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侮辱

「スフィール。お前は今日もか。

 このクラスはほとんどの生徒が実習をサボる。

 まぁいい。各々の実力はだいたい把握している。所詮はエルスクラス。嘲笑われるだけのポンコツ共か」


 イツ含めエルスクラスは一切の反応をしなかった。どんなに笑われても黙っている。



 一人の身長低めの女の子が近づいてくる。

「もう授業は終わりですよね」

挿絵(By みてみん)

 明るい茶髪、ベレー帽をかぶったミディアムヘア。ウェーブがかかり最後は内側に向かっている。サイドにつけたリボンの飾りが髪先まで続いている。制服のアレンジは少ないが、スカートが少し長い。


 先生が頷くと彼女はイツに話しかけた。



「落ちぶれたものねイツ」

「何の用だエリー」


「いえいえ。ただ、反応を見たかっただけよ。どうかまたビークラスに戻ってこれるようにがんばってね」


「本心じゃ思ってねーくせによ」

「口の聞き方に気をつけるのね」


 水琴達からはイツの背中しか見えなかったが、怒りに震えているのは分かっていた。イツは黙って教室へと戻っていった。



 早めに授業が終わったため、ノービアはスフィールに声をかける。


「スフィールー……今日からはノルアいるから、今までありがとねー」

 水琴はノービアに何か世話にでもなったのか? と聞く。



「え? あーうん。あたし午前中は基本寝てるから移動の時は誰かにくっついてるんだよね。今日は水琴だったし。以前はノルア。ノルアが居なかったからスフィールに頼ってたの。もしくは寝っぱなし」


 ノービアは人差し指を上に向け、思い出すように言った。スフィールは俯いて、目を背けながら言う。



「ほ、ほんと迷惑でした……力なんてないのに、でも移動しなきゃいけないから……」

「ごめーん。今度ご飯奢るからさ」


「け、結構なので、ほんと……」


 そそくさとスフィールはその場を後にした。



「嫌われちゃったかなー」



 水琴はノービアに言った。


「あれは嫌ってるんじゃなくて人を避けてるんだろ」

「およ? はてさてその言葉の根拠は?」



「視線をずっと逸らしてる。前髪も少し長くして度が入ってないメガネをして、誰にも顔を見られないように、”顔を見ないように”ずっと俯いてたからな」



「良く見てるねー。惚れた?」

「んなわけ」



「でもよく見るとかわいいよスフィール。顔見せないから分からないけどすごい整った顔してるからね。魔族みたいだけど」


「えっ、そうなのか?」



「耳が少し尖ってたでしょ? 魔力を滞在させてるとこ見るとね。まー人間でも魔力を滞在させているのいるけどさ。ルークとか」



 先の事件があったにも関わらず、何も気にしていないルークと合流。まるで教師一人しか居ないような授業を受けた後、昼食の時間になった。



 アリスが目を光らせながらごはんを食べたいという欲求を伝える。ノルアが食堂がありますのでとルーク達も含め一緒に向かった。




 学校を出て、近くの屋上がある建物に向かう。外から見る限り、屋上には日傘が置いてある。建物は石レンガと暗い茶色の木材を使って建てられている。



 中には長机が並べられ、一番奥に調理場が存在していた。


「ここが食堂か。はいアリス先に行かない」


 周囲を観察しようとしていた水琴を置いてアリスは食堂の奥へと向かって一直線に進もうとしていた。水琴はその首根っこを掴み、足並みを揃えさせて前に進む。



 それぞれがステーキやら魚料理やらを注文する中、ルークはじゃがいもを蒸した料理を大量に注文していた。水琴はその皿いっぱいに盛られたじゃがいもを見て言った。



「随分食うんだな」

「ああ、結構食べるんだよ俺。お金もないからさ。単価が安くていっぱい食えるやつじゃないとやっていけないんだ」



「そうか……」



 水琴はノルアに面倒を見てもらっている。自分で金を稼いでいるわけではない。だから何か奢ってやるということは出来ない。栄養価的に問題ないのだろうかと水琴は心配していた。



 ルークは話を続けた。


「だから俺は冒険者とか上級兵士になって魔物を倒して、迷宮を攻略したりして腹いっぱい食えるようになる。それが夢なんだ。

 後は俺を拾ってくれた家族に楽をさせたいとか、かな」



「何か事情がありそうだな」

「あはは、まー貴族でもないのに学園に通うってのは結構訳ありが多いん」



 フィード・ビークラスがルークにわざとぶつかる。地面にルークのじゃがいも料理が散乱してしまう。ルークはただ黙っている。フィード・ビークラスの人間はこう言った。


「わりー。あまりにも粗末な料理で土に返してやらねーとって思っちまってさ。ごめんな。

 俺が新しいの買ってやろうか? なんて注文すればいい? ボアの餌か?」


 その身内だろうか。周囲の人間が笑っている。だがさすがのフィードクラスとはいえ、その様子をよく思わないものも多いらしい。ただ何か行動を起こすわけではない。かわいそうにと憐れむだけだ。大半はその様子を見て笑っている。異常だ。


