王族
全くお金にならないと知り、ひどく落ち込む水琴とアリス。
「ごめんなさいごめんなさいっ!」
ノルアは頭を何度も下げて謝罪する。
「いや、悪くはねーよ。そうか、価値、ないのか……」
遠い目をする水琴は空にアシッドボアの姿を思い浮かべていた。ノルアはそんな水琴の肩に指先を当てる。そのまま親指と人差し指で服を摘み、現実に引き戻すように数回引っ張る。
「あ、あの……私のこと、殺さないんですか」
「お前がどんなに殺して欲しくても殺さない」
水琴はノルアのお願いをキッパリと断った後、金の使い道を考えていた。三人食べることすら怪しい金額。最悪またアシッドボアを狩ればいい。しかしもう一度狩れるかは定かではない。
ノルアが自身の顔の前で指先をつんつんしながら水琴に言った。
「あの……私、貴族で……帝国に戻れば一応お金の方は……せめてそのくらいは、自分のお金じゃないですけど、おこづかいが」
「……帝国まではどの程度かかる? それに俺はグリッドを探さなきゃならない」
「グリッドさんが拠点としてるのは帝国のギルドなので会えるかも知れません。
歩くと十日以上……馬を使えれば当然もっと早く着くんですけど」
「お金もなければ食料もない……か」
目の前の問題に頭を悩ませている水琴に、ノルアはこんな提案をする。
「とりあえず次の町に向かいながら野宿と狩りを繰り返すのはどうでしょう。戦うための魔導書がないですが、ヘイトを買うくらいなら魔法で出来ます」
「よしっ、ならまずはこの素材を売っぱらってローブでも買うか。俺の服装とノルアのぼろぼろの服を隠さないとな」
「いえ私は……」
「目のやり場に困るんだよ。痛々しさもあるしな。ポーションだっけ? それを買えば治るのか?」
「き、傷は早く治ります。この傷が残ってるのは足りなかったからなので……」
「その辺が予算の限界だろうな」
水琴の言葉通り、投げ売りされたローブ二つとノルアに使うポーションで残金はほとんどなくなった。
残ったお金で安い木でできた水筒を買い、水を入れると三人はすぐに町を出た。
水琴とアリスの後ろをついていきながらノルアは思った。
――私は、許されたわけじゃない。罪悪感も消えない。私は一生をこの人に尽くさなきゃ……
それは狂気とも言えるほど一方的なもので、盲信的だった。罪悪感がすべてを支配していた。ノルアはやさしく、正しく、真面目に育てられ過ぎた。それゆえに歪んだ。
三人が向かったのはシュアレとルーヴェスト帝国の間に位置する大きな街、カルガンド。
長い旅路。ノルアは水琴に隣の少女は誰かと聞いた。
「こいつか? こいつはアリス」
「アリス? 迷宮の名前と……」
「攻略した報酬なんだろうな。ただ他言するな」
水琴は口調を強くしながらそう言った。ノルアの興味は別にあった。
「攻略、したんですか? どうやって」
ノルアの疑問に答えるため、水琴は先に念を押すことにした。
「俺の為ならなんでもする。そうだったな」
「はい。あなたの為なら」
「……水琴でいい。俺たちの情報は一切漏らすな。主に迷宮のこと、転移者であること、力のこと」
「分かり、ました」
数秒ノルアを見つめ、信用に足ると判断した水琴は口を開いた。
「俺はな……あの場所で殺され続けたんだ」
水琴は迷宮の最深部で一体何があったのかをすべて話した。日本に居た時の自分のことも話した。それは水琴が聞いてほしかったからだ。
それを聞いたアリスは不愉快ですと吉田についてそう呟いた。ノルアは罪の重さが増したのか顔が暗くなる。
「私……どう、したらいいのか」
「俺の為に行動してくれるのならそれでいい。むしろそっちのほうが利益がある」
ノルアは罰を求めている。しかしその求めた罰が死である。水琴はそのことを分かっている。だから利用するという形で罰を与える。本人が納得しなくとも放っておくよりかは幾分かマシだろうと考えていた。
「全て、全て捧げます。死ぬことで開放されない永遠を与えてしまいました。きっと最深部の中で終わらない恐怖に絶望したはずです」
「その時は、そう……だな。でも今は違う。あの場所は魔法が使えなくてもクリアできるように作られていたんだ。もし死ねるのなら、俺はそれを選んでいただろうな。
グリッドによって教えられなかったことでこうして生きてるわけだ。感謝するべきか恨むべきか」
水琴はその後に、まぁあいつらは殺すけどなと言葉を付け加えた。
