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失った目的

 短い閃光と爆雷の音。水琴が避けた後の空間に放たれた魔法。その軌道の先にはノルアが立っていた。


 グリッドは仕留めたと思い込み、にやりと笑う。

 しかし雷の魔法はその軌跡だけを残しノルアの手前で弾かれる。リィーナが王族の剣でそれを打ち消したのだ。


「ちっ……雷の速さに合わせられんのかよあの女」


 前傾姿勢のグリッドは一瞬水琴から目を離していた。グリッドの真横に移動出来た水琴はわざと剣ではなく、膝をみぞおちに押し込む。


「ごッッ!」


 呼吸が止まるグリッド。しかし痛みに耐えながらグリッドは行動を起こした。魔素を操作し、地面に吹き付ける。砂が巻い、グリッドの姿が隠れていた。


 腐っても英才教育を受けた貴族の騎士。


「ッッ!」


 グリッドにとって理解し難い事が起こる。なにも見えないはずの水琴はグリッドの顔を正確に殴り飛ばしていた。


 砂埃の外に押し出されるグリッド。水琴は砂埃が晴れると閉じていた目を開けた。



「今の感触は顔だな」

「なぜ、だ!」


「ほとんど見えない世界で自分の身体能力なんかゆうに超えてる化け物共と三日三晩戯れてりゃな。人間一人の予測なんて簡単に出来るもんさ。ま、偶然だけど」


 自分の手を痛そうに振りながら水琴はグリッドに近づいていった。実力と覚悟の違いを見せつけられたグリッド。手を前にだし、命乞いを始める。


「わ、悪かった。降参だよ。ノルアの事だって許したんだろ? 俺にだって」



「何都合のいいこと言ってんだよ」


 変わらない殺意のこもった目。グリッドはノルアを指差す。


「元凶はあの女だろ?! そうだ俺の所に来い。金があるぞ、貴族のツテもある」

 水琴は何を言うでもなく、剣を振りかざす。


「なぁ! こんないい話はないだろ?! 聞かせてくれよ攻略した話をよ!」


 水琴は内蔵を避けるように剣をグリッドの腹部に刺した。ゆっくり引き抜くと剣を捨てた。グリッドの首を掴み、力を込めていく。


「っ、がぁっはっ……ばぁ、か。

 ダグラスの炎よ」


 グリッドは水琴の胸に手を当てた。水琴は炎に包まれる。ノルアが叫んだ。


「水琴様!!」

 水琴は手を離し、後ろ向きに倒れる。


「はっ、ははは! 俺の勝ちだそうだろリィーナ! アイツはもう黒焦げになってんだ」

「……」


 リィーナはどこか、悲しそうで、複雑そうな顔をする。胸の前に手を置き、息を吸って決闘の決着を告げようしていた。勝者は……グリッドだと。


 ――悪寒。それがグリッドを襲う。悪寒の正体はアリス。



「なんだ……あの女は……あの目は、この威圧感はなんだ」

「どこ見てんだよ」


「ッッ?!」


 グリッドが振り向くと傷一つ無い水琴が立っていた。周囲がざわついた。グリッドはなぜと口に出す。


「なぜ? さぁな。てめぇのせいだよありがとなクズ野郎」



 グリッドを襲う悪寒は種類を変え、威圧感は水琴から感じるようになった。それは先程までの絶望感とは違う。まるで人間ではないものを相手にしているかのような畏敬にも似た恐怖感だった。神や悪魔と言った人間とはかけ離れたものを相手にしているような……


「あっああ、ああああ!」


 貴族の誇りなどちっぽけなものとなり、グリッドはその場を逃げ去ろうとした。水琴は剣を拾い上げ、逃げるグリッドの背中に投げようとした。





 ――――その直前、一瞬の剣筋が水琴の目に映る。グリッドは地面を滑るように力なく転んだ。その時点でグリッドは死んでいた。



「なんで殺したリィーナ」


「もう殺したとみなした。

 それにこの男はルールを二度も破った。ノルアを狙い、貴族としての誇りすら忘れて決闘から背を向けたのだからな」



「俺から復讐の機会を奪ったな」


「ご立腹か。だがもう復習する相手はいないぞ」



 ――水琴は呆けていた。目の前で死体となったグリッドが街の騎士によって運ばれる。

挿絵(By みてみん)

