復讐の兆し
「う、美味い……」
今まで手の込んだ料理というものをこの世界で食べていない水琴は次々とその料理を口に運ぶ。アリスも同様でその味に感動し、噛み締めながらもその手は止まらなかった。
家畜化されたアシッドボアの肉を熟成させ、店自慢のソースをかけて食べる味は別格だった。リィーナは手を付けずにそれを眺めている。
「そんなにおいしそうに食べてくれるのなら、奢りがいがあるってものだよ。値段も気にしなくていい。お詫びだ」
「悪いな……」
初めて食べた野生のアシッドボアの肉も当然上手かった。飢餓状態で食べたのだから当然だ。その時の感動は言うまでもない。しかしこの料理の味はプロだ。水琴は確かな歯ごたえがあるにも関わらず溶けて消えるような食感を楽しんだ。
水琴は食べ終わると辺りを見回す。非常に静かだが、少しの賑わいがある。大きな声で話すものはおらず、服装もきちんとしている。小汚いローブを身にまとう自分たちが場違いなのではないかと心配になってくる。
そんな水琴の心配を他所にリィーナはゆっくりと肉を切りながら話始める。
「何か隠している。そうだね」
「ッ……」
水琴は目をそらす。ごはんを奢ってもらった手前、無下にするわけにもいかない。
その様子を見てリィーナは小さく笑った。
「いや、いいんだ。無理に聞くつもりはない」
ノルアの言い訳を元にリィーナは疑問の言葉を重ねる。
「君はノルアに召喚された。そして君自身は置いてけぼりにされた。
――どこに? グリッド達がノルアに乱暴をしたそうじゃないか。
――なぜ? ノルアはぼろぼろになりながら君を探した。どうしてそこまでする?
――そしてその女の子についての説明は”一切ない”
まるで虫に食われた葉っぱのように重要な部分だけが喰われているかのようだ。今の君たちの目的も分からない」
核心を突かれた水琴は短いため息をつく。優雅に食事をしながら当然のように言いのけるリィーナに仕返しの意味も込めてこのように言った。
「ただの早とちりするおっちょこちょいのお姫様ってわけじゃないか」
「まぁね。これでも王位継承のために自分を磨いている」
「相手の気持ちや事情も尊重か。素晴らしいと言いたいよ。でもあまり鋭いと危険な事も多いんじゃないか?」
「あはは、まぁそういうこともあったかな。でもそれは自分のしたことだから自分で責任を持つわけだし後悔もないよ」
水琴はほんの一秒ほどの間を置いた後に言った。
「――詳しくは話せない」
「……そう。残念。グリッド達に問い詰める材料にしようと思ったんだけどね」
「悪いな。ただ何も聞かずに目的だけ教えておく」
「ふーん。いいよ、教えて」
「グリッド達を殺す」
目つきが変わるリィーナ。
「殺すと言ったからには当然その覚悟もあるし、理由もあるんだな。さて問題はその後だ。
グリッド達もノルア同様貴族の出だ。いずれは冒険者をやめて国に仕えるだろう。
ルーヴェスト帝国は世界をまとめるほどの巨大国家。分かるよね」
「ああ。だからどうしたと返させてもらう」
「殺されるかも知れない」
「構わない。その時はリィーナが罰を告げるのか?」
「いや、私はルーヴェスト帝国ではなくミレッド帝国の姫なんだ。だから私は関係ないよ」
リィーナは冷めかけた肉を一切れ口に咥える。ゆっくりとそれを飲み込むと話を続けた。
「もし君に罪がなく、罰が下りなかったとしたら……その先はどうする?」
「殺してから考える。今は他のことを考えたくない」
人を殺すのと魔物を殺すのでは訳が違う。それを理解していた水琴は復讐だけを頭に入れておきたかった。
「揺らがないね。分かった。これ以上は聞くまい。
もし行く宛がないのなら学園に来るといい。住まいくらい用意してくれるだろう。私から学園長に話を通してもいい」
「いいのか? 随分な待遇だと思うんだが」
「ああ。ノルアが召喚したのだからノルアにとって君は本来家族のようなもの。なによりノルアを殺さないでいてくれた。殺すだけの理由があるにも関わらず。
違う?」
「違わないな。殺す理由もあるが、殺さない理由が勝っているだけだ。それに俺が踏みとどまったのはこいつのおかげだよ」
そう言って視線をアリスに向けるとアリスはよく分からないのか頭を傾げた。リィーナはその様子を見て言った。
「そうか。なら正体不明の君にもお礼を言わないとね。ありがとう。
さて、私は馬車に乗ってルーヴェスト帝国に向かうけど……どうする?
