やつあたり
「と、言うわけでして水琴様、アリスさん。明日はお二人とも学園に来ていただけますか?」
ノルアは先日の出来事と要件を二人に伝えた。
水琴は頷いた後、学園について問いかける。
「学園ってのは何を勉強してるんだ?」
まだ文字の読み書きが拙い水琴にとって、より難易度の高い勉強というのは不安の要素が強かった。
人差し指を立てながらノルアは説明に入る。
「主に魔法に関する事が大半です。後は国に使えるために基礎知識、経済、人の心や文化などについても勉強します」
「魔法がある以外はわりと日本と変わりない……か」
「後、その……学年ごとに一クラス、落ちこぼれと言われる出来損ないクラスが存在しています。
そのクラスを――エルスクラス。
他のクラスを――フィードクラス」
「そんな分け方をするのか?」
「はい。学園長はおもしろいじゃないと……」
「やばいやつだな」
「何か狙いがあるのでしょう。でも私には全く検討がつきません。卒業後の進路にあまり影響はないらしいですが精神面ではどうなのかと思います。
かくいう私もその落ちこぼれクラスですし」
「? なんでだ? ノルアは貴族だし、召喚も出来るんだろ? 王族のリィーナとも仲がいいじゃないか」
「貴族は当然とした場所ですし、召喚出来ても私は戦わせられないんです。召喚した魔物も弱いですし……
スィーちゃん」
デフォルメされた手のひらサイズの体が長い魚に見える生き物が魔法陣の後に出現した。
体は白く、鱗は大きく、目は赤い。うなぎのように長い体を揺らしながら空中を泳いでその場に漂っている。
「なんか……かわいいな」
「こんな感じでして……アシッドボアでさえどうやって倒せば良いのでしょう」
「……喰われそうだな」
「そうなんですよぉー!」
泣きながら水琴に言ったノルアはスィーを戻して話の続きを始める。
「受けられる授業に差はないんです。言葉遣いは見下されていますが……
でも一番の問題は他クラスに差別をされることです。正直人権など無視してきますし何をされるか分かりません」
「なんで学園長はそれを無視してるんだ?」
「度が過ぎたものは止めてくださいますが、それ以外は放任しています」
「……そうか。とりあえず気をつけた方がいいな。俺もアリスもノルアと同じ落ちこぼれクラスに入れられるだろうからな」
「間違いなく……
貴族ではありませんし、魔力や魔法の扱いも出来ない。落ちこぼれクラスの私が召喚したという事実もありますし。その点は伏せて頂けると思いますが……」
「待て、話したのか?」
ノルアは慌てて口元を隠す。そしてすぐに訂正に入った。
「っ! ち、違います! 全部バレバレだったんです。私は何も言っていないのに全部当ててきました。アリスさんの事もご存知です」
「頭が切れるタイプか……
リィーナやエレナよりも厄介そうだな」
ノルアは勢いよく立ち上がる。
「な、なにをされても私がお守りします!」
そう意気込むノルアに水琴はほどほどになと声をかけた。
次の日、理事長室の中。水琴とアリスは椅子に座らずに立ち続け、シェフィの反応を待っていた。シェフィは椅子に座りながら二人を眺めている。
「久しぶりねアリス。と言ってもあなたは私の事を何も知らないのでしょうけど。リドが黙って情報を与えたのなら話は別だけどね」
「すいません。情報は与えられていません」
「いいのよ。さて、あなたがガディの迷宮を攻略したのね。
誰が見つけたのか、道中の結界や配備された魔物はどうしたのか、どうやってティアナの監視を逃れたのかなど聞きたい事は山ほどあるのだけど……
多分知らないわよね」
水琴は頷いた後に答えた。
「召喚された時には最深部でしたから」
「いいわ。大事なことじゃないもの。
あなたにはエルスクラスに行ってもらうわ」
「それは例の落ちこぼれクラスですか」
「そうよ。何か問題でもあるのかしら」
「落ちこぼれのクラスを作ることが問題なのでは」
シェフィの目が鋭くなる。
「あなた、よく私に向かって歯向かえるわね」
「いけませんか」
「私に物怖じしないなんて、ちょっとおもしろいじゃない」
シェフィは椅子から立ち上がる。恐怖が水琴達を包んだ。本能が、魂が怯えているような見えない重圧。理事長室だけでない。学校全体にシェフィの重圧が襲いかかる。気絶するものもいれば立ち上がらないものもいる。学園はパニック状態となっていた。