 リィーナがグリッドを殺したのには”違う理由”があった。ここで復讐を成し遂げてしまったら水琴が前に歩みだすのは難しいと考えた。


 この世界に目的もなく来て、唯一できた目的が復讐という悲しいもの。それを遂げてしまったら水琴は燃え尽きてしまう。ここで生きていても主体性が無くなると考えた。

 不完全燃焼になった水琴がリィーナに対する不満や良くない感情を持っても前に進めるだけの心を残してやりたい。それがリィーナの行動の理由だった。



 自分でもどうしてそこまでするのか、分からなかった。なぜ水琴が気に入っているのか分からないまま、水琴に問いかけた。



「さて水琴。この後はどうする?」

「……」


「水琴が動かないとノルアもアリスも立ち止まったままだぞ」

「……」


「学園に来ないか? 君が居たら楽しそうだ」

「……そうだ、エルフの森、エレナに戻るって言ってたんだった」


「そうか。そういえば水琴が入るであろう二年は修学旅行先がエルフの森なんだ。忘れていたよ。

 ――水琴、虚しいか?」


 座ったままの水琴の隣にリィーナは座り込んだ。水琴は自分の心を見つめて言った。



「そうだな。空っぽだ」

「ここに来る前はどんな目的で生きてきた?」


「目的……目的?」

「そう。どんなことを目的として生きる糧にしていたのかだ」


「……なかった。耐えるだけだった。その事しか頭になくてそんな」


「そんな自由なかったか。なら今はその自由が与えられている。自分のしたい事や夢、生きる理由を探さないか? 学園とはそのためにあると言っても過言ではないよ。

 それは君に選択肢を与える。良い方向に働くとは限らないが他に理由もないだろう?」



「言葉は分かっても文字がな」

「私が教えてやろう」


「暇なのか?」

「暇を作るさ」



「俺にどうしてそこまでしてくれるんだ」

「これが私の正しさなんだよ。おかしいと思うなら鼻で笑ってくれ」


「ふんっ」


「……君は躊躇がないな。ごほんっ。


 正直に言えば君が学園に来るとよく思わないものが多いだろう。そのほとんどは貴族やその紹介。地位や名誉のある者の関係者だ。君は力を持たないのだろう?

 であれば転移者だとしても君は歓迎されないだろう」



「そんな所に放り込むのかよ」


「だが私が守る。誘ったのだからその責任はとるさ。どんなことでもいい。私に言ってくれ。そのために私は他の仕事を放棄する覚悟がある」



 くいっといつの間にか近くにまで来ていたアリスが水琴の袖を引っ張る。


「水琴……学園、行ってみたいです」

「アリス……」



 水琴は続けてノルアに聞いた。


「なぁ俺は日本に帰れるのか?」



「……異世界転移は……一方通行です。帰れたものは一人として居ません。先代冥界の王は動物を依り代として異世界を眺めていたらしいですが……」



 水琴はアリスの頭を撫でる。


「やることもない。ならもう一度学生をやってみてもいいか。吉田もいねーし。多少はマシだろうからな」


 立ち上がろうとする動作の中で、水琴はリィーナの耳元に顔を近づけた。


「ありがとな。気を使ってくれて。もう大丈夫だ」



 リィーナは目を閉じながらやさしく微笑むとこう言った。


「そうか。嬉しい限りだよ。今日は何を食べようか」


 水琴はリィーナから離れる。



「体に染み渡る”熱々”のスープが飲みたいな」

「最低だな君は……全く」



 こうして水琴とアリスはリィーナとノルアに連れられ、この世界最大の帝国、ルーヴェスト帝国に向かった。


 水琴とアリスが編入するクラスが落ちこぼれであり、様々な苦難が待ち受けている。熱々のスープを飲みながらリィーナを煽る水琴はそんな事知るよしもない。

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