途中もう一つ街を挟むけど」
「金ないぞ?」
「はは、分かっているよ。私が払おう」
「虫がいい話だ」
「疑い深いな。大した金額ではないよ。それに私がそうしたいと思ったからそうする。
それが信条だ」
「ならお言葉に甘えようか――あっ、一つ聞きたいんだが」
「どうした?」
はむはむと肉を食べ続けているリィーナに水琴はこう聞いた。
「なんで俺が食べ終わってから食べ始めたんだ? 何か大事な理由か、意図があるのか?」
「ん? あぁ……これはーその、深い意味はない。猫舌なんだ私」
「あ、そういうことか」
その後、猫舌であることが結構悩みだと水琴に話すリィーナ。普段から一番食べるのに時間がかかるのがもうしわけないと言った。かと言って頬張るような食べ方は出来ず、品のある食べ方しか出来ないため、急いで食べるというのも出来ない。王族であるがゆえにみな私が食べ終わるのを待つのだとか。
何度かあつあつの料理に挑戦したことはあるが「あちゅっ……」と言って舌を出すのがオチなんだそうな。リィーナのかわいい一面を見れた所で一行は馬車に乗り込む。
水琴は次の街はどんな所かとリィーナに聞いた。動き始めた馬車の中でリィーナは進行方向を見ながら説明する。
「あまり大きくはない。この街よりは。
確かシュアレにいたと言ったね? 同じくらいだと思えばいいよ。トルバという街は冒険者が集まる場所かな。
そこに居るのはルーヴェスト帝国で宿代が払えないものや、都合の悪いもの、そこを拠点にした方が有利に働くものと様々かな」
「そんな所になんの用が?」
「ギルド長に頼まれてね。今年ギルド登録した者の書類や街のギルドの経済状況や報告書などを受け取ってきて欲しいって」
「それ王族がやる仕事なのか?」
「あはは。国が違うからね。それに今は一、学生だ。ダグラス王国に用があったからそのついでにってね」
「それなら納得だ」
馬車に揺られながらトルバという街に着く。アリスが腰、痛いですと腰を抑えながら言った。水琴も同じく揺られ続け腰の痛みと乗り物酔いという問題に直面していた。
ノルアは水琴の背中を撫でる。
「大丈夫ですか?」
「ああ……いや、結構きついな」
「慣れるまでは大変ですから……」
「慣れるのか、これ」
「嫌でも乗ることになると思います。この世界で生きていくのなら……
この世界でだけ使える転移魔法なんてものを使う方がいらっしゃるのですが現状一人しかいません」
「エノア・ルーヴェストとやらか?」
「似たようなことが出来るとは英雄譚に書いてありましたけど……違います。
アビス様というエノア・ルーヴェストの妻の一人であり右腕的存在の方です」
「普及してくれりゃ便利なんだがな」
「固有の魔法ですから……」
リィーナが行くぞと口にしたが水琴の様子を見て、言葉を改めた。
「いや、もうすこしここで休んでいこう」
リィーナは水琴に水を渡し、木陰へと連れて行く。そして少し横になれと正座をして自分の太ももを枕にした。
「私の膝を使っていい」
「あ、ああ。そうする、よ……うっ」
水琴は乗り物酔いの気持ち悪さに耐えながら頭をリィーナの膝に乗せた。
「案外照れないものなのだな。膝枕をするのは初めてなんだけど」
「俺は初めてじゃないからな」
「そうか、ちょっと反応を期待したのだが」
「気持ちいいよ。高さもちょうどいい。何より安心感が……」
水琴は喋るのをやめた。すーと寝息を立てる。
「限界だったのだな。そうか、気持ちいいか。照れてしまったのは私か。
なんだが負けた気分だ」
アリスとノルアも木陰に入り、涼しい風を感じながら休憩した。それから三十分ほどが経った頃だろうか。水琴が目を覚ました。リィーナは問いかける。
「おはよう水琴。目覚めはどうだ?」
「おかげ様で。酔いも抜けてきた。ありがとな」
「どういたしまして。さて、寝息をたててる残りの二人も起きた起きた」
「「うー」」
もう少しだけと言わんばかりに唸る。
「夜寝れなくなってもいいのか? ほら、起きて」
リィーナの一声にノルアはすぐ目を覚ましたが、アリスはぼーっと寝ぼけていた。口を半開きにして遠くを眺めていた。
水琴はアリスの肩を小刻みに揺らし目を覚まさせる。
「ほえーえ、え、え、え、えー……」
リズミカルな反応を口に出しながら揺れるアリス。
その後、リィーナの用事を済ませるためギルドに向かった。
学校ほどはある横長の建物に入っていくリィーナ。扉を開け、中途半端な位置で足を止める。
「水琴……」
リィーナは水琴の名前を呼んだ。水琴が中を覗き込むと天井の高い内部がよく見えた。
立ち飲みや書類を書く為の丸いテーブルが規則正しく並べられ、仕事の依頼が掲示板に数多く貼られている。左側は調理場となり、正面にはギルドの受付をする人間が数名待機していた。その奥では書類仕事をしている人達がいる。
しかし水琴はそんな情報すべてどうでも良かった。受付に目的の人物が三人立っていた。
「グリッド……!」