ノルアは腰が抜け、冷や汗をかきながら二人を守るために片腕ずつ前に出し、少しずつ這っていく。
この圧は水琴も感じていた。アリスは平然と立っている。水琴は逃げたいという体の本能に逆らいながら言った。
「落ちこぼれと言われ続けることはその人の可能性を潰すんじゃないんですか」
「だからどうしたの?」
「だから……?」
「いいかしら水琴。この世界はね。あなた達の世界のように平和で満ちているわけじゃないのよ。どんなに表向きが平和になっても争いや、差別は途絶えることはない。
人権、差別、平等なんて二の次なのよ。そんな甘ったるい世界じゃないわ。
世界を統治する王がいないと平和が保てない不完全な世界なのよ。
戦争レベルでの争いしかしたことのない人間ごときがこの私に意見することは許さないわ」
水琴の知らない命の現実。それを本質と知っているシェフィの言葉に水琴は返せない。言葉を返しても説得力などない。
「ッッ、だとしても……あんたは学園長なんだろ?! 生徒が大事じゃねーのかよ!」
「大事よ」
「ならっ!」
「生徒は守るわ。当然ノルアも同様よ。落ちこぼれだろうと優等生だろうと守る。
ここはあなたにとっての異世界。みんなが平和を願うやさしいおとぎ話じゃないのよ。
世界の小さな一面しか見たことのない十数年の子供には見えてないものが多すぎるわ。
理解しなさい。
それと私は生徒も大事だけれどもっと大事なものがいくつかあるのよ。その一つはこの学園。この学園を守ること。それが何よりも優先されるべきことなの」
シェフィは魔素によって与えていた圧を解除した。その瞬間、水琴の息苦しさは消えてなくなり、体は自然と多くの酸素を取り込もうと深呼吸をした。
水琴は息を整えながらシェフィに言った。
「最初から分けるなんて……どうしてそんなことを」
水琴自身、理不尽に晒されてきた。水琴は無意識にその感情をシェフィにぶつけていた。
「知らなくていいわ。それに私は落ちこぼれクラスと名付けた覚えはないわ。それをそう足らしめたのは先人、教師、それぞれの生徒自身」
「それが結果的に落ちこぼれと言われる所以になったんだろ?」
「なら私のせいではないじゃない。自分たちで解決しなさい。私の仕事は平等を与えることではないわ。
落ちこぼれ足らしめたのは私じゃない。
身に覚えがあるでしょノルア。あなたは自分で自分自身をなんと言ったのかしら」
ノルアはまだ立ち上がれずにいた。
「おち、こぼれ。何も出来ない召喚士なのに魔物を戦わせられることが出来ない……自分にふさわしいクラスだと」
「なんの目的もなく、ただ受け入れ、無能だというレッテルを言われるがまま自分に張っていた。今は違うのでしょうけどね。それともまだ引きずっているのかしら。まぁ先入観というものは大きいけれどそれを打ち破って欲しいわね。
どちらでも良いわ。クラスを分けた本来の理由を話すつもりはないから」
「なんでだよ」
「それじゃダメなのよ。
ほら、自分たちのクラスに向かいなさい」
言われるがまま、部屋を出ようとした時――シェフィは水琴に言った。
「嫌なら覆しなさい。部屋を出ろと言われて言われるがまま出るようになるのではなく、自分の意志を貫けるように。
まぁ私には関係のないことだけど。せいぜい頑張ることね。あまり期待はしないわ。
…………それと、アリスをお願いね。
その子はリドの形見のようなもの。扱いには十分気をつけて」
「言われなくてもそうする」
シェフィは柔らかい表情を作り出す。
「きつい事言って悪かったわね。一応これでも考えて動いてるのよ。ノルアの為、恐怖に抗うあなたは悪くなかったわ」
「素直に受け取れませんよ。では」
一人になったシェフィ。どこかモノ悲しげな顔で語る。
「この私が謝るなんてね。全部あなたのせいよエノア。もうそろそろ……時間かしらね。
状況は複雑になったわよ。どうするの?
このままあの子で行くのかそれとも……
まぁ何にせよおもしろくなりそうじゃない。まさかアリスが表に出てくる日が来るなんて。初代冥界の王リドリス。彼が追い求めた完成作品。
水琴次第で世界は――変わるわね」