旅の道中に魔獣を狩り、火をノルアに魔法でつけてもらい、野宿を繰り返す。水琴は火を魔法でつけるという手軽さに感動し、ノルアは冒険の中で初めて楽しいと感じていた。
三人はカルガンドという街に着いた。
シュアレより規模が大きいが建造物のレベルや種類に大差はない。いくつか大きい建物が転々としていた。
違いと言えば荷馬車が多く通るということだ。ノルアによればここはいくつかの国を経由するいわば交易の休憩場として利用される街だ。当然それに合わせて街も発展する。
大きい建物は馬を預けたり、借りたりすることが出来る。外れでは牧草を育て、宿も多くある。そして護衛依頼のためにギルドも設置されている。
「という感じです」
「なるほど。詳しい情報助かるよ」
「え、えへへ、はい……」
にへらと顔が緩むノルア。突然正面から歩いてくる女性にノルアは声を掛けられる。
「ノルア? ノルアじゃないか!」
「リィーナ様!」
「リィーナでいいって……」
リィーナと呼ばれた女性は水琴と同じ歳か一個上というほどの見た目。赤色がかった茶色の髪に大きい緑色のリボンがぴょこんと主張をしながら長い髪をひとつに纏めている。左肩にだけなびくマントは両肩で留められている。長さは胸下辺り。ノルアと同じシャツを着ているがスカートはプリーツではない。膝の少し上まで黒いソックスを履いている。スカートとの間に見える太ももに目が向いてしまう。
革製のグローブをつけ、腰にはなにやら紋章が刻まれた細身の剣。
言うなれば凛々しく、美しい。立ち振舞は品があり、華がある。
リィーナは表情を一変させ、水琴に近づく。正面に立ったリィーナと水琴の目が合う。水琴はなんだ? と口にするまえに天を仰いでいた。
「は?」
いつ力を加えられたのかも分からず、水琴は状況を整理しようとする。間髪入れずにリィーナは水琴の首を抑え、馬乗りになる。
「答えろ。貴様、ノルアに何をした。グリッド達はどうした。返答がないのならこのまま騎士団に突き出す」
「随分な……挨拶だな。ノルアはよっぽど大事にされてるらしい」
「余計な言葉はいらん! ノルアに乱暴をした言い訳をせよと言っているのだ!」
水琴の首を締めるリィーナの手を、ノルアが両手で掴み、弁明しようとする。
「ち、違うんです。この人にされたんじゃなくて……」
「なに?」
それから数十分、重要な事は避けながら説明するノルア。リィーナは事情をなんとなく理解した後、両膝を地面につけた。
「すまなかった……この通りだ」
リィーナは土下座しながら謝罪する。水琴はものすごく上からこう言った。
「……ほぉ? それで?」
「だ、だだだ、だって、仕方ないじゃないか。一刻を争うかもしれないし、ローブの隙間から見えたノルアの服はボロボロだし、早く助けなきゃって気持ちが先行して……」
「ふぅーん?」
「な、なんだよ……悪かったって……やっぱり、その、体か?」
「この世界の人間はなぜ、いの一番に体を差し出そうとするんだ」
「男はその……エノア・ルーヴェスト様だってたくさんの女性を抱えていたわけだし……」
「なにそれうらやまけしからん。というのはさておき……別に怒ってない。
その場の情報から判断し、いち早く行動したことに間違いはないだろ。生死の境目に立つことが多いのならなおさらだろうからな。その剣はお飾りじゃないんだろ?」
「あ、あぁ。これは大事な剣でな。ずっとこれで戦ってきた」
「一体なにをどう怒ればいいんだ? ん?」
「勘違いで投げ飛ばしたこととか」
「投げ飛ばされた感覚すらなかったけどな。ぜひ詳しく教えてほしいところだがノルア。
なにをそんなにそわそわしてるんだ。気が散る」
落ち着かない様子のノルアが目の端に映っていた水琴は我慢できずにそう聞いた。
「だ、だって……あぁ、でも……」
「はっきり答えてくれ」
「リィーナ様は……王族……」
水琴は一瞬にして理解した。周りの視線の意味を。
リィーナの剣に施されたのはおそらく王族の証。その王女が地面に膝をつけて土下座をしている。それを見下ろして挑発しているように見える水琴。
血の気が引いていく水琴。
「もっと早く言ってくれ!!」
急いで場所を変える水琴とリィーナ、そしてノルア。
その後ろをてこてこと付いていくアリス。
リィーナの図らいでレストランにて食事をごちそうしてもらえることとなった。