 ルークは地面に落ちたじゃがいもを食べようとした。ルークにぶつかった奴が顔を歪ませながら言う。


「うわっきったねー。まじかよ」



 イツがルークを蹴り飛ばす。


「んなもん食うんじゃねぇ!!」



 ルークは蹴り飛ばされ、近くの椅子をぶつかってしまう。しかしルークはすぐに立ち上がり、じゃがいもに手をつけようとした。イツはルークの胸ぐらを掴んで持ち上げた。



「食うなっつってんだろうが!! 人間としての誇りってのがおめーには」



 ルークは、本当になんの裏もなく言ってみせた。


「床に落ちた食い物になんの問題があるんだ」



 床に落ちていようがなんだろうがルークにとって皿に盛り付けてあるのと大差はない。それが侮辱行為だと理解はしていても、ルークには通じない。




 水琴はイツの腕に手を置いた。


「イツ。離してやれ。気に食わないだろうけどな。

 ルーク。食べるな。ノルア、悪いが新しいの買ってやってくれないか? 俺の出世払いで」



 ノルアははいっ! と返事をする。ノービアは地面に落ちたじゃがいもを皿に戻し、ゴミ箱に捨てた。そして食堂のおばちゃんに頭を下げる。イツは舌打ちをして手を離した。


 アリスは手に持っていたステーキの皿を机に置く。水琴の怒りがアリスにも流れていた。水琴はフィード・ビークラスの男を睨みつける。



「なんだよエルスクラス」

「てめぇのその行動になんの意味があるか教えてくれよ」


「あ? 憂さ晴らしだよ。お前らと違ってこっちは日々貴族の問題で大忙しなんだ。それを無能共使って鬱憤を晴らすのさ。

 俺たちのおかげでこの学園があるんだ。別に構わないだろ。むしろ無能共が有効活用されて良かったじゃねぇか」


「てめぇにそれだけの権限も資格もねぇよ」



 グリッドを殺した時のような鋭い視線を向ける。


 アリスもまた、自身の能力を使おうとした。水琴のその行為を全肯定する人形はその場にいる敵対するモノをコロソウトシタ。



「なんの騒ぎだ!」

 食堂の入り口から聞こえたその声はリィーナのものだった。



「「きゃああ! リィーナ様っ!」」


 辺りがざわめきだす。以前ノルアが”来ていたら分かる”と言ったのはこういうことだった。今まで起こっていたことなど忘れてしまっているかのような盛り上がり方。



「水琴。これは一体なんだ」

「よーリィーナ。随分遅い登校じゃないか」


「結構忙しくてな……あいさつは後だ」

「ちょっとしたいざこざだよ。落ちこぼれであるがゆえの」



「ッ! まだそんな」


 ルークがリィーナの前に腕を出し、静止させた。



「俺は何も思ってないんで。怒ってもいないし軽蔑もしてない。眼中にないんで。俺だけになら何をされてもいいですよ」


「しかし……仕方ない。当の本人がそう言うのであればこれ以上は無粋というものだ」



 リィーナは場を落ち着かせた後、携帯できる食料を頼んですぐに食堂を出てしまった。

 ルークはみんなにありがとうと礼を言った。その後は特になにも起きず、食事を済ませた。

 昼下がりの大きな木の下にある円形のベンチ。自分たち以外おらず、程よい暖かさと時折吹くそよ風が眠気を誘う。


 ノービアとアリスがノルアの膝や肩で寝る中、水琴はルークと話していた。


「ルーク。勝手に怒って悪かったな」

「俺の為だろ? うれしかったよ。今日が初対面だってのにさ」



「ごはんがない苦しみを一度味わってるからな。床に落ちてようが気にしない気持ちは分かるよ。何か事情があるのか?」


「この大食らいのせいで結構苦労したってのもあるけどさ……

 一番の理由はこれかな。

 俺は孤児なんだよ。ルーヴェスト帝国との戦争で、いや……制裁かな。それで両親を亡くしたんだ。今は俺を拾ってくれた相手国であるルーヴェスト帝国の兵士に養子として迎え入れてもらってる。

 もう十年も面倒を見てもらっててさ」



「じゃあこの国はルークにとって仇、なのか?」



「親の、といえばそうかな。でも俺としてはむしろ恩がある国だよ。

 俺の故郷は人を魔族に変える実験を国絡みでしてたんだ。俺も実験台の一人。人間であるにも関わらず魔力と魔素を生まれつき半々自由に使うことが出来るし、魔法使いでもなければただの人間でしかない親を持つ俺が固有の魔法を持ってる。


 ルーヴェスト帝国はそれを良しとしなかったんだよ。不完全な人間を大量に作り出しては殺していたんだから同然だ。俺の親もそうやって殺してたんだ。もし俺が失敗作なら……今ここにいないだろうな。


 戦いが終わって放浪してた俺はルーヴェスト帝国を目の敵にしててさ。捕まったらどんな酷いことされるか分からない。そういう”教育”を受けてたんだ。


 極貧生活をして、ついには空腹で倒れた。それを拾って育ててくれたのが今の親。最初の頃は反抗してたくさん怪我させちゃったけど、それでも叱りながら育ててくれたんだ。



 だからこんな落ちこぼれだの優等生だのくだらない理由で俺は退学するわけにはいかない。

 父さんと母さんに美味しいもの食わせたいいんだ。貴族でもない親が学園に通わせるのは相当な苦労がある。その期待に応えたい。

 な? あの程度大したことないんだよ」




「ルーク、お前……苦労したんだな」


「あはは。初対面でこんなこと話せるとは思わなかったよ。

 あ、でもそれは自分の事だけで友人が危険にさらされたら俺だってさすがに怒るさ」



「実習の時か。助かったよ」

「追い出されちゃったけどな。お互い辛い立場だけどがんばろうぜ」


「ああ。ぬくぬく温かい飯食ってるやつらに負けないようにな」

 二人は握手を交わした。

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