が休憩している間リィーナは一人、木に寄りかかりながら考えていた。


「ふむ……水琴は押しに弱いのだろうか」

挿絵(By みてみん)


「何が弱いんですか?」

「の、ノルア?! 聞いていたのか?!」


「わっ! いえ、弱いという言葉しか……」

「そ、れなら、いいんだ。忘れてくれ。水琴に字を教えてくれているそうだな。

 ありがとう」



「い、いえっ……メアとメリーの方が時間を使ってくれてますし……」

「だが君も教えているのだろう。私の役目を……すまないな」



「そんな……私は、ただ水琴様の為ならどんなことでもするつもりで……」


 リィーナは数秒置いたあと、ノルアに忠告した。



「その考えはやめておくといい。言われるがままなんでもするのではなく、相手が良い方向に働くように努力するべきだ」

「? 言ってる意味がよく……」



「いや、そのうち分かるかもしれない。頭の隅にでも置いておいてくれ。

 メアとメリーは随分水琴を気に入っているようだな」


「はい。やはり新しい人が来たからというのもありますが、水琴様もアリスさんも世話を焼いてくださるので、うれしいのだと思います」



「それは良かった。私も最近は遊びに来れてないからな」

「いつでも顔を見せてください。メアとメリーも喜びます」


「そうするよ。

 さて――水琴ッ! いつまで寝ている! 私の時間はあまりないから立ってくれ!」



 水琴はよろよろと起き上がりながら言った。


「そっちの都合かよ……

 ま、お願いしてる立場だから文句はないけどな」

「よしっ、始めようか」

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